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私達は、ふたりで生まれてきた。その事に、意味はあるのだと思いたかった。

『ふたりの人魚姫』

 私達が生まれた時、『海底王国に稀代の王が誕生した』と王国中が歓喜に沸いたらしい。海神の加護を示す尾ひれ型のあざが、赤子の額に浮かんでいたのだ。ただしそれは私の妹。私達は双子で、見た目はそっくりなのにその運命ははっきりと分かれていた。妹は次期国王、しかも海神の加護を授かった、何千年に一度の稀代の王と言われている。彼女が即位すれば、海底王国の繁栄と栄華は約束されたのも同然だ。対して私は、何も持たないただの娘。親である王も王妃も、なぜ私が生まれてきたのかと疑問を抱き、それを隠そうともしなかった。「双子の姉は何かあった時の替え玉に」などと、私の前で平然と言ったりもした。
毎年誕生日には、妹に宛ててたくさんの贈り物が届く。美しい宝飾品や豪華なドレス、幼い子供には似つかわしくない物もたくさんあった。それでも妹は嬉しそうに瞳を輝かせてそれらを見つめていた。
「きれいだね、お姉ちゃん。」
そう言ってきらきらした笑顔を向ける。そうだねと、頷き微笑みながらも、私の心は沈んでいた。同じ日に生まれた私には、何も無かった。両親からの「誕生日おめでとう」という言葉さえも。私の誕生日を祝ってくれたのは、輝かしい未来を約束された妹だけだった。
「お姉ちゃんも、お誕生日おめでとう。」
「ありがとう。」
妹から差し出された貝殻のネックレスは、妹が手作りしたものだ。無邪気な笑顔で、私の誕生日を心から祝ってくれている。私の誕生日を誰も祝おうとしない事には、全く気づいていない。自分への祝福は、姉である私にも同様に向けられていると思っている。世界は優しく美しいと信じきっているのだ。私は妹のそんな純真さが、愛おしく同時に憎らしかった。無邪気さは時に、相手を傷付ける。
「つけてあげる。」
そう言って私の背中に回り込みネックレスをつけた。私の顔とネックレスを見比べ、嬉しそうに笑う。
「よく似あってるよ、お姉ちゃん。」
そう言う妹の胸元には、子供には不釣り合いの高価な宝石のペンダントが煌めいていた。
「ありがとう。」
そうね、私には宝石よりも貝殻がお似合いね。

 成長するにつれ、妹は王位継承の準備に忙しくなった。式典での礼儀作法、帝王学や歴史の勉強、学ばねばならない事は多くあるようだ。幼い頃にはふたりでこっそりと城を抜け出し、色とりどりの魚達と追いかけっこをしたり、沈没船を探検したりして遊んでいたが、次第にふたりで遊ぶ事もなくなった。勉強尽くしの多忙な日々は、妹の表情を少しだけ曇らせた。以前のようにふたりで遊びに行きたいと愚痴る彼女を、「あなたは次の王様なのだから」と宥める。暇を持て余している私とは違うのだ。妹は生まれた時から全てを与えられている。大人の人魚として王として必要な知識に作法、両親からの愛情、その上に海神の加護。私にも与えられるはずだったものを、彼女は全て持っていってしまった。私を姉と慕ってくれる、可愛くて賢い妹。私を唯一愛してくれる彼女を愛しく思いながらも、心の底では妬み憎んでいた。双子ではなく年の離れた姉妹だったら、海神の加護という重大な責任を背負った彼女を、純粋に支え守ろうと思えたかもしれない。けれど、平和な海底王国にいる限り、妹に危険が及ぶはずもない。私は替え玉ですらないのだ。
戴冠式が近づくと海底王国は喜びと活気に溢れ始めた。人魚はもちろん、王国領内で暮らす全ての生き物が、妹の即位を待ちわびている。そんなある日の夜。彼女は密かに私を城の裏庭へ呼びだした。
「突然呼び出してごめんね、お姉ちゃん。」
「それは構わないけど、何かあったの?」
深刻な顔で彼女は私を見つめた。その頬はほんのりと赤く染まっている。
「あのね、私、好きな人ができたの。」
「それは良かったじゃない。父様と母様に、婿に迎えたいって相談したら? あなたの言う事なら喜んで聞くでしょう。」
私の言葉に妹は大きく首を振った。私の腕を掴み、声を潜める。
