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『Artificial』



その日、病院に運ばれて来たのは13歳の少女だった。ひき逃げ事故に遭い両足を切断する羽目になってしまった。

手術が終わって麻酔が切れてきたのか、少女はゆっくりと目を開けた。側には白衣を着た初老の医師が立っていた。
「あぁ、目が覚めたね。」
「ここは? 私……?」
初老の医師は申し訳なさそうに口を開いた。
「君は事故に遭ってしまったんだ。残念ながら両足を切断しなくてはならなかった。」
「そんな……。じゃあ私もう歩けないの?」
悲痛な声を上げる少女に医師は微笑んだ。
「大丈夫。これから君にぴったりの義足を作るんだ。君の担当医を紹介しよう。」
医師は後ろに立っていた若い医師を振り返った。
「君の担当医の北条君だ。」
「北条です。よろしく。」
北条は少女に手を差し伸べた。銀縁の眼鏡をかけた温厚そうな青年だった。少女は北条の手をしっかりと握り返した。
「よろしくお願いします!」


数週間後。北条はできあがった少女の義足を持って病室に向かった。
「あ、先生。できたんですね。」
「ああ。早速つけてみてくれるかい?」
少女は北条に義足をつけてもらいゆっくりと立ち上がった。手を取る北条を見上げる。
「何か重い……。」
「最初の内はね。これからリハビリを繰り返しながら君にぴったりの義足を作るんだ。どこか痛む所はある?」
「っ!」
歩こうと足を上げた少女は痛みに顔をしかめた。それでも北条の元へ足を踏み出す。転びそうになった少女を抱きとめ北条は言った。
「まだまだ時間が必要なんだ。根気のいる作業なんだよ。君も私も。合わない義足で無理に歩こうとしちゃ駄目だ。焦りは禁物だよ。」
「そうですか……。」
がっくりと肩を落とした少女に北条は微笑みかける。
「でもぴったりの義足ができれば何の支障も無く歩いたり走ったりできるようになるよ。私のようにね。」
「えっ? 先生も義足なんですか?」
「そうだよ。わからないだろう?」
「ええ。全然気付きませんでした。」
「義足を作るにはかなりの時間を要するんだ。それに成長したら作り変えていかなくちゃならない。頑張ろうな。」
「はい!」


北条は少女と接する内に次第に彼女に惹かれていった。何度も義足をつけ必死にリハビリをする彼女の姿。そして病室のベッドから淋しそうに外を見ている彼女を見る度に、きっと彼女を元通りの生活が出来るようにしてあげようと決意するのだった。


ある晴れた日、北条は少女に言った。
「たまには外へ出てみるかい? 毎日病院の中を行ったり来たりしてるだけだしさ。」
「はい! 連れてって下さい!」
少女の車椅子を押して外へ出る。心地よく晴れた空が広がっていた。子供達が笑いながら走り回っている。制服姿の少女達が時計を見て駆け出していく。車椅子からそれらを眺め少女は淋しげに呟いた。
「あんな風に走れる足がほしいな……。」
それを聞いた瞬間、北条の脳裏にある考えが浮かんだ。
……人間の臓器が移植できるなら手や足だって……。
しかし頭を振ってその考えを追い払った。
……人道的じゃない。それに手足のドナーなんているわけがない。
だが払っても払ってもその考えは消えなかった。
……ああ、技術的には可能だ。そうすれば成長に合わせて作り変える必要もない。


ある日。少女の車椅子を押して散歩から帰ると、廊下ですれ違った子供が少女を指差して叫んだ。
「うわぁ! この姉ちゃん足がねぇぞ!」
北条が振り返るとカラーボールを手にした6歳くらいの男の子がいた。
……見舞い客の子供だな。何度か見た顔だ。
子供は北条がにらんでいる事に気付くと慌てて駆け出して行った。少女は真っ赤な顔をして泣いていた。北条は震える彼女の肩に手をかけ顔を覗き込んだ。
「泣かないで。あの子どもの事は知っている。よく言い聞かせるから。」
少女を病室へ送り先程の子供の姿を探しながら北条は激しい後悔の念につかれていた。
……技術的に移植は可能だったんだ。私がためらっていなければ彼女はあんな風に傷つけられる事はなかったのに!!


翌日。病院内で6歳の男の子の遺体が発見された。見舞いに来ていた客の子供で、非常階段で遊んでいて転落した、という事だった。病院関係者は「非常階段への扉が開いていたはずはない」と主張している。


その夜。北条は自分の研究室で考えにふけっていた。移植というのは難しい。拒絶反応を起こす確率が高いからだ。
……親族なら拒絶反応は起きにくいがまさかドナーになってはくれまい。それに彼女の親族を利用するわけにはいかない。ならば万に一つの確率だが……。
北条は暗闇に向かって呟いた。
「探すしかあるまい。」


その日から北条は寝る間も惜しんで駆け回った。目に見えてやつれていく北条を見て少女は心配になった。
「先生、大丈夫ですか? 寝てないでしょう、その顔は。」
「私なら大丈夫だよ。君は自分の事だけ考えなきゃ。」
少女を安心させるように北条は微笑んだ。


ある夜。北条は研究室でコンピューターのディスプレイをじっとみつめ、やがて歓喜の声を上げた。
「やった、見つけたぞ! 何というすばらしい偶然! いや、奇跡だ! きっと彼女は救われるべき運命だったんだ!」
ディスプレイには様々な計算式や細胞の図などが幾つも並んでいた。そして北条の部屋も彼の手もキーボードも赤黒く汚れていたが、そんなものは彼の目に入っていなかった。


それから数日後。北条は少女の病室を訪れ彼女に告げた。
「聞いてくれ! 最高の義足ができたんだ!」
少女は驚き半分、喜び半分といった顔で北条を見上げた。
「本当ですか!?」
「本当だとも! ただちょっと大掛かりな手術が必要なんだ。やってみるかい?」
少女は目を輝かせて頷いた。
「もちろんです。手術でもなんでもやります!」
手術は北条一人で行われた。数時間後、手術は終了し少女は病室で目を覚ました。
「どうだい?」
心配げに見つめる北条。少女はゆっくりと、恐る恐る足を動かす。
「凄い……。全然違和感ないですよ。痛みもありません。」
嬉しそうに足を抱えて座る少女の様子に北条は微笑んだ。
「それは良かった。その義足は特殊技術を駆使してあるから、成長に合わせて作り変える必要も無いしきちんと神経も繋がっているんだよ。」
少女は足をつねってみて驚きの声を上げた。
「本当だ、凄い! こんな事できるんですね!」
はしゃぐ少女に北条は微笑んで答えた。
「ああ。今の科学や医学は進歩してるからね。」


数十日のリハビリの後、少女は両親に迎えられ笑顔で退院していった。手術後の足には何の問題も起きなかった。彼女の両親は北条に何度も何度も礼を言い頭を下げた。
少女を乗せて去っていく車を少し淋しい気分で見送りながら北条は微笑んだ。

病院内へ戻るとロビーのテレビではニュースをやっていた。
「――で今朝、行方不明になっていた少女達が遺体となって発見されました。事件の容疑者として逮捕されたのは都内に住む40歳・無職の男性で、この男性は麻薬の常習者であり少女の手足を切断するなど残虐な行為を行っている所を目撃され・・・」
「先生……」
横に立ってニュースを見ていた看護師が北条に声をかけた。
「怖い世の中になりましたね。」
北条は深刻な顔で答えた。
「そうだね……。」




                    END

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