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「私の判断は正しかったのでしょうか?」

『ある機械兵の回顧録』

「よし、ちゃんと起動したな。」
声と同時に見知らぬ男性の姿を捉えた。この人物は誰だ? データベースを検索したが、該当する人物はいない。自分が置かれている状況を確認してみる。見知らぬ粗末な小屋で、木製の小さな台の上に私は置かれている。私の背面にある外部端子から伸びたコードは、男が膝の上に乗せた端末に繋がれていた。私は戦場で損傷し、廃棄されるはずだった。スクラップ工場へ向かう途中で荷台から落下した。その後の記録は無い。
「ここはどこで、あなたは誰ですか?」
私の問いに男は満足げに笑った。
「会話機能も大丈夫だな。ここは俺の故郷の近くだ。俺は帝国の元技術者でマックスという。」
状況を判断するには不確かなことが多すぎた。質問を重ねてみる。
「私は戦場で損傷し廃棄されるはずだったのに、何故ここにいるのでしょう?」
私の質問にマックスという男は表情を切り替えた。
「帝国の戦争に関するデータを奪うために工場へ向かうトラックを襲撃した。荷台から落ちたお前を奪って逃走したんだ。お前が人型で良かったよ。怪我人に見せかけて抱えて来られたからな。壊れた部品を交換して整備して、再起動に成功したところだ。」
眉間にしわを寄せた表情のまま、マックスは視線を落とし話を続ける。
「俺は帝国で人工知能の研究や作業用ロボットを作っていた。だけど俺達が作った機械は戦争に使われるのだと知って嫌になったんだ。機密保持の為に俺達は軟禁も同然の暮らしを強いられていてな、何とか逃げ出してお前を奪い故郷へ向かった。帝国は『世界を統一し真に平和な世界を』などと言っているが、本当の目的は帝国による支配だ。俺は帝国の征服計画を世界に知らしめてやろう、こんな戦争を終わらせて、閉ざされている帝国をこじ開けてやろうと思った。」
欠けたカップの中身を飲み干すと、マックスは顔をしかめた。
「だけどここにも既に帝国の手が伸びていた。街は焼き払われて瓦礫の山と焼け野原になっていた。街の人はいないようだったから、帝国へ連れて行かれたか殺されたかのどっちかだろうな。帝国の兵士が機械兵団を引き連れてうろうろしてたから逃げて来た。あそこで暮らしていた妹は無事なのか、確認したかったんだがな。わざわざこの小さな街を攻撃したのは、逃亡した俺への見せしめなのかもしれない。」
マックスは強く拳を握り私を見据えて言葉を続けた。
「俺に出来る事は帝国の悪を世界に知らしめて戦争を止める事だ。そのために帝国のデータ、戦争の記録が欲しいんだ。お前は戦場でどんな仕事をしていたんだ?」
「私の戦場における任務は、戦況を把握しAIを持たない機械兵を統率して敵を殲滅する事、人間兵のための兵糧確保と運搬、戦況の記録、機械兵の修理、捕虜の管理です。」
「なるほど。帝国の内情には詳しいのか?」
「私はいわゆる一兵卒ですから、作戦全体など帝国の中枢に関するデータはありません。」
「そうか。それでも戦況の記録があれば充分だ。軍部からの命令も残っているかもしれない。お前のデータファイルにアクセスさせてくれないか。俺の権限じゃ入れないんだ。」
マックスの言葉を受けて、戦況の判断と同じように今の状況を整理する。私は廃棄処分が決定した身。処分は実行されていないが、帝国の機密保持命令は今の私の行動決定に影響を与えないと判断する。帝国の管理下に無い今、私が従うべき命令は目の前にいるマックスの命令である。処分されるはずだった私に再利用の価値があるなら、私を彼に利用させるのが最善だと判断した。
「了解しました。私が保持する全ファイルへのアクセスを許可します。」
「ありがとう。」
ファイルにかけられた全てのロックを解除し終えると、マックスの端末にファイルがコピーされていく。一兵卒とはいえ、作られてから数年が経つ私の記録は膨大なものになる。出陣した戦場の作戦指示書に戦果の記録と報告書、修理した機械兵の記録、帝国に搬送した捕虜の記録など多岐に渡る。彼にとって何が必要なデータか私には判断できない。しばらくはマックスがキーボードを叩く音と、何やらぶつぶつと呟く声が聞こえていた。その間私はとくにする事も無いので、マックスの質問に答える他は、寝食を忘れ端末に向かう彼に食料と水を確保し提供した。直してもらった恩返しというものが必要だろうと判断しての事である。そうして何日か経った頃、突然マックスが悲鳴のような大声を上げた。私からは彼の端末の画面は見えないが、聞こえてくる音から判断すると戦場の記録動画を見ているようだ。画面を指先で拡大し、食い入るように見つめている。その口元が微かに震えていた。やがて画面を私の方へ向け、震える声で問いかけてきた。
「この映像に、覚えはあるか?」
示された映像はもちろん記録にある。私の記録なのだから画面をこちらに向ける必要はないのだが、などと考えつつ答えた。
「無論です。この映像は最近、シアヌトの街を攻撃した時のものです。軍部の命令は『この街を殲滅せよ』というものでした。軍事上にも経済上にも重要な街ではないので、何故このような命令が出されたのかは不明です。」
「俺の故郷が、このシアヌトだ。この銃撃を行っているのはお前だな?」
「はい、その通りです。」
「お前が撃ったこの少女は、俺の妹だ。」
「そうでしたか。」
「お前が妹を殺したのか! 俺は、妹を殺した奴を直してやったのか!」
急に立ち上がって私に掴みかかりマックスは叫んだ。私が彼の身内を殺していた。彼が怒り震えている理由は理解できた。しかし私にはどうする事も出来ない。彼もそれは解っているのだろう。私から手を放し首を振りながら言葉を発し続ける。
「お前を責めても仕方ないな。それにお前を作ったのは俺達の技術だ。戦争のために開発したんじゃないけど、結局俺も戦争に加担したんだ。そんな俺が帝国の悪を暴くだなんて滑稽だよな。」
椅子に力なく身体を預け途方に暮れるマックスに進言してみる。
「あなたが私を憎むのに正当な理由があります。私を破壊するのも選択のひとつです。」
私の発言にマックスはうなだれたまま首を振った。
「お前は命令を実行しただけだし、命令に反する事はできない。お前を憎むのは筋違いだ。」
「私を壊さなくてよいのですか?」
「お前を壊したところで意味は無いだろう。妹は生き返らないし、戦争も終わらない。逃げ出したとはいえ、俺は帝国の技術者だった。俺達の研究が帝国を増長させた。そんなつもりはなかったが俺も戦争に加担した。俺は、どうしたらいい……?」
「このまま行けば帝国はその技術力を基に全世界を支配するでしょう。それが良い事なのか私には判断しかねます。良くない事なのであれば、あなたは先日言った通りに行動を起こすのが最善だと判断します。」
「そうか……。それが、俺の償いにもなるのなら、やってやろう。」
それから数日が経ち、マックスは整理したデータを持って小屋を出て行った。私は次の行動を指示されていないので、この小屋に留まる事にした。誰の管理下にも置かれていない機械というのは、身の置き所に困るものだ。

