『月光遊戯』
〜第12話〜
「何が『真の名探偵』だ。」
上条は忌々し気に呟き新聞をテーブルに投げ置いた。連日、一面を飾る記事は怪盗Spade逮捕の報と、逮捕に貢献したという守屋哲二のインタビューばかりだ。記事によれば、守屋は斎賀家の周囲をみすぼらしい子供がうろついていたのを不審に感じて声をかけ、自身の屋敷に招いて話を聞いたのだという。その子供から斎賀要が怪盗Spadeの正体であると聞かされ、その子供は要から指示を受け犯行現場に仕掛けを施したり、逃走経路の下見や犯行後の仕掛け回収を行ったりしていたと話したそうだ。子供の情報を警察に伝え、逮捕に至ったという。上条は投げ置いた新聞の写真に目をやる。真っすぐにこちらを見据える要の顔と、何度も対峙した怪盗の仮面越しの顔。
「違うな。」
呟き首を振る。斎賀要とは何かしらのパーティで顔を合わせた程度、互いに顔と名前は知っている程度の間柄だ。それでも、何度も会話を交わした怪盗の印象と斎賀要は全く重ならない。この男は誰かを庇って捕まったのではないか。そんな疑念が湧く。会って話がしたい。安西警部に頼めば面会の段取りをしてもらえるだろうか。上条は立ち会がり安西に連絡を取った。
数日後。
「おや、わざわざいらして下さりありがとうございます、探偵殿。」
留置場の面会室に通されると、ガラス板の向こうで要は立ち上がり恭しく頭を下げた。自分をわずかに見上げてくる要に、上条は軽く笑う。
「お前、そんなに小さかったか?」
「いきなりいじわるですねぇ。私は世間を沸かせる怪盗紳士ですからね、演出というのは大事です。恥ずかしながら、背を高く見せるためにシークレットブーツを履いて活動していたんですよ。」
座るよう促され上条は腰を下ろし、ガラス越しに要を見据える。
「お前を捕まえるのは俺だと言ったはずだが?」
「えぇ、私も幕引きはあなたの手でという計画だったのに、邪魔が入って悔しいです。」
「計画? 捕まるのは想定内だったって事か?」
「もちろんですよ。こんな事がいつまでも続けられるとは思っていません。それに以前、『これは世の中への復讐だ』という話をさせて頂きましたよね。復讐っていうのは、誰が何の目的で行っているのかを明らかにしないと意味がないんです。だから私の復讐は、まだ続いているんですよ。」
その言葉に監視員が要を睨む。「怖い怖い」と大仰に首をすくめる要を見て、上条はやはりこの男は違うと考えていた。声や口調、かつて交わした会話は記憶にある怪盗Spadeのものだが、言葉の端々に込められた憤りは、怪盗のものとは異なると感じる。怪盗の憤りは悲しみを伴っていたが、要の言葉から悲しみは感じられず、深く純粋な憎しみと憤りのみを感じる。なら要は何を目的に怪盗Spadeとして逮捕されたのか。本物の怪盗Spadeはどこの誰なのか。問い質したいが、職員に監視され会話の内容も記録されている。正面から問う事はできない。どうしたものかと考えを巡らせながら上条は話を続ける。
「そうだ、お前を慕っているスラムの子供が大怪我をした所に行き会ってな。ツテを辿って信頼できる医者に託している。」
「噂で伺いましたよ。スラムの子供達には何度か犯行を手伝わせていましてね。私のせいで幼い子を酷い目に遭わせてしまったと、胸を痛めていたのです。探偵殿が助けて下さったと聞いて安心しました。本当にありがとうございます。」
要も探るような眼を向けてくる。上条が要を本物の怪盗ではないと見抜いている事に、気付いているだろう。本物は別にいて自身が捕まる計画だったのならば、この不本意な逮捕に無策でいるとは思えない。逮捕後に自分が面会に来る事も想定済みのはずだ。反応を見るのも手かと考えていると、要は何かを思い付いたように大仰に手を叩き上条を見つめる。
「そうそう、スラムの子と言えば探偵殿にお願いしたい事があるんです。最初で最後の私の願い、聞いて頂けますか?」
「内容によるな。何だ?」
「私は幼い頃から絵画に親しんでいましてね。とはいえ、私に絵の才は無かったので、自分の手で画家を育ててみたいと思っていたのです。斎賀家当主になった頃、スラムの傍である青年が描いていた絵に惹かれ彼のパトロンになりました。彼は怪盗稼業とは無関係です。彼を放り出すわけにはいきません。彼の今後の活動の支えを、探偵殿にお願いしたいのです。いかがでしょう?」
「俺はまだ当主じゃないから父に相談する必要があるが、問題ないだろう。その男に話は通してあるのか?」
「いえ、残念ながら間に合いませんでした。我が家にあった絵画や宝石類は盗品か否かに関係なく全て押収されてしまったんですが、彼が描いた私の肖像だけは価値がないと判断されたのか残されています。彼の住居を教えますので、その絵を彼に返す事と、探偵殿が今後の彼を支える事を伝えて頂きたいのです。」
