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『希求』


「これが、力。世界を思い通りに出来る神々の力か!」
燃え盛る峡谷の里を竜の背から見下ろし、少年は満足げに笑った。

「なぁ、リジー。力って何だ?」
「何よ急に?」
食料貯蔵庫の整理をしていたリジーは幼馴染のルヴァーンの言葉に困惑しながら振り返った。ルヴァーンは真っ直ぐにリジーを見据える。
「力って何だ? 竜って、神々って何なんだ? 俺達はどうしてこんな所でひっそりと生きなきゃいけないんだ?」
「最近変だと思ったらそんな事考えてたの? 竜は神々の遣いであり神々の意志を世界に伝えるもの、私達は竜遣いとして竜を守り神々の意志を世界に浸透させるべく選ばれた一族。でしょ?」
リジーの言葉にルヴァーンは大袈裟に拍手をしてみせる。
「さすが、族長補佐官の娘。骨の髄まで教育が行き届いてるな。」
「何それ、どういう意味よ。」
むっとした顔のリジーにルヴァーンは言葉を続ける。
「竜の行動は神々の意志だってのか? じゃあ神々は俺の両親を死ぬべき存在だと見なしたって事か。」
はっとしてリジーはルヴァーンの目を見つめ返す。彼の両親は竜遣いの修練中、竜が吐いた炎の直撃を受け亡くなっていた。族長は「竜が幼かった故に起きた事故だ」と言ったが、ルヴァーンは納得しなかった。次期族長候補と言われていた優秀な父が、そんな事故を起こすはずがない。
「なら、どうしてルヴァーンはここに残っているの?」 
事故をきっかけに彼が口にした疑問と同じ事を思い里を出る者もいた。ルヴァーンも出ていくのだろうと思っていたリジーは、今まで以上に過酷な修練に打ち込むルヴァーンの心境を理解出来ずにいた。
「この世界は力が全て。ここにいれば、神々の力が手に入る。」
「竜の力を、何に使おうって言うの?」
リジーの言葉には答えずルヴァーンは背を向ける。
「ゼノンはもう長くない。次の族長は俺だ。」
暗い目で言い放ち貯蔵庫を出て行ったルヴァーンの言葉にリジーは小さく震える。人里離れた大峡谷の片隅に、人目を凌ぐように存在する竜遣いの小さな里。遥か昔、神々がこの世界に降り立った時、騎乗していたのがここにいる竜だったという。そして新たな世界へ旅立った神々は、この地へ自らの遣いとして竜を残していったのだと伝えられている。竜遣いは神々から竜の言葉を解し制御する為の力を与えられ、神々の意志を世界に伝える役目を担ったのだとも。そして竜の力は神の力、悪用されてはならない。以来、文字を持たない竜の言葉を口承し、獰猛な竜を制御する力を守るべく厳しい修練を重ね、竜遣い達はひっそりと生きてきた。竜を警護し使役する竜遣い達は戦士であり神職でもある。その厳しい戒律と修練の日々に耐えられず里を出た者も少なくは無い。そして厳しい修練の最中に命を落とした者も。だが時と共に竜の数は減少している。寿命が長い故繁殖能力が著しく低いせいだとも、神々がこの世界を見限ろうとしているからだとも、様々に噂されているが真相は定かではない。里には現在、生まれて十年程になる幼い竜が一頭いるだけであった。幼いとは言え、背丈は大人の男の身長を優に超え、爪も牙も峡谷の大岩を容易く破壊する力を持っている。ルヴァーンの両親を焼き殺した竜。事故の瞬間をリジーは見ていないが、それを想像すると神聖なはずの竜がひどく凶悪な生き物に思える。そしてルヴァーンが言い放った言葉が恐ろしい予感と共に脳裏に響くのを必死に振り払った。

「どうしたものか……。」
