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 任務を終え帰還の航行中の宇宙船内に、緊急招集のコール音が鳴り響いた。会議室に駆けつけたクルー達に、艦長は重々しい口調で告げる。
「この船は、何者かに乗っ取られた。」

『決意』

 艦長の言葉に、クルー達へ衝撃が走る。
「サイバー攻撃を受けた、ということですか?」
「そんなバカな!」
「この船のセキュリティを突破するなんてあり得ません!」
「確かなんですか?」
動揺するクルー達を見回し艦長は静かに頷いた。
「間違いない。犯行声明が届いていた。」
「何と言ってきたのですか?」
「『この船は今この瞬間から我々のものとなった。我々はこの船を第1惑星へ落とし、爆発させる』と。」
「それってテロじゃないですか!」
「早く第1惑星へ連絡を!」
「だめだ、操縦も通信も、全ての権限を奪われてしまった。声明を受け取ってからあらゆる手を尽くしたが、船の権限を取り戻すことはできなかった。船は今、航路を変えられ自動操縦で第1惑星に向かっている。」
会議室のモニターに映し出された航路図は、規定の航路を逸れ第1惑星へ向かい進んでいる。第1惑星到達まであと1時間と示されていた。言葉を失うクルー達に艦長は告げる。
「幸い、脱出ポッド5艘は無事だった。君達はポッドで脱出してくれ。」
クルー達は顔を見合わせる。乗組員はクルーが5人と艦長の6人。
「5艘って、艦長は?」
「私はこの船の艦長だ。船と運命を共にするのが使命。」
「そんな時代錯誤なこと言わないで下さいよ!」
「時間が無い。すぐに船から脱出するんだ。船を離れればポッドから通信ができるようになる。高度な通信はできないが救助信号を送ることは可能だ。」
「艦長を置いては行けません!」
「私には君達を守る義務がある。船を捨て脱出する、これは艦長命令だ。さぁ、早く!」
ためらうクルー達を急き立て脱出ポッドへ向かわせる。船を取り戻しテロを阻止するべきだと、あるいは艦長が脱出する手段を探そうと主張するクルー達を、有無を言わさず脱出ポッドへ乗り込ませた。ポッド射出装置を起動させる。
「艦長、どうにかして生還して下さい!」
ポッドの1つから悲痛な叫びが微かに聞こえてきた。5艘のポッドが無事に射出されたことを確認すると、小さく首を振り廊下を進む。艦長席に腰を下ろすと、微かに震える手を握りしめた。
「皆、すまない。これは私の復讐なんだ。」
艦長席の眼前に広がる宇宙空間を見据え、動揺を鎮めようと深呼吸し過去へ想いを馳せた。