「分かった。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。家の者には彼を上条男爵に託したいと伝えてあります。屋敷の捜索は済んでいますので、お手すきの時に斎賀家を訪ねて下さい。それと、御剣に『絵画は額縁から外して眺めてこそ価値が分かる』と伝えて頂けますか。」
面会終了時間が迫っているようで、監視員が時計を気にし始めた。おおよそ確認したい事は確かめられたし、これ以上の情報をここで引き出すのは難しいだろうと考える。要の方もこの状況では多くを伝える事はできないに違いない。託された画家志望の青年が今後の鍵になるだろう。他の誰でもなく自分に託した事にも意味があるのかもしれない。
「分かった。そういえば、斎賀家はどうなるんだ?」
「当然、取り潰しですね。父も母もすでに他界しておりますし、私に跡取りはいませんからさしたる問題はないでしょう。それにこれも、私の復讐の一環なんです。」
「そうか。」
面会終了を告げられ上条は立ち上がった。要も立ち上がり上条に一礼する。
「お前との追いかけっこも終わりだと思うと淋しいな。」
軽い口調でそう告げると、要も口角を上げ笑う。
「私もです。もっと早く、あなたと私が出逢えていたらと思います。」
視線を交わし上条は小さく頷いた。
「そうだな。」
後日。上条が斎賀家を訪れると、疲れた様子の使用人が出迎えた。
「お話は伺っております。こちらでお待ちください。」
がらんとした応接室に通され待っていると、使用人が紙袋を手に現れる。
「こちらが要様からお預かりした絵と、支援していた御剣優の住所です。」
「御剣優?」
聞き覚えのある名だ。大怪我を負ったスラムの子供を抱え、佐久間義治を頼ってきた青年。確か御剣優と名乗っていたはず。
「この御剣優という男に会った事はあるか?」
「はい、要様が屋敷に呼んだ際に案内を致しました。」
「どんな男だったか覚えているか?」
「はい。背の高い痩せた男です。スラム出身だという割に穏やかな物腰で、意外に感じた覚えがあります。」
「なるほどね。これは確かに預かった。ありがとう。大変な中に時間を取らせて済まなかった。」
「とんでもございません。お心遣い、痛み入ります。」
深々と頭を下げる使用人に見送られ上条は斎賀家を後にする。色々と繋がりそうだと考えながら、メモを頼りに御剣の住居を探す。大通りから逸れ、スラム街にほど近い川のほとりに御剣の住居はあった。元は物置小屋か何かだったのだろう。今にも倒れそうな、木の板を継ぎはぎしどうにか雨風を凌いでいるような小屋だった。入り口を探すと板の間に厚めの布が吊るされた箇所がある。ここが入り口だろう。壁の板を軽くノックする。
「突然すまない。ここは御剣優の家で間違いないか? 俺は上条雅志だ。用があるのだが、出てきてもらえるか?」
驚いたような声と共に布が巻き上げられ、御剣が顔を出した。
「上条男爵!? どうしてこのような所へ?」
「斎賀要からの言伝を預かってきた。俺の方も話したい事がある。中へ入れてくれるか?」
「要さんから? はい、もちろんです。汚い所ですが、どうぞおあがり下さい。」
靴を脱ぎ、「失礼する」と告げ中に入る。奥の壁に吊るされた布を御剣が巻き上げると、陽が射し少しだけ明るくなった。足元にも板が張られているが、あちこち傷んで穴が開いている。家財道具はなく、壁際に古びた布団が畳まれてるだけだ。上条の自室よりずっと狭い。その狭い空間に描きかけの絵や画材が散らばっているが、想像していたよりは清潔感がある。散らばった画材を壁際に寄せながら、御剣が緊張した様子で頭を下げる。
「何もお出しできず申し訳ないです。汚い所ですがお座り下さい。」
「気にするな。お前とは話したい事が山ほどある。」
床に腰を下ろした上条の向かいに御剣は恐る恐る座る。やはりあの時の男だ。大怪我を負ったスラムの子供。守屋が見つけたという怪盗を手伝っていたスラムの子供。画家志望の青年とパトロンの貴族。託されたのは、御剣の画家としての将来だけではないだろう。
「まず、先日お前が連れてきた子供だが、佐久間さんの所の病院で順調に回復しているから安心してくれ。」
「良かった……! ありがとうございます。」
「礼なら佐久間さんとその医師に言ってくれ。それから本題はこっちだ。先日、斎賀要に面会してきた。それでこれを託された。」
上条が差し出した紙袋を受け取る。以前、御剣が描いた要の肖像画だ。豪奢な額に収められた絵に御剣は首を傾げる。
「この絵は確かに、私が要さんの依頼で描かせて頂いたものですが、この不釣り合いな額は……?」
