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『ラナンキュラス』

1500Hitキリリク小説 〜For:円舞曲様〜


新しく入荷した花の鉢をレジカウンター前の棚に並べながら、水島洋介はそわそわと時計を見つめていた。いつもならもうそろそろ、彼の憧れの女性が来店する頃である。時計と店の入り口を見比べる洋介を、バイトの赤坂亮太はにやにやしながら見上げる。
「店長ぉ? 何そわそわしてるんですか? あ、もうじきあの人が来る時間ですもんね。」
「そ、そんなんじゃないよ!」
10歳近くも年下の亮太にからかわれ洋介は顔を赤くする。
「隠しても無駄っすよ。店長わかりやすいですもん。」
楽しそうに笑いながら亮太は洋介が並べている鉢に目をやる。
「新しいの入れたんですね。何て花なんですか?」
「ラナンキュラスっていうんだ。金鳳花の仲間だよ。」
「へぇ、綺麗な花ですね。あ、いらっしゃいませ!」
ドアの開く音が響き亮太は銀色のトレイを手にお客をテーブルに案内する。亮太に案内される女性客を、洋介は店の奥のカウンターからぽぉっと見つめていた。淡い水色のツーピースを着こなし知的な雰囲気を漂わせるこの女性が、洋介の恋した女性である。洋介がオープンさせた、花屋を併設したこの小さなカフェのお客様第一号が彼女だった。彼女の「素敵なお店ですね。」の一言と微笑みに一瞬で惚れてしまったのだ。彼女はこのカフェが気に入ったようで常連客となりつつある。だが奥手な洋介は「いらっしゃいませ。」と声をかけるのが精一杯。亮太と親しげに話す彼女の微笑みを、コーヒーを入れながらそっと見つめるだけなのである。
「店長、キリマン一杯お願いしますね。」
手を止めている洋介に亮太はにやにやしながら小声で付け加える。
「彼女のご注文ですよ。特別美味しく入れてあげて下さいね。」
「か、からかわないでくれよ。」
顔を赤くする洋介に亮太は不敵に笑う。
「店長、見つめてるだけじゃ駄目ですよ。ぐずぐずしてたら俺が彼女に交際申し込んじゃいますよぉ。」
洋介はどきっとして亮太を見返す。亮太はアイドル事務所に所属してもいいような、人懐っこく愛らしい容貌をしている。亮太目当てにカフェにくる女性客もいるようだ。彼女もそうなのだろうか。
「赤坂君なら、彼女と釣り合うかもしれないね。」
弱々しい笑みを浮かべた洋介に亮太はじれったげに首を振る。
「何で店長はそうなんですか……。男らしくびしっと『君には負けない!』ぐらいの事言って下さいよ。」
「僕なんかじゃ彼女に釣り合わないよ。」
自嘲的な呟きを漏らし洋介は首を振った。色白で華奢な体格、メガネをかけたいかにも気弱そうな風貌。運動も苦手で得意な事といえば料理。本と花とコーヒーをこよなく愛する内気な洋介。端正な顔立ちではあるが、その内気さが頼りなさげで不安定な印象を与える。洋介は呆れ顔の亮太に入れ立てのコーヒーを渡す。亮太はトレイにコーヒーとミルクを乗せるとそっと呟く。
「彼女、コーヒーはこの店の以外飲まないそうですよ。」
えっ? と聞き返した洋介に亮太は笑みを浮かべコーヒーを運んで行く。コーヒー好きの洋介は豆を自分で仕入れて生豆から自分で焙煎する。そして挽き立ての豆を、コーヒーメーカーを使わずに自分でドリップして入れる。手間もかかるし他のカフェより価格が高くなるのだが、手間隙かけて入れるコーヒーは美味しいと徐々に評判になりつつあった。
コーヒーを運び他のテーブルの空のカップを片付けると、亮太は商品の花の状態をチェックしている洋介を手伝いながら口を開く。
「店長ってこの花みたいですよね。」
「何だい? 唐突に。」
亮太が指差したのは先程並べたラナンキュラスだった。幾重にも花びらを重ねた大きく鮮やかな花だ。
「これって凄く華やかで大きな花なのに、茎はこんなに細くて頼りなさそうでしょ。一見『大丈夫かな?』って感じさせるのに、この細い茎でしっかりと大きな花を支えてる。」
育て方を簡単に説明したプレートを眺め亮太は言葉を続ける。
「花言葉は『あなたは魅力に満ちている』。まさにぴったりですね。」
きょとんとする洋介を見つめ亮太は微笑む。
「彼女、このカフェ凄く気に入ったって言ってましたよ。『こんなに美味しいコーヒーを入れられる人は素敵な人に違いない。』って。」
顔を赤らめる洋介に亮太はいたずらげに笑う。
「だから言っておいてあげましたよ。『うちの店長は素敵な人ですよ。』ってね。」
「なっ……!」
「彼女も店長を見つめていた事に気付いてました?」
「えぇ!?」
次々と告げられる亮太の言葉に洋介はパニック寸前である。亮太は状態のよいラナンキュラスの鉢を選んで洋介に渡す。
「これ、彼女にプレゼントしたらどうですか。絶対喜びますよ。俺が保証します。」
真摯な眼差しで告げる亮太に洋介はどきどきしながら頷く。彼女も自分を見ていてくれてたなんて。自分の入れるコーヒーを気に入ってくれてたなんて。自分の財布から花の代金をレジに入れ、洋介は丁寧に鉢をラッピングする。
「赤坂君、ありがとう。」
洋介の言葉に亮太はニッと笑い親指を立てカフェに向かう。彼女が伝票を手に席を立った所だった。
「ありがとうございます。またお越し下さい!」
亮太の声に洋介はカフェに目をやる。彼女が近付いてくる。ラッピングを終えた鉢を傍らに置き伝票を受け取る。会計を済ませ、今にも心臓が口から飛び出しそうになるのを必死で抑えながら洋介は彼女に声をかける。
「あの、いつもご来店ありがとうございます。これ、僕の気持ちです。よろしかったら、受け取って下さい。僕は……」
頬が高潮するのを感じながら洋介はラナンキュラスの鉢を差し出し彼女の目を見つめる。驚き半分、喜び半分といった顔で彼女は洋介の言葉の続きを待っている。
「僕は、あなたが好きです。お付き合いして頂けますか……!」
彼女は鉢を受け取り、顔を赤らめながら微笑んだ。
「あ……ありがとうございます。私も店長さんの事好きです! 私でよければ、お付き合いして下さい。」
レジカウンターを挟んで真っ赤な顔を突き合わせる2人。
「俺がサポートしなきゃずっとあのままだっただろうなぁ。ホントに俺より年上なのか、あの2人。」
亮太は空になったカップを片付けながら、年上でありながら初々しすぎる2人を微笑ましい思いで見つめていた。


                    END

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