里に設えた祠で族長ゼノンは頭を抱えていた。祠には神々が降り立った時代のものだとされる竜の頭骨と角笛が祭られている。竜の減少に不安がる者も多い中で起きたあの事故。竜が竜遣いを殺すなど、あってはならない事だった。次期族長候補であったルヴァーンの父を失った今、自分の跡を任せられる力の持ち主はルヴァーンかリジーであろうと考える。だが二人ともまだ若い。自分が力尽きる前に、二人は里を率いる一人前の竜遣いになれるだろうか。それに、事故以来一心不乱に修練に打ち込むルヴァーンの暗い目つきもゼノンの頭痛の種だった。竜遣いとしての力を見ればリジーよりルヴァーンの方が族長に相応しい。だが今のルヴァーンに里を、竜の力を任せるのはあまりにも危険だ。ルヴァーンが竜を親の仇としか見ていないのは間違いない。だが里を出ず一層修練に励む姿は不可解だった。胸騒ぎがする。しかし自分にあまり時間が残されていないのも事実だ。不安に揺れる里に族長不在の期間を設けてはならない。竜の角笛を見据えゼノンは決断する。この決断が誤りで無い事を願いながら。

「何故俺じゃないんだ! 力は俺の方が上なのは族長も解っているだろう!」
数日後。次の族長にリジーを任命するとゼノンが告げるとルヴァーンは荒れた。祠で継承の儀式の準備を進めるゼノンに掴みかかる。肩で息をしながら睨むルヴァーンをゼノンは静かに見据え窘める。
「今のお前の力には澱みが見られる。無垢な者でなければ、竜を制御し神々の言葉を正確に聞く事は出来ぬ。」
「俺は澱んでなどいない!」
「お前の目は復讐に取り憑かれた者の目。竜は力を持つ者の善悪を判断しない。そんな心で竜の力を手にする事は許されん。」
ゼノンの言葉にルヴァーンは激昂する。
「親を殺されたんだぞ! 復讐は当然だ!」
「あれは事故だ。」
「事故なんかじゃない。竜の行動は神の意志なんだろ? 竜は、神は俺の親の存在を消すべきと判断したって事だ。そんな事が許される世界なんざぶっ壊してやる!」
ルヴァーンは懐に隠し持っていた短剣をゼノンの胸に突き刺した。突然の事に反応できず、ゼノンは目を見開いたまま膝から崩れ落ちる。
「世界は力を持つ者が思い通りに制するもの。神がそうしたように、俺も思うようにさせてもらう。」
ルヴァーンを止めようと震える腕を伸ばしたゼノンの胸にもう一度短剣を深々と突き立てる。動かなくなったゼノンの身体を蹴り飛ばし一睨みすると、ルヴァーンは祠の奥へ駆け寄る。竜の頭骨と一緒に祭られていた角笛が無くなっていた。これから族長の座を継承する儀式に臨むリジーが持っているのだろう。頭骨を手に取るとルヴァーンは祠の奥へ向かう。祠から伸びる細い洞窟を抜けた先に、竜の棲処があった。谷間に佇む竜を前にリジーは角笛を固く握ってゼノンの到着を待っていた。竜に竜遣い一族の長としてリジーを認めてもらう儀式を行う手筈だった。足音に振り返ると、竜の棲処にやってきたのはゼノンではなくルヴァーンだった。竜の頭骨を手にルヴァーンはリジーを見据え暗い笑みを浮かべる。
「次の長は俺だ。」
「何を言っているの? ゼノン様はどうしたの!?」
リジーの言葉にルヴァーンは唇を歪めて笑う。
「ゼノンは死んだ。次の長は、この竜を従えられた者がなる。」
竜の頭骨を掲げルヴァーンは竜を睨む。
「さぁ、俺の力を認めろ。」
頭骨にありったけの力を注ぐ。教えられた竜の言葉を唱えながらルヴァーンは真っ直ぐに竜を見据える。静かに佇んでいた竜はルヴァーンの唱えた言葉に大きな咆哮を上げた。苦しげな竜の唸り声に、怒気を含んだルヴァーンの声が重なる。リジーは慌てて角笛を手に竜の言葉を唱える。ルヴァーンの声がリジーを阻止するように強く響く。二人の声に混乱するように首を振り咆哮を上げた竜は、やがて翼をはためかせ飛び上がるとルヴァーンの前に降り立ち頭を垂れた。満足げな笑みを浮かべルヴァーンはその背に跨る。飛翔を命じると谷間を抜け里の方へ向かって飛んでいく。
「ルヴァーン!」
リジーは必死に洞窟を走り抜け里へ向かう。洞窟を抜けた先の祠で、血を流し絶命しているゼノンを見てリジーは小さく悲鳴を上げた。