「斎賀からの伝言だ。『絵画は額縁から外して眺めてこそ価値が解る』と言っていた。」
怪訝な顔のまま御剣はそっと額を外す。絵の裏に、手紙が張り付けられていた。驚いた顔を向ける御剣に、読んでみろと促す。
『御剣へ。
君がこの手紙を読んでいる頃、僕は怪盗Spadeとして逮捕されているだろう。これは当初から計画していた事だから安心してほしい。とはいえ、計画通りの逮捕劇とはいかなさそうだけれども。ちゃんと手は打ってあるけどね。
復讐っていうのは、誰が何のためにやっているのかを明らかにしなくちゃ意味がない。この逮捕によって、世間は僕の憎しみを知るだろう。世界が歪んでいる事に気付けるだろう。そうして傷つけられ踏みにじられてきた人達が、少しずつでも救われるようになれば僕は満足だ。怪盗Spadeは僕一人、警察は君には辿り着けない。君はこれから救われるべき人だ。君は僕に捕らわれず自由に生きてほしい。僕は君の描く絵が好きなんだ。君の今後の事を上条男爵に託しておく。彼はおそらく僕と君の関係性に気付くだろうけれど、彼が君の敵に回る事はないと確信している。正直な事を言えば、君が彼を「探偵殿」と呼んで嬉しそうに話すのに嫉妬していた。僕には君しかいないのに、ってね。けど、彼なら君を光の下へ連れて行ってくれるだろう。僕には、君を闇へ道連れにする事しかできない。どちらが君にとって幸せか、答えは明白だ。
君と出逢えた事は、僕の人生において唯一で最大の幸福だ。ありがとう。どうか、幸せに。
斎賀要』
「要さん! 何をそんな勝手な事を!」
涙ぐみ叫んだ御剣は、はっとして上条を見つめる。その視線を受け止め上条は静かに口を開いた。
「俺が追っていた怪盗Spadeは、お前だな?」
肩を震わせ泣き出しそうな顔で御剣――怪盗は頷いた。
「……その通りです。」
上条を見つめながら、肩を震わせ話を続ける。
「要さんとは私が子供の頃に出逢いました。要さんは、実の母親から虐待を受け存在を否定されていました。私が言ったんです、「私達で世界に復讐しよう」って。それなのに、どうして……。」
要が「斎賀家取り潰しも復讐の一環」と言ったのはそういう事かと得心する。別れ際の言葉の意味も。怪盗の目を見つめ返し上条は口を開く。
「それで、お前はどうしたい? 俺は斎賀からお前の将来を託された。お前が画家を目指して生きるなら俺は全力でサポートする。他に生きる道を見つけるなら手助けもできる。前にも言ったよな。『お前は正しく立ち上がるべき、俺ならその手助けができる』と。」
上条の視線を受け怪盗は小さく首を振る。
「自分の事よりも、要さんを助けたいです。要さんは計画を立てサポートして下さっただけ。本物の怪盗Spadeは私です。それから、要さんを陥れた奴を許しておくわけにいきません。」
怪盗の言葉に上条は眉を寄せる。
「斎賀を助けるのは難しいだろう。実際、計画を立て盗品を保管していたのは斎賀だ。主犯は斎賀でお前は指示に従っていただけ、ともいえる。それにお前には知らせていなかったようだが、逮捕は最初から計画されていた。お前が助ける事を斎賀は望まないんじゃないか。」
「そんな……。」
「けど、あいつを陥れた奴を許しておけないっていうのは同感だ。先日、佐久間さんの所の医師が『この子は自白剤を打たれたのかもしれない』と言っていた。何か関係があるんだろう?」
大怪我を負った俊の姿を思い出したのだろう、怪盗は再び泣き出しそうに顔を歪める。
「あの子、俊君は要さんの指示で守屋哲二の周辺を探っていました。要さんへの連絡が途絶えてから数日後に、大怪我を負ってここで倒れていたんです。捕まって『誰の指示だ』と問われ暴力を振るわれたと聞きました。それでも口を割らずにいたら、おかしな薬を打たれてその後の記憶が無いと……。」
こらえきれず涙を零し怪盗は俯く。上条も俊の酷い怪我を思い出し顔をしかめた。
「あの子の仇を取ってやらないとな。それに守屋の都市開発計画は佐久間さんと俺にとっても邪魔でしかない。奴のきな臭い計画をぶっ潰してやろう。」
怪盗の肩を軽く叩き顔を上げさせる。
「俺と手を組まないか?」
「探偵殿と、私が……?」
「あぁ、斎賀がこの不本意な逮捕に無策でいるとは思えない。何か仕掛けてあるだろう。それを利用して、俺とお前で守屋を潰すんだ。」
はっとして怪盗は要の手紙を拾い上げる。
「確かに『手は打ってある』と書いてあります。何を仕掛けていたのかはわかりませんが。」
悲しみに染まっていた怪盗の目に光が戻ってくる。
「やりましょう。」
上条が手を差し出す。怪盗はそれを力強く握り返した。
第12話・END
『月光遊戯』目次へ/第13話へ