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『水晶は泣いているか?』


――この石に"Crystal"という名を付けたのは一体誰なのでしょう――

 ある神社に巫女として仕える桜子は、境内でお守りとして販売している水晶の小石を整理していた。明かりを受けて煌く冷たい石達はまるで泣いているようだと思う。この神社には観光客も多くたくさんの人が参拝に訪れる。気軽なお土産として買われていく水晶達は、多くの人達に無造作に触れられ、時には「どうせ偽物だろう」などと言われ、疲れて泣いているのではないだろうか。水晶は英語で"Crystal"と呼ぶのだと知り、その名を付けた人物も水晶の涙を感じたのだろうかと思っていた。神社の宮司であり父でもある清彦にそう話すと、清彦は興味深げな顔で桜子を見つめた。
「クリスタルのスペルに"Cry"と入っているのは石が泣いているから、か。なかなか興味深い発想だ。だがクリスタルの語源はギリシャ語でクリスタロス、透き通った水や氷という意味の言葉だ。」
清彦は水晶の一つを手に取り明かりにかざす。
「水晶は古代から神聖な力を秘めていると信じられていて、世界各地で聖石として扱われている。多くの人々が信仰や願いを水晶に託してきたのだ。神事や占いなどに使われる事も多い。」
桜子に視線を移し清彦は言葉を続ける。
「だが、水晶が直接何かしてくれるわけではないと私は思っている。この澄んだ光が、災いや人々の邪な想いを祓い、希望を与えてくれる存在だ。希望を持ち努力してこそ願いは叶う。石に縋るだけの人間に、水晶は力を貸してはくれまい。」
最近はそんな人が増えたな、と呟き清彦は苦笑いを浮かべる。その呟きに桜子は溜め息をついた。
「そうよ。努力しなきゃ何も変わるはずないのに、石のせいにするなんてあんまりだわ。」
参拝客の中には「ここの水晶を買っていったのに何も変わらないじゃないか」と言いがかりをつけてくる人間がいる。桜子もそんな場面に何度も出くわしているから、石が泣いているという発想が浮かんだのだろうと感じた。桜子の言葉に「全くだな」と頷き清彦は憤る桜子を見つめる。理不尽な負の感情をぶつけられる事に泣いているのは、水晶ではなく桜子の心なのだろう。感受性が強すぎるとこの世の中は生きにくい。清彦は水晶の一つを手に取り桜子に差し出した。
「物には持ち主の想いが宿るものだ。桜子も一つ持っているといい。水晶は正しい願いを助ける。この水晶達が正しく使われるように願ってやってくれ。」
「いいの?」
「あぁ。お前が持っていれば水晶も喜ぶだろう。」
「ありがとう、お父さん。ここの水晶達、心ある人の手に渡るといいね。」
清彦を見上げた桜子の澄んだ目に大きく頷き、そしてにやりと笑う。
「代金は給料から引いておくからな。」
「えぇー!?」
くれるんじゃないのかと抗議の声を上げる桜子に笑いながら、清彦は水晶を桜子の手に渡す。自分の目が届かない時には、災いや負のエネルギーから娘を守ってくれるようにと秘かに願いを託しながら――


                     END

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