「ルヴァーン、何て事をしたの!?」
祠を抜け里へ出ると、里は炎の海と化していた。ルヴァーンの家もリジーの家も、全てが炎に呑まれていた。人間が起こす炎の何倍も強い威力を持つ竜の炎は、木々も建物も呑みこみ燃え上がる。ルヴァーンの高らかな笑い声が揺らめく炎の向こうから響いてくる。
「父さん、母さん……!」
今朝、ゼノンの知らせを受け誇らしげに笑っていた両親の顔が、不安がるリジーを励ますように背を叩いてくれた皆の顔が脳裏に蘇る。皆、何が起きたかも解らぬまま炎に呑まれて行ったのだろう。動く者の気配はない。悲鳴も助けを求める声も聞こえない。ただ炎が燃え盛る音と、ルヴァーンの高笑いだけが聞こえてくる。
「ルヴァーン!」
炎の海を潜り抜けルヴァーンを探す。里の中心で、炎を吐く竜の背から高らかに笑うルヴァーンの姿があった。
「これが、力。世界を思い通りに出来る神々の力か!」
燃え盛る峡谷の里を竜の背から見下ろし、ルヴァーンは満足げに笑った。
「ルヴァーン! どうしてこんな事を!」
駆け寄り叫ぶリジーをルヴァーンは冷ややかに見下ろす。
「これは竜の、神々の意志だ。」
「違う!」
「違わないね。俺の命令をこいつは退けなかった。神々はかねてからこの里を、この世界を、消そうと考えていたんだ。」
「そんなはずない!」
「じゃあこれは何だと言うんだ?」
竜の頭に手をかけルヴァーンが竜の言葉を唱えると、竜はリジーへ首を向け炎を吐きつける。転がるように炎を避けリジーはルヴァーンを見上げる。
「今すぐ止めさせて! 竜にこんな事させないで!」
「まだ解らないのか? 神々の意志に反する命令にこいつが従うか?」
答えに詰まり悔しげに見上げるリジーにルヴァーンは笑う。
「神々に親を殺された俺の絶望がお前にも解っただろう。俺に力を貸すなら、特別にお前は許してやってもいい。」
「冗談じゃない、力ずくでも貴方を止める!」
「そうか、それは残念だ。」
さして残念でもなさそうに呟くとルヴァーンは竜の耳元に囁く。リジーが短剣を抜きルヴァーンに駆け寄ったのと、竜が最大級の炎を吐いたのはほぼ同時だった。

 その後、リジーは無我夢中で峡谷を抜けた。火傷を負い麓に倒れている所を隊商に発見され、街で手当を受ける。峡谷で何があったかを話す事は出来なかった。記憶が無いと偽ると、街の人々は傷が癒えるまでリジーの世話をしてくれた。傷が癒え動けるようになった頃、身寄りも帰る場所も無くしたリジーは冒険者となった。世話になった街の人々への恩返しも兼ねて冒険者ギルドに登録し、害獣退治や行商人の護衛などの仕事を受け世界に触れると、自分達は竜を通じて神々に仕えていながらあまりに世界を知らなさ過ぎたと痛感する。竜遣いの一族として使命を守る事が自分の存在意義だった。故郷を無くし、使命も無くした今、自分はこの世界でどうやって生きればいいのだろう。そんな中、旅人から火山の急な噴火や原因不明の火災など、炎に纏わる災害で都市が滅びたと聞くとリジーは身震いした。ルヴァーンの仕業かもしれない。彼は本当に世界を滅ぼすつもりなのだろうか。絶対に止めなくてはならない。竜遣いの生き残りとして、幼い竜の為に、何よりルヴァーン自身の為に。