「夜にお城をこっそり抜け出して海上を散歩してたの。そうしたら、近くを通った船から誰かが落ちてきたから、助けに行ったの。」
「まさか、人間と接触したの!?」
「声が大きいよ、お姉ちゃん!」
慌てて私の口を塞ぎ妹は更に声を潜めた。
「人間の、男の人だった。金色の髪の、逞しい人。怪我をして船から落ちたみたいで、気を失ってたから浅瀬の洞窟に連れて行って手当してあげたの。目を覚ます前に戻ろうと思ったのよ。だけど苦しそうだったから心配で様子を見てたの。そしたら目を覚まして、急いで戻ろうとしたんだけど追いかけてきて、『人魚は実在したんだ、噂通り美しい!』って私の腕を捕まえて言ったの。私、どうしていいか解らなくて黙ってたら、『手当の礼をしたいから俺の城へ来い』って言われてね。そんなわけにはいかないから、お礼なんていいですって言って戻ろうとしたの。でも『謙虚な所も気に入った。美しい人魚姫、俺の下に来い』って。振り切って戻ってきたけど、『俺は諦めない、必ずお前を手に入れる』なんて言われちゃった。私、あんな風に情熱的な言葉をかけられたの初めてよ。だってみんな私を次の王様としか見てくれないんだもの。」
妹をまじまじと見つめる。王になるために一心に勉強していると思っていたら、こっそり城を抜け出しそんなロマンスを演じているなんて。頬を染めすっかりのぼせ上がっているみたいだけど、どれほど相手が諦めないと言ったところでどうにもならないだろう。人魚と人間では文字通り住む世界が違い過ぎる。
「でもあなたは海底王国の王になるのよ。人間は海底には住めない。」
「分かってる!」
思いがけない妹の大声に驚く。少しだけためらうように視線をさまよわせ、深呼吸して私を見つめる。その目は真剣そのものだ。
「ねぇ、お姉ちゃん。私の代わりに王様になって。」
「はぁ!?」
「私、王様になんてなりたくない。あの人と一緒に地上で生きてみたい。お城って言ってたからあの人もきっと王族なんだわ。まるでお伽話みたいじゃない。私ずっとそんな恋に憧れてたの。ねぇ、お姉ちゃん、お願い!」
「何を馬鹿な事言ってるの!?」
妹の肩を掴んで怒りのままに揺さぶった。
「私がどれほど望んでも手に入らないものをみんな持ってるくせに、それを捨てて一目会っただけの相手と生きたいだなんて、だから私に代わりに王になれだなんて、私を馬鹿にしてるの!?」
「そんなんじゃない! だって、お姉ちゃんはずっと自由だったじゃない。ああしろこうしろって、お姉ちゃんには誰も何も言わなかったでしょう?」
「誰も私に期待してないだけよ!」
「そんな事無い!」
「あんたに何が分かるの!?」
王国中が私を何とも思っていなくても、双子の妹だけは私を愛していると思っていた。それだけが私の心のより所だった。だがそれは、とんでもない思い違いだったのだ。妹の肩を突き放す。よろめいた彼女は悲しい目で私を見つめた。
「あんたの好きにはさせない。」
何か言いかけた彼女から視線を逸らし自室へ戻った。妹のものよりも狭い部屋。この城の何もかもが彼女のものだった。私達はどうしてふたりで生まれたのだろう。ひとりの人魚として生まれていたなら、こんなみじめな思いをしなくても済んだはずなのに。あるいは王族に生まれたりしなければ、双子だったとしても平等に愛されたに違いない。けれど私は王族に生まれた、王国に何の益もないただの娘。あぁ、そうだ。妹が助けたという男が彼女を探し手に入れようとしているのなら、ふたりが劇的な恋をしようというのなら、私が代わりに行ってやろうか。あの子は私から全てを奪ったのだから、今度は私があの子の幸せを奪ってやる。そう考えて城を飛び出し海面に向かった。陸に近付き辺りを見回す。月明かりと陸から海を照らす灯りが、夜でも辺りの景色をくっきりと浮かび上がらせていた。陸から海を照らすあの灯りは灯台というらしい。岩礁に腰を下ろし、夜空に映えるその灯りをぼんやりと眺める。人間が作る物もなかなか綺麗だと、惚けたように眺めていた。何かが近づいて来る事に気付かない程に。
「おい!」