 数日後。小屋に佇む私を見つけたのはジャンク屋を営んでいるベイリーという男だった。帝国の外では人間と日常会話が可能な機械は非常に珍しいようで、私がベイリーの言葉に流暢に答えた事に彼はたいそう驚いていた。そして私は彼の仕事を手伝う事になった。街から街へと旅をしては壊れた機械を集め、使えそうなパーツや基盤を取り出し売り払う。そんな生活をしていく中、ある街で一人のジャーナリストが殺されたというニュースを知った。犯人は解っていないが、このジャーナリストは帝国の行為を批判する記事を書いていて、帝国軍から狙われていたらしい。ニュースを読むアナウンサーの沈痛な表情や、ベイリーが帝国へ悪態を吐いたのを聞いて、帝国の行為は正しい事などではないのだと認識した。そして画面に殺されたジャーナリストの顔が映し出される。マックスだった。私の思考は一瞬停止した。物理的な衝撃以外でも機能停止する事があるのだと解った。再び動き出し考える。帝国の管理下にあった頃は、私の判断ミスは私を管理する人間兵の責任だった。だが今は違う。マックスは私の判断に背を押され行動を起こした。その結果、彼は殺された。私を修理し再利用の道を与えてくれた恩人を、私はむざむざ死なせてしまったのかもしれない。誰にともなく私は問いかけた。
「私の判断は、正しかったのでしょうか?」


           END


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