短編の間へ /翠玉館玄関へ

 魔王を討伐し世界を救う、そんな無茶な王命を受けた親友は共に行くと言った俺との約束を破り一人で行ってしまった。門番に俺への手紙を託して。

英雄の像

 アスランに会ったのは王立騎士団に入団が叶い宿舎で同室になった時だった。最初はどこのお坊ちゃんかと思ったのを覚えている。騎士にそぐわない華奢な身体つきに穏やかな物腰、憂いに満ちた目、騎士団の厳しい訓練についていけるのかと他人事ながら心配になったものだった。だが模擬戦に臨めば新入り騎士の誰よりも強く、俺も何度も対戦したが一度も勝てなかった。機敏な動きに乗せた一撃の重さ、相手の弱点の分析、判断の速さと正確さ、どれをとっても敵わなかった。体力は俺の方があるのに、対決するとほとんど歯が立たない。あの華奢な身体のどこにあんな力が潜んでいたのか不思議でならなかった。演習でもアスランは活躍し、隊長だけでなく国王からもその実力を買われ、王家直属の騎士になれるのではと噂されていた。王家主催の武術大会に初出場で優勝し、国民にもアスランの名が知られるようになると、その強さと整った見た目に惹かれた女性達による親衛隊が出来た。国王にも認められる実力に加え女性にも人気、それでも妬み嫉みを向けられる事はなかったんじゃないだろうか。控えめで目立つ事を好まず、功績を称えられても申し訳なさそうに「自分一人の功績ではなく、騎士団全体の功績だ」と首を振るような奴だ。少なくとも俺の知る限り、アスランを妬んだり嫌うような奴はいなかった。あいつの憂いを滲ませた穏やかさと家族がいないという孤独な身の上が、不穏な感情を向ける事への罪悪感を抱かさせてたんじゃないかと思う。同じ部隊に配属され共に戦い、宿舎で共に生活する内にアスランと腹を割って話せるような仲になったと俺は思っている。物心ついた頃には身寄りはいなかったというアスランは俺の家族の話を好んで聞いた。家族ってどんなものなのか知りたいのだと言う。思い返せば話していたのは俺ばかりだった。あいつは自分の事を話さなかったし話すのも辛いのだろうと思い俺からも聞かなかった。あいつがどこで育って何を見てきたのか、どんな経緯で騎士団に入団したのか知らなかった。知る必要も特にないし、話したくなればあいつの方から話してくれるだろうと思っていた。俺達は王国の未来や剣術の事、時には馬鹿話もしたりして絆を深めていた。
騎士団の任務は山賊の討伐や重要人物の警護など多岐に渡るが、それに加えて魔物の討伐任務も増えていた。魔王が地上の侵略を目論み始めたのだ。その頃から、アスランの表情に陰りが見え始めていたように思う。もっとあいつの心に踏み込んで話を聞いていれば、こんな事にはならなかったのかもしれないと悔やむ。「大丈夫だよ」と笑ってみせるあいつの顔に、踏み込んではいけないと感じてしまった。魔王軍の侵攻は次第に激しくなり、いくつもの王国や都市が魔王軍の支配下に落ちた。そんなある日、アスランが王から魔王討伐の勅命を受けたと噂が立った。何故騎士団でなくアスラン個人に勅命が下るのか。その日の夜、部屋に戻ってきたアスランを問い詰めた。
「お前が魔王討伐の勅命を受けたって噂は本当なのか?」
「あぁ、極秘裏にと言われていたのに広まってしまったんだね。本当だよ。」
「それで、受けたのか?」
「王直々の命だし断れるわけがない。それに王だけでなく皆が僕に期待している。応えないわけにはいかないだろう。」
「お前一人で魔王軍を壊滅させるなんて無茶だ!」
「魔王軍を壊滅させなくても、魔王一人を討てば敵は戦意を無くし撤退するだろう。」
のんきなアスランの言葉に苛立ちを募らせる。
「お前一人で魔王を倒せるわけがない! どうしても行くって言うなら俺も行くぞ。出来るだけ人を集めるんだ。」
「他言は無用にと王から言われているし、あまり大勢で行っては目立つ。かえって敵の目を引くだろう。それに大事な友人を危険にさらしたくもない。」
「それは俺だって同じだ。大勢で行くのが駄目なら俺だけでも一緒に行くぞ。お前には敵わないが俺だって剣の心得はある。」
しばらく黙って迷うように視線を彷徨わせた後、俺の目を見てあいつは確かに約束した。
「わかったよ。明日の朝、時計塔の鐘の音と共に出発する。僕は一度王に挨拶してから行くから、街の門で待っていてくれ。」
その後アスランと共に食事を済ませ早めに床に就いた。魔王討伐の旅に出る、そんな日の前だというのに俺はぐっすり眠ってしまった。アスランが夜の内に旅立った事を知ったのは翌日の事だった。翌朝、門の前に行くと門番の兵士が俺に手紙を差し出した。アスランは深夜に行ってしまったと、俺が来たらこれを渡してほしいと頼まれたと告げると兵士はすまなそうに目を逸らし仕事に戻って行った。一緒に行くと約束したのに、どうして。震える手で手紙を開いた。あいつらしい丁寧な字で綴られた手紙の内容に、思わず叫びそうになった。
「親愛なるベイトへ