突然響いた叫び声にぎょっとする。座っていた岩のすぐ傍に人間のボートが浮かんでいた。小さなボートとはいえ、こんなに近づかれても気づかないなんて、どれほどぼんやりしていたのだろう。ボートの後方に少し大きな帆船がある。あの船から来たのだろう。逃げも隠れも出来ず、声を上げた人間を見つめた。体格のいい男だ。顔や腕にいくつも傷痕がある。いかにも野蛮そうだ。男は横柄な口調で手に持った紙を私に向ける。
「これはお前だな。」
紙には金髪の人魚が描かれている。私にそっくりだ。だが、額に尾ひれ型のあざがある。
「こいつを探している。ボスが世話になった奴だ。お前に間違いないな?」
妹が助けたという男の知り合いだろうか。似顔絵を描いてまで広い海を探しまわるなんて、相当本気で探しているのだろう。私もそいつを探そうとしていたのだから、いいタイミングだ。
「えぇ、私よ。」
そう答えると男は唇を歪めて嫌な感じの笑みを浮かべた。
「見つけたぞ!」
男の叫びに、後方の帆船から歓声が聞こえる。男は私の腕を乱暴に掴んでボートに乗せた。妹の話が事実ならこの男も王族かその臣下のはずだが、何だかおかしい。
「私に何の用なの?」
「この人魚を見つけて捕まえろと言われてる。それ以上の事は知らんからボスに聞け。」
ボートから乗り移った船には、黒い布に髑髏が描かれた旗が揺れている。男は乱暴に私の手を引き船の中を歩き回る。鱗が床の木に引っかかって痛い。抗議の声を上げても男はお構いなしに進んでいく。何なのこいつ、むかつく。船室のひとつに入り、男がボスと呼ぶ人間の前に私を突き飛ばした。痛いってば。
「ボス、見つけましたぜ! やっぱり人魚は実在したんですね!」
ボスと呼ばれた男を睨むと、そいつは嫌な感じの笑みを浮かべて私を見据えた。
「ようこそ俺達の城へ。」
古ぼけたソファに体格のいい男がふんぞり返っている。こいつも腕や顔にいくつも傷痕がある。こいつがこの集団のリーダーなんだろう。片目を黒い眼帯で覆った男は、にやにや笑いながら私を見下ろした。
「助けてもらった礼を、するとでも思ったかい?」
男の指には大きな宝石の付いた指輪がいくつもはまっているけれど、高貴とは程遠い。こいつらは王族なんかじゃない、噂に聞いた海賊だ。城っていうのは自分達の船の事を指していたんだ。
「どういう事?」
「人魚の王国にあると噂の財宝を探している。案内しろ。」
周りの男達が私に剣や銃を向けてくる。それが目的であの子の前にわざと落ちたんだろう。まんまと罠に飛び込んだあの子が可笑しいやら憐れやらで、思わず笑いがこみ上げてくる。あの子の幸せを奪ってやろうと考えていた私自身が、何より滑稽だ。
「何がおかしい!」
「そんな風に脅さなくても教えてあげるわよ。」
向けられた銃口を掴んで笑う。あの子の幸せを奪う事もできないなら、こいつらを利用して、王国を潰してやろう。
「何のつもりだ?」
「私は王女よ。王国の事なら何でも知っている。財宝のありか、警備兵の配置に兵力。どこを攻めれば簡単に落とせるか知りたいでしょう?」
「そう言って俺達を罠にかける気だろう!」
気色ばむ男に構わずボスを見据える。いかにも残忍そうだが頭も良さそうだ。味方に付けられれば、あんな平和ボケした王国なんて一瞬で壊滅させてくれるだろう。
「海底王国の歴史はおそらく人間よりも古い。不老不死の薬に海流を操る杖、人間の世界には無いものがたくさんあるし、人魚も私以外に大勢いる。中でも、何千年に一度と言われる海神の加護を授かった姫がいるの。捕えれば利用価値は高いんじゃない?」
ボスは怪訝な顔をする。
「お前は王女だといったな? その姫とやらはお前の身内じゃないのか? それともお前が王女だというのは嘘なのか?」
「その姫は私の妹よ。次の国王は妹と生まれた時から決まってる。妹にはありとあらゆるものが与えられ、私には何も無かった。だから私はあの子が憎いのよ。私から全てを奪ったあの子が、私には何も与えてくれなかった王国が!」
思わず叫んでしまった。怒りに震える私を見て、ボスは面白そうに笑った。
「それで、俺達に復讐の代行をさせようってか。」
