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「Metallic Heart」


「ジャン博士。私、心を持ったロボットを作りたいんです。」
助手ルカの言葉に、初老のジャン博士は論文から目を上げゆっくりと振り向いた。
「ほう。何故そう思うんだね?」
ルカは目を輝かせて答える。
「人工知能の発達によってロボットの能力は限りなく人に近づいています。でも、ロボットはまだ人と交流する事は難しい。与えられた仕事を完璧にこなすだけの存在でしかありません。私は人と交流できるロボットを作りたいんです。」
マンガやアニメみたいに、と付け加え照れ臭そうに笑うルカにジャンは満足げに頷く。
「面白そうだね。やってみなさい。成果を楽しみにしているよ。」
「はい! 頑張ります!」

それからルカは人工知能の研究に加え心理学の勉強も始めた。何故人には心があるのか?心とは何か?ロボットにも心を持たせる事は可能か?
やがて膨大な資料を元にルカは1体のロボットを作り上げた。
「博士、見て下さい。」
ジャンの研究室で披露されたルカのロボットは少年のような外見をしていた。
「写真の兄をモデルにしたんです。」
ルカが指差した写真立てには幼いルカと、ルカとよく似た少年、両親らしい人物とジャンが写っていた。ルカには子供の頃の記憶が無い。事故に遇い両親と兄をいっぺんに失ったルカはそのショックで記憶を無くしてしまったのだという。ルカの父アレンとジャンは兄弟で、家族をなくしたルカを彼が引き取って今に至るのだと聞かされていた。この日付の無い写真だけがルカに家族の存在を証明するものだった。目の前で微笑むロボットはルカの兄セージによく似ている。
「ほほぅ。よく出来ているな。」
「まだ試作段階なんですけどね。簡単な挨拶しか出来ないし、誰に対しても同じようにしか応対出来ないんです。感情も無いし。」
溜息をつきながらルカはロボットに声をかける。
「セージ、こちらはジャン博士だよ。私の伯父であり恩師なんだ。」
セージと呼ばれたロボットはゆっくりとジャンの方を向く。
「初めまして、ジャン博士。僕はセージです。よろしくお願いします。」
ジャンは差し出されたセージの手を握り返しこちらこそよろしく、と答えるとルカに視線を移した。
「確かにぎこちないね。」
「えぇ。この程度ならどんなロボットにも出来ますからね。」
何がいけないんだろうと呟いたルカにジャンは参考程度に、と前置きして口を開いた。
「心の動きは考える力と感じる機能から生まれると考えられる。知能と五感だ。更に五感で得た情報から何を思うかは個人差がある。ならばルカが感じる事をそのままセージにも教えてやればいい。人間も同じだよ。」
「そうか、0から心を生み出そうとするから難しいんだ! 私の思いを伝えればいいんですね!」
何か子育てみたい、と笑うルカを見つめジャンは微笑んだ。

ルカは根気よくセージに様々な事を吸収させた。セージの表情や表現は次第に豊かになり、人と何ら変わらない生活ができるようになった。だがある日、ルカは表情を曇らせジャンに相談を持ち掛けた。
「博士、セージを兄にするにはどうしたらいいんでしょう? セージにとっては私も博士も他の皆も同じなんです。私は博士と同じようにセージとも家族になりたい。」
ジャンはじっとルカの目を見つめ言葉を選ぶようにゆっくり口を開いた。
「それは恐らく、ルカ自身がセージをロボットと見て接しているからではないかな。セージに妹として接して愛すればいい。言葉や知識でなく愛情を伝えるのは人間でも難しいがね。」
何かをイメージするように目を閉じルカは頷く。
「そうですね。…私とジャン博士、私は博士の研究を手伝う助手で伯父と姪で大事な家族。研究所の皆、励まし合い競い合う大事な仲間…。」
うん、と一つ頷きルカは顔を上げた。
「凄く漠然とだけどわかった気がします。博士ありがとう。」
資料を抱えて微笑みルカが退室すると、ジャンは窓から空を見上げ呟く。
「アレン、お前は私のした事を責めるだろうか。だがルカは美しい心を持っているよ……。」

数日後。研究所の資料室にいたルカの元へ、ジャンが倒れ病院へ運ばれたと報せが入った。ルカは病院へ駆け付けた。
「博士!!」
「ルカ……。私の命は、もう尽きるらしい。」
「そんな……。」
「最期に、お前に謝らなくてはならない事がある。」
「最期だなんて……! そんな言い方止めてよ!!」
ジャンは苦しげな呼吸を繰り返しながら必死に口を開く。
「聞いてくれ、ルカ。お前自身の事だ……。いずれ知られてしまうだろうから、私の口から話しておきたい。」
咳込むジャンの背を撫でたルカの手を取る。
「ルカ、お前は私の姪のルカではない。」
告げられた言葉の意味がわからずルカはジャンの目を覗き込む。
「博士? 何を言ってるんです?」
「ルカはアレン達と一緒に天国にいる。」
ルカは話が飲み込めず困惑する。
「どういう事です? ではここにいる私は何なんですか?」
ジャンは辛そうに目を伏せる。
「お前は、私がルカに似せて作ったロボットだ。」
「……何ですって?」
「ルカは私に懐いていた。アレン達を失った私は、孤独から逃れようとルカに似せてお前を作った。3年前の事だ。あの事故は4年前。ルカは当時8才だ。お前は今18才、研究所に入所できる歳にして作った。」
「……嘘だ! 私が作り物だなんて嘘だ!!」
「すまない。本当の事だ。」
言葉が継げずルカは大きく首を振った。記憶が無いのは事故のショックなどではなかったのだ。日付の無い家族の写真は繋がらない時間の矛盾を隠していた。自分は作られた偽りの存在。ルカは知らず知らずのうちに涙を零していた。
「私は偽物! 私は……!」
「ルカ、これだけは信じてほしい。私は失ったルカではなく目の前にいるお前を愛しいと思う。本当だ。」
ルカの涙を拭いジャンは言葉を続ける。
「私はお前に『涙を流す』機能を持たせた。だが、ただ持っているだけでは機能しない。お前の心が泣きたいと感じなければ、涙は流れないのだ。こうして泣く事ができる心を持っているお前は、断じて偽物なんかじゃない。それにお前の心を投影したセージも、美しい心を持った優しい青年だ。」
自分の頬を伝う涙に触れルカは更に泣きじゃくる。
「お前は姪の替わりなんかじゃない。私の大事な助手のルカだ……。」
ルカの手を取るジャンの目は濡れていた。
「ルカ、私を家族だと言ってくれて本当に嬉しかった。お前を生み出して良かった。お前と共に過ごせて幸福だった。」
「博士……私を作ってくれて、ありがとう。博士と過ごせて、幸せだよ。」
ジャンの目から光が消えていく。
「ルカ、ありがとう……。」
「博士! 嫌だよ……!」


一年後。
「セージ兄さん、博士帰ってきたよ!」
「よし、皆で出迎えだ!」
「博士ー! 国家科学賞受賞おめでとう!」
「おぉ! ルカ、セージ、ありがとう。アレンにマリーさんも来てくれたのか。わざわざありがとう。」
……


ジャンの研究室に幸福な声が絶える事はない。存在は作り物でも、そこにある幸福は紛うこと無き真実―


                 END


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