短編の間へ /翠玉館玄関へ

『光の中へ』




コンサートホールは大歓声に包まれていた。ステージ上のボーカリストはスポットライトを浴びてスタンドマイクを抱きしめ、バラードを歌い上げた。息を切らしながら彼は恍惚とした表情でライトを仰いだ。
……こんな日を待っていたんだ。俺達は伝説になる。


「俺さ、死ぬならやっぱりステージの上がいいな。」
このバンド、"Over the light"を結成した頃、ボーカルの(カナイ)はよくこう口にした。
「人気が絶頂に達した頃にパッといなくなっちまう。劇的じゃん。」
他のメンバーは笑ってそれを受け流す。
「まぁた始まったよ。そういう夢は売れてから見ろよな。」
「大体なんで人気絶頂の時に死ななきゃなんないんだよ。」
「だって絶頂極めたら後は落ちていくだけだぜ? だったら絶頂期に死ぬ方が後々まで語り継がれる、時代に忘れ去られる事なく永遠の存在になれるんだ。」
叶の言葉にメンバーは苦笑いを返す。
「だからそういう事は売れてから言えっつーの。」
「一人で言ってろ。」


それから5年。"Over the light"は新進気鋭のロックバンドとして音楽シーンを揺るがせた。業界全体が伸び悩んでいた売り上げ記録を次々と塗り替え、ドームクラスのライブ会場を連日満員にした。入手困難な彼らのライブチケットは、ネットオークション等で破格の値段で売買されていた。マスコミは記録に見合う実力を持った彼らを「伝説になるバンド」と言って騒ぎ立てた。どこへ行っても聞こえる黄色い歓声。ハードなスケジュール。叶は自分達が栄光の階段を上っていると実感する。だが、今輝いていてもいずれ忘れ去られる時が来るかもしれない。時代の流れは早い。
……忘れられるなんて冗談じゃない。この輝きを永遠のものにするんだ!
ライブが始まる。会場を揺るがすような歓声の渦。完成された音楽。ステージ上でライトと歓声を浴びながら叶は興奮していた。
……栄光は完成した。俺は、俺達は伝説になる。今日この日から、誰からも忘れられない存在になれる。永遠のものになるんだ!
メンバー達は不審に思った。いつもはステージ狭しと縦横無尽に駆け回る叶が、どうして今日はスポットライトの下から動かないのだろうと。
そろそろか、と叶は再びライトを仰いだ。叶を照らしていたライトが揺らぐ。支えのボルトは叶の手で緩められていた。ワイヤーにも傷を入れてあった。ライトを吊っていたワイヤーがその重さに耐え切れずに切れた。叶を照らしたまま、ライトが落下する。それは奇妙にゆっくりと落ちていくように見えた。メンバー達もスタッフも観客も、何が起きたのか把握できなかった。祈るように叶は落ちてくるライトを見上げる。
……こんな日を待っていた。光を浴びて、伝説の中へ、光の中へ……。



                  END

短編の間へ