 人類が宇宙に人工惑星を建造し移住を開始してから長い時が経つ。かつて、地球上では領土や経済、宗教、様々な問題を巡って争いが絶えなかった。宇宙進出は、そんな争いに終止符を打てると多くの者が考えていた。だが、人類の起こした争いはそんなことで解決するような問題ではなかったのだ。制海権や制空権に変わり制宙権が新たな争いの種になり、惑星ごとの格差は広がるばかりだった。艦長が少年時代を過ごした惑星は、貧しい惑星のひとつだった。列強惑星に支配され、彼も幼い頃から過酷な労働と貧しい暮らしを強いられていた。豊かな惑星に住む人間が、貧しい惑星の人間を支配し踏みにじる、そんな現実に彼が憤りを抱いたのは、宇宙進出は人類の夢だったと知った12才の時だ。家族は、彼の目の前で列強惑星の人間に殺された。周りを飛ぶ虫でも殺すかのようにためらいなく、そして殺した人間の死体が転がる様を見てそいつらは笑ったのだ。何の罪もない人間が、ただ豊かな惑星に住んでいるだけの人間に理不尽に殺される。貧しい惑星に生まれただけで、自分達は人間として扱われない。こんな世界を人類は夢に見ていたのか。これが夢なら、目を覚まさせてやると誓った。
その後、積み荷に紛れて密航し列強惑星へ渡った。宇宙港から抜け出し、目の前に広がる光景に言葉を失う。生まれ育った惑星とはまるで違う、美しく整った街並。幸せそうに闊歩する人々。世界を正そうという想いは復讐心に変わった。まずはこの惑星で生きる方法を考えなくてはならない。手近な家に忍び込み食料と衣類を奪い、身なりを整え街を彷徨っていると「子どもがひとりでうろついている」とすぐに保護された。名前や住所を聞かれ何も覚えていないと嘘を吐く。こんな豊かな世界のことなど知らないから、疑われることはなかった。当然の事ながら、彼のデータはこの惑星に存在しない。だが豊かな世界は、「記憶を失くした孤独で憐れな子ども」に優しかった。ここが建造されたばかりの惑星だという状況も彼に味方した。移民の受け入れを開始したばかりでその処理に忙殺される係員は、この子も膨大な移民者の中のひとりだろうと考えたようだ。自分達が密航など許すはずもないという慢心もあっただろう。名前と戸籍を与えられ、留学生として寮に入り学校にも通った。周囲の人間がどれほど優しくても、彼はそれを信じなかった。他の惑星へ移住するにも多額の費用がかかる。こいつらは、自分が別の豊かな惑星から来た子どもだと思っているから優しくするだけなのだと。豊かさは、人間を傲慢にする。
そして彼は成長し宇宙飛行士になった。宇宙船から見下ろす人工惑星は、想像以上に小さくちっぽけだった。以前に映像で見た地球とは比べ物にもならない。次々と惑星の建造が行われているのは、こんな小さな惑星では人口の増加に追い付かなくなるからだ。建造の費用を絞り出すために、生まれ育った惑星は利用されていたのか。あるいは最初から、あの惑星はそのために造られ支配されていたのかもしれない。復讐を胸に彼は仕事に打ち込んだ。そして艦長として船を任され、時は満ちたと思った。
人類は、惑星を自らの手で造り上げたことで慢心したのだ。

 眼前に広がる宇宙空間に意識を戻す。脱出させたクルー達の顔が浮かぶ。始めは彼らも巻き添えにするつもりだった。だが、閉ざされた宇宙船内で、自分の指揮のもと任務をこなし平時の時間も共に過ごす内に、彼らに情が湧いていた。そう、彼らは「かわいそうな子どもに優しくする大人」ではない。共に任務をこなす対等な存在だ。そこに打算や驕りはない。自分の復讐心など知る由もなく、上官として慕ってくれた彼らを、復讐に巻き込みたくなかった。
「私が自爆テロを起こせば、結局巻き込むことになってしまうか……。」
打ち込んだ犯行声明文に、脱出させた5名のクルーは無関係であると書き加える。船が乗っ取られたなどと嘘で、テロリストは艦長自身だと彼らはすぐに知るだろう。その時、彼らは何を思うだろうか。騙されたと自分を恨んでくれたらいい。
「復讐にのみ生きてきた私に、安らぎの時をもたらしてくれた皆に感謝する。」
届くはずのない感謝を告げ、艦長は犯行声明文を政府機関やメディアへ送信する。
「だがそれでも、これが私の道なのだ。」
脱出ポッドが船から充分に離れたのを確認すると、船を手動操縦に切り替え急発進させた。
漂う脱出ポッドから船が急発進したのを見たクルー達は動揺する。
「俺達が船から離れた途端に急発進したぞ?」
「艦長、まさか……?」
「おかしいと思ったんだ! 乗っ取られたと言ってから僕らにいっさい船を触らせなかっただろう?」
「乗っ取りなんかされてなかったのか!」
「嘘だ、艦長、どうして……。」
またたく間に肉眼では船を確認できなくなり、ポッドのモニターに船を検索し映し出す。やがて、人類最初の人工惑星に急接近する船が映し出された。すでに船体から炎が上がっている。クルー達は船を呆然と見つめるしかなかった。
「艦長、止めて下さい!」
「艦長ー!!」
何も知らないクルー達の悲痛な声は、艦長には届かない。


END


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