「王国の情報を流すから、王国を徹底的に破壊してほしいの。城のものは好きなだけ持って行っていい。海神の魔法がかかったものから宝飾品、武具。人間にとってどれほどの価値があるのかわからないけど。それに人間の世界では人魚って珍しいんでしょう? いくらでもいるからそれも捕まえればいい。」
ボスを見据えると唇を上げて笑った。
「いいだろう。その話、乗ってやる。」
「ボス!? こいつを信じるんですか!」
驚きの声を上げた部下を見遣ってボスは頷いた。
「あの目は本気だ。身内への憎悪は深いもんだ。それでこいつは復讐を果たし、俺達はお宝を手に入れる。手を組んで損は無いだろう。」
「話が早くて助かるわ。王国には兵士がいるとはいえ、ずっと争いなんて無縁だったからすぐに叩き潰せるでしょう。私が海流を操ってあなた達が侵入できるようにするから、好きなように暴れるといいわ。」
「よし、ならお前はその海流を操る杖とやらを持って、さっきの岩場に来い。決行は明日の夜、満月が一番高く上った時だ。」
満足そうなボスの言葉に部下達も目をぎらつかせて叫び声をあげる。彼らに急いで戻ると告げ城へ向かった。海流を操る杖は城の宝物庫にある。奪われる事なんか全く想定していないずさんな管理だから、持ち出すのは簡単だろう。城へ向かって泳ぎながら、ふとボスの言葉を思い返す。「身内への憎悪は深い」とあいつは言った。よく解ってるじゃないか。
 城へ戻るとなるべく音を立てないよう気を付けながら宝物庫へ向かった。皆寝静まった、静かな城。見張りも誰もいなくて思わず笑ってしまう。奥の棚から目当ての杖を取り出し、また静かに城を出た。誰も私が深夜に城を出た事に気づいていないらしい。もしくは気にも留めていないか。私はいないも同然なのだ。だがもう、こんなみじめな思いをさせられる事もないんだと思うと笑みが零れた。杖を落とさないようしっかり握りさっきの岩場を目指す。停泊している船に手を振り船に乗り込んだ。
「それが例の杖か。」
「そうよ。」
甲板から海へ向けて軽く振って見せる。杖の動きに合わせて波が上がる。もっと大きく振れば海を割る事も可能だと言うと、海賊たちは驚きと歓声を上げた。珊瑚でできた杖には宝石がはめ込まれていて、見た目にも美しい。
「この魔法は人間には扱えないけど、売ればいい値が付と思う。全て終わったら、これもあなた達にあげるわ。」
「話の分かる奴だ。」
満足そうに笑うとボスは作戦会議だと言って船室に向かう。私も後についていった。城の見取り図を書き、宝物庫の場所や、王と王妃、それから妹の自室の場所、兵士の詰め所と兵の配置なんかを書きこんでいく。それを元に襲撃班、略奪班と別れ作戦を立てる。王国領はそんなに広くないから、王族を捕え、城を落としてしまえばもう用は無い。体格のいい血気盛んな海賊達だ、手引きしてやれば確実に王国を壊滅させてくれるだろう。明日の夜が待ち遠しい。
 翌日。満月が高く登るのを待ち、私達は船を進めた。城の真上で船を止め、甲板に出て杖を大きく振るう。海が静かに左右へ割れていく。海賊達が感嘆の声を漏らす。海面を下げ城のバルコニーへ船を横付けにさせ、城内と城周辺の海水を取り除く。
「野郎ども、突撃だ!」
ボスの突撃命令に海賊達が叫ぶ。突然消えた海水に城の兵士達が慌てているが、彼らは水中でしか生きられない種族。槍を手に詰め所から飛び出ししたものの、尾ひれをばたつかせながらのたうち回っている。そのうちの一体が私を見据えた。
「王女……、何を……。」
驚きと苦しみに目を見開いたそいつの額を尾ひれで殴り倒した。海賊の一人が口笛を吹く。
「やるねぇ。」
「まぁね。」
彼に笑みを返しボスの後に続く。ボスの行く手にある海水を取り除き、道を開く。彼が目指しているのは妹の部屋だ。恋をしようとしていた相手が悪人だったと知ったら、あの子はどんな顔をするのだろう。楽しみだ。ボスが扉を乱暴に開け放つ。あちこちから聞こえる悲鳴と海賊達の笑い声、何かが壊れる音と振動に、妹は部屋の隅でうずくまって震えていた。
「よう、人魚のお姫さん。こんな所に隠れても無駄だぜ。俺は諦めないと言っただろ。」
「あなたはあの時の! あなたがお城から水を取り除いたの? お城を攻撃してるのはあなたなの!?」
