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15.本棚


昔々、ある国に、とても純粋で潔癖な王子がいた。


王立図書館には閲覧禁止の書物を収めた本棚があると噂されていた。それは悪しき黒魔術を記したものだとか、強大な魔物を封じ込めてあるのだとか、尾ひれがついて広まる噂にディリト王子は興味を抱いていた。しかし城の誰に聞いてもそんなものは無いと言う。
「父上、本当に城下で噂されるような書物は無いのですか?」
「くどいぞ、ディリト。王立図書館の蔵書は全ての民に開放している。そのようなものは無い。」
「ならどうしてあんな噂が……。」
「そんな事は知らん。あまり下らぬ噂に振り回されるでないぞ。」
不機嫌な顔で立ち去る父王の背中を腑に落ちない表情で見送りながらディリトは思考を巡らせる。火のない所に煙は立たないというではないか。父達は何か隠しているように見えてならない。

ある日ディリトは城を抜け出し、城下町にある王立図書館に向かった。王族が直に図書館に行く事などないので、目立たぬよう変装し何食わぬ顔で受付を通過する。大陸一の蔵書数を誇るだけあって館内はかなり広い。ディリトは案内板に目を通し目星を付けていた部屋に向かった。編纂中の歴史書や芸術的価値の高い書物など閲覧は自由だが持ち出しは禁じられている書物が収められた部屋がある。扉を開けると古い書物特有の紙とインクと埃の混じった匂いがディリトの鼻をついた。この部屋を利用する者もさほどいないのだろう、うっすらと棚や机に埃が積もっている。本棚の間をゆっくりと見て回ったが、それらしき書物はない。
「やっぱりそんな物は無いのかな。でもだったらどうしてあんな噂が立つんだろう。父上達の態度も気になるし。」
父王に大臣、文官達、噂の書物について知っていそうな人物に尋ねると、皆苛立ったり慌てふためいたりして強く否定する。絶対に何かあるのだとディリトは考える。隠されれば隠されるほど真相を知りたくなった。諦めきれずに部屋を見回したディリトの目が一つの背の高い本棚で止まる。取り出せないほどぴっちりと詰め込まれた書物。ディリトはその棚に歩み寄った。よく見ると古い事典に見せかけただけの真新しい書物が詰め込まれている。その縁に手をかけて揺さぶり少しずつ棚から書物を引き抜く。何度目かの力を込めた瞬間、ドサドサッと音を立てて数冊が棚から落ちた。棚から書物を全て退けると、棚の裏に扉があるのが見えた。オークで作られている本棚は重く、とてもディリト一人の力では動かす事は出来ない。
「う〜ん。魔法で動かすか。」
魔法を日常生活で使うことは禁じられていたが、好奇心の方が上だった。棚に手をかざしディリトは魔力で棚を移動させる。扉を開けられるほどの隙間が空くとディリトはノブに手をかけゆっくりと引いた。鍵は付いておらず、重そうな扉は軋み音を立てながらゆっくりと開いた。天井近くに明り取り用の小さな窓が一つあるだけの狭く薄暗い部屋だった。暗さに目が慣れてくると、壁に作りつけられた棚に数冊の書物が収められているのがわかった。ディリトはゆっくりと棚に近付く。
「やっぱりあったんだ。何が書いてあるんだろう? 財宝の在り処だったりして。」
のんきな事を考えながら書物の埃を払い、部屋にあったランプを灯す。そっとページを開く。ゆっくりと文字を追う内にディリトの身体は震え始めた。
「何だ、これは!?」
記されていたのはこの国の歴史。侵略と略奪、虐殺に満ちた黒い歴史。奴隷の使役、生贄を利用した黒魔術による施政、反乱を起こした者達に対する正視に堪えない非道な制裁。この国がずっと行ってきた恐怖政治。最後に恐怖政治を敷いたのはディリトの曽祖父となっていた。今この国にいるのはその恩恵を受けた者達。この国の繁栄は大きすぎる犠牲の下にある。大地の下には数え切れない程の踏み躙られた命が眠っている。
「知らなかった、こんな酷い事を僕の祖先がしてきたなんて。いや、知らなかったでは済まされない。」
ディリトは震える身体を抱きしめ壁を睨んだ。城がそびえ立っている方角だった。
「許せない……。」

城に戻ったディリトは謁見室にいる王の元に向かった。暗い目つきのディリトを見て王はディリトの行動を悟った。
「ディリト、あれを見たのだな。」
「……はい。」
王は小さく首を振り視線を落とす。
「お前が読むにはまだ早かったであろうな。私も即位した直後、あれを読まされた。しばらくはうなされたものだったよ。だが、同じ過ちを繰り返さない為には−」
王は最後まで言葉を発する事が出来なかった。ディリトの手にした剣が、王の喉元に深々と突き刺さっていた。
「こんな国、滅びてしまえばいい。」
王がこと切れた事を確認するとディリトは父の血が着いた剣を手に城のバルコニーへ出た。
「愚者の末裔のはびこる国よ、我と共に滅びるがいい。」
ディリトは自らの胸に剣を突き立てた。それと同時に強い光が城を包む。
人々は何が起きたのかもわからぬままにその命を絶たれた。城は一瞬にして廃墟となった。


過去の過ちを許す事が出来なかった王子は自らの命と共にその国を滅ぼした。


                  END

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