君がこの手紙を読んでいる頃には、僕はもう街を遠く離れているだろう。どうか追ってこようとは思わないでほしい。魔王討伐は、僕が一人でやらなてくはいけない事だし僕にしか出来ない事だからだ。どうしてかを話す前に僕の両親について話さなくてはいけない。これから話す事は僕と君だけの秘密にしてくれ。これは今となっては僕以外に王しか知らない事実だから。
僕の母は、王の亡き妹君。父は、魔王だ。どういう経緯で両親が出逢い僕が生まれたのかは知らないけど、両親は愛し合って僕が生まれたと聞かされたし僕もそう信じている。僕が生まれる頃、父は魔界へ戻り母はこの城に残ったらしい。王は年の離れた妹である母をとても愛していらしたから、生まれた僕を同様に愛そうとして下さった。母は父と引き裂かれた事で憔悴し、僕がまだ幼い内に他界したそうだ。魔族と人間の間に生まれた僕を、王は周囲の反対を押し切って城で育てて下さった。魔王の血を引いていると同時に妹の忘れ形見でもある僕を放り出す事は出来なかったと言って下さった。城においておけば監視もできるからというのもあるだろうけど。そうして僕は騎士団に入団できる歳まで城の中で育った。とはいえ王族として暮らしたわけじゃないよ。僕の存在は許されたけど、王家の者としては認められなかった。別に王子になりたいわけじゃないからそれで充分だったけどね。城務めの兵士から剣術を習って、騎士団に志願した。後は君の知る通りだ。魔王の侵攻さえなければこのまま君とこの国の騎士として生きていけただろうし、そうしたかった。母の死をどこかで知った父は、僕を自分の下に取り戻そうとしたんだ。お前のいるべき場所はこっちだと呼ぶ声が何度も聞こえた。力尽くでもお前を取り戻すと言われて、僕がいてはこの国が危ないから、魔王討伐の勅命が下ったという事にすれば僕をこの国から遠ざけられるって僕から王に提案したんだ。王はそんな危険な事はさせたくないと言って下さったけど、僕一人を遠ざければ国を守れるし、僕も父と直接話をしたいと言って説得した。僕は魔族の血を引いているけれど、人間として生きてきたしこれからもそうするつもりだ。会った事もない父よりも、こんな僕を認めて育てて下さった王に恩があるし、何より君という親友も出来た。大事な友を危険に晒したくはない。申し訳ないと思いつつも、昨夜君の飲み物にこっそり眠り薬を入れさせてもらった。君の気持ちは本当に嬉しかったけれど、僕はどうしても一人で行かなくちゃいけないんだ。約束を破ってごめん。僕と親友になってくれてありがとう。生きて帰れたら、また騎士として共に務めよう。

さようなら。

アスラン」

 それから数年。魔王軍の支配に置かれていた都市から、魔王が討伐されたという報せが世界中に届いた。喜びに沸く街の喧騒をよそに俺はアスランの帰りを待ち続けた。だがどれだけ待ってもアスランは帰って来ない。魔王を討った者の行方を誰も知らなかった。騎士団総出でアスランの行方を捜索したが見つからず、やがて王は魔王を討った英雄としてアスランの像を建てさせた。完成した像は勇ましい表情を浮かべ剣を構えたものだった。あいつのこんな顔見た事ないぞ。俺は初めて見て以来その像には近づかなかった。人々は英雄の像に感謝を捧げ我が国の誇りだと言った。あいつはこんな風になりたかったんじゃない。
親友の憂いを帯びた微笑が、俺の脳裏から消える事はないだろう。


                  END


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