やがて行方の知れないルヴァーンと竜を探して街から街へと渡り歩き、腕利きの冒険者としてリジーが名を知られ始めた頃、伝説の生物が現れたという噂を耳にした。神々と竜遣い一族の伝説を知らない人々の間でも、神と竜の存在は神話として語られている。ただそれを真実だと考える者は皆無に等しいようだ。リジーは酒場で噂話に興じる旅人を捕まえ話を聞く。大陸の北にある大峡谷にほど近い街道を、背に翼、頭に大きな角、全身に鱗が生えた巨大な生き物が口から火の粉を撒きながら飛んでいたという。それは神話に描かれる神が騎乗していた獣によく似ているらしい。最近、各地の火山活動が盛んなのはあの生き物のせいではないか、世界は神の怒りを買っているのではと人々に不安が広まっている。まだ話し足りなさそうな旅人に礼を言ってリジーは酒場を出た。ルヴァーンと里にいた竜に違いない。あの峡谷近くで目撃されたのは、ルヴァーンが自分を呼んでいるのだと確信したリジーは故郷があった峡谷に向かう。道中、煙を上げる火山を見かける度にリジーは焦燥感を抱いた。あの日ゼノンから託された角笛を握りしめる。竜遣い一族最後の長として、何よりルヴァーンの友人として、何としてでも彼を止めなくてはならない。峡谷付近の街に辿り着くと、街は伝説の生物の出現に不安気な空気に包まれていた。竜の目撃情報を頼りにリジーは街道を走る。やがて峡谷内部に繋がる山脈の麓に、ルヴァーンが竜の背に跨り周囲を睥睨しているのが見えた。リジーの姿を見つけたルヴァーンは口元だけで笑う。ルヴァーンを見上げリジーは叫んだ。
「ルヴァーン!」
「遅かったじゃないか、リジー。」
竜を飛翔させると、ルヴァーンはリジーを見下ろす。
「ようやく俺に力を貸す気になったか?」
「冗談じゃない、貴方を止めに来たのよ!」
くつくつと笑いルヴァーンはリジーを見据える。
「お前に俺は止められない。こいつは俺に従い長と認めた。それは神の意志。」
「違う!」
「違わないな。」
ルヴァーンは唇を歪めて笑いながら竜に炎を吐かせる。周囲の木々が燃え上がり辺りは炎に包まれた。炎を避けながらリジーは竜の目を見据える。
「止めて。神々に仕える貴方の使命を思い出して。」
「まだ解らんのか。」
竜の頭に手をかけルヴァーンは竜に囁く。それに応えるように竜が小さく声を上げると空間が歪み辺りの景色が変わる。峡谷の深部、里にあった竜の棲処の光景だった。竜が佇み、その前で二人の男女が竜を見上げている。二人から少し離れた所にゼノンが立っていた。
「これは、何?」
戸惑うリジーにルヴァーンは笑う。
「黙って見ていろ。」
男が手にしている角笛はリジーの手にあるのと同じものだった。男が竜の言葉で飛翔を命じ角笛を吹こうとした瞬間、竜は二人に向かって炎を吐いた。避ける間もなく炎は二人を包み燃え上がる。ゼノンが竜に駆け寄り炎を吐くのを止めさせたが、炎が収まった時には二人の男女は互いを庇うようにして倒れ焼かれていた。
「これは、ルヴァーンの……?」
「あぁ、そうだ。俺の両親がこいつに殺された瞬間だ。」
「今のは確かに飛翔を指示する言葉だった。なのにどうして炎を吐いたの……?」
呆然と呟くリジーにルヴァーンは笑う。
「だから言ってるだろう。次期族長候補の親父をこいつは殺した。竜遣いに制御される事を拒んだ。それは神々が竜遣いを、世界を消そうとしてるって事だ。」
「そんなはず無い。こんな幻に惑わされないわ!」
ショックを隠し切れないままで睨むリジーにルヴァーンは笑う。
「確かに幻だが、これはこいつの記憶を利用して映し出した過去の記録、真実なんだよ。」
「そんな……。」
「これでもまだ俺が間違ってると言い張るのか?」
リジーは竜の目を見つめる。本当に竜の、ひいては神々の意志がルヴァーンの両親を殺したというのか。リジーは角笛を握り恐る恐る竜に近付く。
「ねぇ、本当に神々はこの世界を滅ぼそうとしているの?」
竜の目は悲しんでいるように見えた。リジーは角笛を吹き高く細い音を鳴らす。それに呼応するように竜は小さく細い声を上げた。頷き返したリジーは短剣に手をかける。
「何をする気だ?」
険しい表情で剣を抜いたルヴァーンを見上げリジーは角笛を握りしめる。
「ゼノン様はあの時言っていた。この竜はまだ幼いから、人間が発した竜の言葉を上手く聞き分けられなかったのだろうって。」
