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『Snow fairy』



……誰も私を愛してはくれなかった……
私の事を美しいと言ってくれた者達も、私の正体を知ると恐れおののき命乞いをして逃げ出そうとした。私を「化け物」と罵る者もいた。それでも愛しい彼らを引き止めるには、私の忌まわしい力を使うしかなかった。そんな事をしても何の意味も無い事は充分すぎるほどにわかっていたけれど。そうして氷漬けにした人間達に囲まれて、自分の力を呪いながら、気の遠くなるような永い時を独りで過ごしてきた。

私は下級妖魔・雪女。人間の持つ愛という感情に強く憧れて人間の世界へ降りたのはもう何百年も前の事。妖魔の世界には愛という概念はない。「他者の事には無関心」それが妖魔の世界の理であり妖魔の誇りでもある。けれど私は誰かに関心を持ってほしかった。私の事を見てほしかった。愛を知りたかった。だから人間の世界へ降りた。どうしてこんなにも他者を求めるのかはわからない。妖魔として私は異質なのだろう。他の妖魔たちはそんな私を蔑んだり哀れんだりした。でも私は妖魔の誇りを捨てても誰かに愛されたかった。人間の世界へ行けばそれが叶うと思った。でも、異質な者を嫌うのは妖魔も人間も同じだと知った。雪女の私の肌は人間では有りえない冷たさをしている。冷たい身体、冷たい吐息、人間に疎まれ恐れられるには充分だった。所詮、妖魔と人間では心を通わせる事は出来ないんだろうか。せめてこの身体を温める事が出来たら。炎すら凍らせる私の妖力がそれを阻んでいる。捨てた妖魔の世界に帰る事も出来ず、愛を知る事も叶わず、永遠の生と孤独を生み出すだけの力を気も狂わんばかりに呪い絶望していた。そして氷漬けにした、私を愛してくれるかもしれなかった人間達を見つめても、いつしか私は何も感じなくなった。

人里離れたこの洞窟に人がやって来たのはもう何年ぶりの事だろう。その年輩の男は剣を携え鬼のような形相をしていたけれど、やはり私は何も感じなかった。男は私に剣を突きつけると険しい顔をして叫んだ。
「お前が近隣の村の男達をたぶらかしては殺している妖怪だな!」
何を言ってるんだろうと私はぼんやりと思った。私は妖怪じゃなくて妖魔。愛されたいと願った愚かな妖魔。
「私は、愛されたかっただけなのに。仕方なかったのよ。みんな逃げちゃうんだもの。」
男は一瞬たじろいだけれど剣を構え直して尚も叫んだ。
「よくも俺の息子を!!」
振り下ろされる剣を私はぼうっと見つめていた。皮膚が切り裂かれる感触。痛みはあまり感じなかった。そして同時に温かいものが流れていくのを感じた。妖魔である証の青い血。雪女の私の血。温かい……。男は何か叫んでもう一度剣を振り下ろそうとしていたけど私はそれどころじゃなかった。
「温かい、どうしてだろう。温かい!」
氷に対して耐性のある私自身の血には雪女の妖力は働かないのだろうか? あぁ、理由なんてどうでもいい。やっと私の身体を温められるものを見つけた!
「あぁ、温かい。妖魔の血も温かいのね。初めて知ったわ。」
青い血に腕を染めて歓喜する私に男はひどく怯え剣を捨て、悲鳴を上げながら逃げ出していった。私は捨てられた剣を拾い自分の肩を切り裂いた。温かい血が背中へ腕へ流れていくのを感じる。これで人間と同じ体温になれるかな? そしたら……。
「ふふっ……。最初からこうすれば良かったんだ。」
私は目を閉じて、温まっていく身体をずっと抱きしめていた。


                END
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