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『ある夜に。』


 終電間際の閑散とし始めた夜の駅。
疲れた身体で改札を出た俺は、駅前に5歳くらいの女の子が1人で立っているのに気が付いた。親らしき大人は近くにいない。こんな時間に子どもが1人でいるなんて危険極まりない。他の人は女の子には目もくれず先を急ぐ。駅員は気付いていないんだろうか。俺は自分が不審者と間違われないよう気をつけながら女の子に声をかけた。
「こんな時間にこんな所で何をしているんだい?」
女の子は驚いた顔で俺を見上げるとぽつりと答えた。
「パパを迎えに来たの。」
「お父さんを? 1人で?」
「うん。」
「お母さんは一緒じゃないの?」
「ママは来れないの。」
何だか訳ありの様子だったが他所の家のプライバシーに踏み込むわけにも行かず、俺は女の子に視線を合わせ腰を下ろす。
「じゃあ、俺が一緒に待っててあげようか。こんな時間に女の子が1人でいちゃ危ないから。」
「いいの?」
「いいんだよ、俺は一人暮らしだから遅くなっても構わない。明日は休みだし。」
「ありがとう。もうすぐ来ると思うんだ。」
その言葉に俺は駅の時計と時刻表を見る。次の電車は20分以上先だった。
「もうすぐ?」
「うん、もうすぐ来るよ。」
その言葉から5分と経たない内に、改札の奥からくたびれた雰囲気の壮年の男がふらふらと歩いてくるのが見えた。さっきの電車が行ってからかなり経つけど、トイレにでも入っていたんだろうか。怪訝な顔で男を見つめていると女の子は笑顔で男に手を振った。
「パパ!」
男はハッとして顔を上げる。
「何でお前がここに?」
男の言葉に女の子は腰に手をあてて仁王立ちする。
「パパ、人に迷惑かけちゃダメでしょ!」
その言葉に男はあぁ、とため息にも似た声で頷く。
「そうだったな。ごめんよ。」
「私にじゃなくてみんなに謝らなきゃ。」
親子の会話に首をかしげながら佇んでいると、駅員のアナウンスが聞こえて来た。
「ただいま人身事故が発生した影響で電車に遅れが生じております。お急ぎの所ご迷惑を――」
アナウンスを聞いた男は気まずそうに笑う。女の子は呆れ顔でため息をつくと男の手を取った。
「さぁ、行こう。」
「あぁ。」
女の子は俺を見上げると笑顔で言った。
「一緒に待っててくれてありがとう。」
「どう致しまして。」
すると父親の男は何故か哀れむような視線を俺に向ける。気になったが、とりあえず安心して家に帰ろうとした俺を女の子が呼び止めた。
「じゃ、お兄さんも一緒に行く?」
「え?」


                      END


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