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『王女の初恋、騎士の本懐』


「王女、お怪我は?」
「大丈夫よ、ありがとう。」
襲ってきた下級の魔物を華麗に斬り伏せる騎士見習いのジオに、エイダ王女ははにかむように微笑んだ。ジオはエイダが9歳の時に王女付きの騎士見習いとして城へやって来た。かつてはどこかの王族に仕えていたという13歳の少年だった。歳の近いエイダの話し相手にもなるだろうというエイダの父王の考えである。ジオの詳しい素性をエイダは知らない。ただその整った顔立ちと凛として冷たい眼差しに惹きつけられた。それからというもの、エイダはどこへ行くにもジオを供に連れていた。ジオの剣技は年齢からは想像もつかない程卓越していて、王立騎士団の若い騎士にも引けをとらないものだった。その技能に王も王妃も安心してエイダの伴を任せていた。
エイダは城から北へ行った大地に広がる森をよく訪れていた。近年、野生動物の他に魔物も出没するようになり、家臣から「危険だから行ってはなりません」と言われていたが、エイダは森の奥にある澄んだ泉を気に入っており「ジオがいるから大丈夫」と聞く耳を持たなかった。
「あなたがいてくれれば、魔物なんて怖くないわ。」
「そうですか。」
剣を納めたジオにエイダは頬を染めたが、ジオはにこりともせず答える。あなたは相変わらずねとエイダは微笑んだ。寡黙で実直な騎士、何も知らないエイダは日に日にジオへの恋心を募らせていく。エイダは夢見ていた。いつか、この静かで美しい泉のほとりでジオと愛を語らえたらと。結ばれる事は叶わなくとも、想いを通わせる事ができればと。今はまだ自分が幼いから、ジオは自分に興味を示さないのだと思っていた。成長してジオと釣り合う年齢になったら、ジオはきっと振り向いてくれると固く信じていた。
 ジオが16歳になった時、剣の腕を見込まれ王立騎士団に配属された。エイダの警護からは外れる事になったが、それでもエイダは外出時にジオの同行を求め周囲を困らせる。ジオにも隊の一つを任され戦の準備が進められる中、黙々と騎士団の任務とエイダの警護を両立するジオに同情とやっかみの視線が集まった。ジオが何を思っているのか、知ろうとする者は誰もいなかった。
そして出陣の前夜、ジオは抑え込んでいた牙を剥く。出陣を控え騎士団は城から出払っていた。詰所を抜け出したジオは城へ向かう。王と王妃の寝室に侵入し眠る二人を斬り付ける。王妃の悲鳴に大臣が駆けつけた頃には、ジオは二人の首を掻き斬っていた。ジオを取り押さえようとした大臣も斬り殺し、ランプを倒して部屋に火を放つと斬り落とした王の首を手に提げ隣のエイダの寝室へ向かう。ドアを蹴破るとエイダが飛び起きる。憎悪に満ちたジオの目とその背後で揺れる炎、そしてジオの手にあるものがエイダの視界に入った瞬間、エイダは事態を把握できないままに大きな悲鳴を上げた。
「ジオ、どうしてこんな酷い事をするの!?」
「お前の父と同じ事をしてやったまでだ。」
「お父様がこんな事を? 嘘よ!」
血の滴る王の首をエイダの鼻先に掲げジオは言葉を続ける。
「嘘じゃない。こいつは私利私欲から戦を起こして俺の父と兄を殺し、俺達が仕えていた王家を皆殺しにして国を滅ぼした。お前より幼かった俺の妹も、王子も、みんなみんなこいつに殺されたんだ。」
王の首を投げ捨て、ベッドの上で泣きながら震えるエイダにジオは剣を突き付ける。
「俺だけが生き残ってここへ連れて来られた。だから俺はこの日の為に生きた。ずっと復讐の機会を窺っていた。」
「私も殺すの?」
「お前を殺さない理由がどこにある?」
「ずっと、私を守ってくれてたのに?」
エイダの言葉にジオは唇を歪め笑う。
「親を殺した奴の娘のお守りをさせられた俺の気持ちが解るか? 俺はずっとお前の首を斬り落としたくて堪らなかったんだ!」
「私は、あなたが好きだったのよ。」
「だから何だ? 惚れた相手に殺されるなら本望だろう。」
炎がエイダの部屋にも迫る。王の寝室から火があがっていると騒ぎになっているのが聞こえた。
「終わりだ。何もかも。」

 王宮内で王族が殺され国内は騒然となった。直後に姿を消した騎士団員のジオが犯人だとされ、王立騎士団は血眼になってその行方を追う。
その後、ジオの姿を見た者はいない。


                 END

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