「城を攻めてるのは俺達だが、水を抜いて俺達を手引きしてくれたのはこちらのお姫さんだ。」
ボスが振り返って私を指差す。ボスの前に進む私を見つめた妹は、更に驚き身体を起こして叫ぶ。
「お姉ちゃん! どうして!?」
「あなたが悪いのよ。」
妹の眼前に杖の先端を突き付けた。
「あなたさえいなければ、こんな事にはならなかったの。」
ボスを振り返る。その瞬間、貝殻のペンダントが切れて落ち、粉々に砕けた。破片を尾ひれで払う。
「この子をどこへでも連れ去って、あなたの好きにしていいわ。」
「だ、そうだ。」
ボスはにやりと笑って妹に手を伸ばす。
「嫌! やめて! お姉ちゃん、助けて!」
「私があなたを助けなきゃいけない理由が無いわ。」
ボスが腰に提げていたロープで妹を縛り上げるのを見ていた。実に手際がいい。か弱い人魚の抵抗などものともせず拘束し肩に抱え上げる。泣き叫ぶ妹の口を布で塞ぎ、部下を呼んだ。
「こいつを船に閉じ込めておけ。他の人魚はいたか?」
「年配の男と女は『人間に捕まるくらいなら』とか言って自害しやがりました。王と王妃だと思われます。死体は船に運んでおきました。他にも若いのがいくつかいるんで捕まえてる所です。」
「よし、お宝の方はどうだ?」
「宝物庫にあったものは全部船に積みましたぜ。王と王妃の部屋にあった宝飾品や兵士の詰め所の武具を運んでる所で、もうすぐ終わるんじゃないっすかね。」
「よし、金になりそうな物は全て持って行けよ!」
「へい!」
城を物色する海賊達に価値のありそうな物を教えてやりながら、辺りを見回す。何人かが「兵士が弱っちくて暴れ足りねぇ」と目をぎらつかせながらあちこち破壊して回っている。捕えられ運ばれて行く人魚が、海賊と対等に言葉を交わす私を怯えと怒りの混じった目で見つめている。私を無価値な娘と馬鹿にしていた連中。いい気味だ。
「よし、引き上げるぞ!」
満足げなボスの号令に海賊達が応える。私も思わず声を上げていた。全員が船に乗りこんだのを確認し、杖を振るって海を元に戻す。押し寄せる海水が、破壊された城をさらに崩し押し流していく。ここに城があった事などもう誰にも分からないだろう。私を愛さなかった家族、私を顧みなかった王国。生まれ育った場所が崩れ消えて行くのを見ても、何の感情も湧かなかった。崩れ去る王国を見るともなしに見つめながら水位を上げ、船を海上に戻す。海は何事も無かったかのように、少し低くなった満月を映し静かな波を立てている。海が元に戻ったのを見届けると、甲板にいたボスを振り返った。
「どうもありがとう。すっきりしたわ。約束通り、これもあなた達にあげる。売るなり何なり、好きに使って。」
杖を受け取りボスは私を見つめる。
「俺達はお前のおかげでお宝を得たが、お前は何も得ていない。何だか不公平な気がするんだが。」
「私はあの王国を無くしたかったんだから、願いは叶ってる。」
「そうか。そういえば、似顔絵の人魚はお前じゃなく妹の方だな。」
「気づいたのね。まぁ、あんな大きなあざがあるんだから気がつくか。」
「自分じゃないって分かってたんだろ? あんた、恐ろしい奴だな。気に入った。」
「それはどうも。」
「これからどうするんだ?」
「ひとりで生きて行くわ。あなた達みたいな野蛮な海賊に見つからないように。」
そう言って笑うとボスも笑った。
「言うじゃねぇか。まぁその通りだが。」
甲板から海へ向かって身を躍らせる。海面に顔を出し、見下ろすボスに手を振った。
「じゃあね。」
「あぁ。」
ゆっくりと遠ざかっていく船に背を向け泳ぎ出す。「身内への憎悪は深い」と言った彼と、もう少し語り合ってみたかった気もするが、じきに忘れるだろう。

あの子が海神の加護を受け海底王国に繁栄をもたらす為に生まれたというなら、何も持たない私は海底王国を無に帰す為に生まれたのだろう。相反する使命を背負って生まれた双子。そして海底王国は滅んだ。私の想いの方が強かった、それだけの事。


END


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