「こいつが親父の言葉を聞き間違えたとでも?」
「そうよ、だからこの角笛がある。私達と竜の心を間違いなく繋ぐ為に。」
「竜が、神々が間違いを犯すとでも? そんな事が許されてたまるか!」
リジーの言葉に激昂したルヴァーンは竜を滑空させリジーに襲い掛かる。
「だったら尚更俺は奴らを許さねぇ! そんな理不尽が事が許させる世界なんざぶっ壊してやる!」
ルヴァーンの悲痛な叫びに竜の咆哮が重なる。それを聞いたリジーは短剣を抜いた。これ以上誰にも罪を犯させてはいけない。
「力ずくでも貴方を止める!」
「やれるもんならやってみろ! お前にそんな力は無い!」
竜の炎を避けながら駆け寄る。ありったけの力と想いを込めて首に提げた角笛を吹く。ルヴァーンが滑空する竜の背から飛び降りリジーに斬りかかる。地面に伏せてルヴァーンの剣を躱すと即座に身体を起こす。ルヴァーンが再びリジーに斬りかかる。ルヴァーンの剣を受け止めリジーは訴えかける。
「竜の声を、あの子の言葉を、ちゃんと聞いてあげて。」
それには応えずルヴァーンは竜を呼ぶ。
「焼き尽くせ!」
「させない!」
ルヴァーンの剣を弾き返し体勢を立て直す。その時、炎を纏った大木がルヴァーンの背に向かって倒れて来る。ルヴァーンは気付かない。叫ぶ間もなくリジーはルヴァーンに駆け寄り突き飛ばした。転がり倒れる二人の上に竜が翼を広げ覆いかぶさる。
「何だ、お前何をしている!」
仰向けに倒れたまま叫ぶルヴァーンの視界に、竜の背の上で倒れた木が燃え盛り爆ぜるのが見えた。熱風と衝撃が襲う。竜の身体の下でリジーはルヴァーンの声を聞く。何故だ、とルヴァーンは戸惑う。世界を焼き尽くして自分も死ぬつもりだったのに。どうしてこいつは自分を庇うのだ。竜の翼がその背で燃えている木を跳ね除ける。身体の下に庇った二人を押し潰さぬよう身体を支える足が震えていた。それを見たリジーは慌ててルヴァーンを助け起こし竜の身体の下から這い出る。竜は安心したような息を吐いて倒れ込んだ。リジーが竜に駆け寄る。火の粉が舞い炎が揺らめく中、ルヴァーンは座り込んだまま呆然と呟く。
「何故、俺を庇った?」
「ルヴァーン、手伝って!」
リジーの叫びに我に返り立ち上がったルヴァーンはふいに足をもつれさせ倒れ込む。
「大丈夫!?」
「あぁ、ちょっと疲れただけだ。」
倒れたまま動けないルヴァーンにリジーは叫ぶ。
「この子の手当したらすぐに手当するから、待ってて!」
その言葉に竜が顔を上げ、行ってやれとばかりにルヴァーンの方へ首を振る。小さく頷きリジーはルヴァーンに近付いた。
「しっかりして。ずっと竜を制御して力使ってたらそりゃ消耗するわよ。」
「俺の事なんざ放っておいてくれ。」
「死なせないわよ、貴方も、あの子も。」
ルヴァーンを助け起こして立ち上がらせると二人は竜の傍に歩み寄る。顔を上げた竜は細く悲しげな声を上げた。
「聞こえる? この子はずっと貴方に償おうとしていたのよ。自分の過ちで貴方のご両親を死なせてしまった事を、ずっと悔いていたのよ。」
「だから、俺の無茶な命令にずっと従ってたのか?」
肯定するように首を動かした竜にルヴァーンは自嘲気味に笑う。この竜を従えたのは、自分の力では無かったのだ。世界を焼き尽くして滅ぼし、自分も死んで、この竜を孤独の絶望に叩き落としてやるつもりだった。
「もう、いい。」
許したわけではない。だが、自分がすべき事は他にある、そう思えた。
「リジー。」
「何?」
竜の火傷を手当しながらリジーは振り返る。
「これからどうするんだ?」
「どうにかして生きる、それしか無いじゃない。」
収束していく炎の中で、リジーは力強く笑ってみせた。


        END


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