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『壊すのだあれ?』


 この国は、鉱石とドラゴンによって支えられている。

 空を仰いだ俺の顔に一匹の野良ドラゴンが、大きな影が落として過ぎ去っていく。青い空に新緑のドラゴンたち。昔から変わらぬ、のどかな風景だ。鉱石の採掘によって掘られた横穴は、そのままドラゴンの根城となる。俺は朝から集めた薪を背負い直すと、歩き始める。目的地はすぐそこだ。昼前にはつくだろう。再び、俺の上に影が落ちる。しかし、その影はしばらく経っても俺から離れることが無い。大きな何かが羽ばたく音が、だんだんと大きくなる。寒気を感じながら、振り返る。
「ごきげんよう。」
装飾が多くないが、明らかに高貴とわかる長いドレス。手入れをされているが、風の影響を考えて不必要になびかぬよう後ろ纏められている長い髪。意志の強そうな、というか意志の強さを示すような鋭い眼差し。ドラゴンの上で仁王立ちをかましているこの見慣れた慣れた女が、この国の王女だ。
「……ごきげんよう。王女様。」
風圧でよろめきそうになりながらも、俺は薪を持ったまま優雅にお辞儀をする。といっても、薪を持ったままの優雅さの程度などたかが知れているが。
「何をしているのかしら?」
「見ての通り、薪拾いを。」
「私の許可を得ずに、かしら?」
俺は肩を竦める。
「薪拾いにイチイチ許可なんてとっていられ、うわぁ!」
ドラゴンが小さな火球を俺に向けて放つ。ドラゴン自身の意志ではない。その上の彼女の意志だ。この国がドラゴンと共生できている理由の一つがこれだ。というか、危ない。焦げた、服焦げた。
「口答えしないでくれる?」
 王族の血による意志の共鳴。この現象は他国や研究者からはそう呼ばれている。が、正直な話、よく分からないし調べようとする命知らずも今のところいない。
「おい、やめろ、それでなくてもこの国の緑は少な――」
「物わかりが悪いのは、嫌いよ。」
 彼女の意志に呼応して、ドラゴンが喉に真っ赤な炎を溜め始めた。
「くっそう! 物わかりが悪いのはどっちだよ!」
 俺は薪を投げ捨てて全速力で走り始める。
「灰におなりなさい。」
 そして、後ろから――――

「うわあぁ!」
悲鳴を上げながら、飛び起きる。
周りの風景は一変していた。白い壁、ベット、簡素な戸棚。どれも見慣れたものだと気がつき、少し落ち着いた。
「し、しぬかと思った……。」
「死ぬわけないでしょう。起きたふりして寝てるんですか? 紛らわしい。」
「あ、ああ、お前か。」
不機嫌な声がした方に顔を向けながら、ベットから降りる。服は横にたたんで置いてあった。襟足にかかる程度の黒髪を、後ろで一本に結んだ男が声から想像できる不機嫌な面をこちらに向けてる。
「王女が呼んでいましたよ。むさ苦しい面をこんなところで晒してないで、さっさと出て行って下さい。」
「へいへい……。」
立ち上がると、いつの間にか荒くなっていた息がようやく落ち着いた。腕を軽く回し、異常がないことを確認する。特に無い。机の前に座っているこの男、口と目つきは悪いが腕と才能だけは確かだ。
「今、何時だ?」
「貴方から見える位置に日時計があるじゃないですか。まさか、よみ方さえも忘れたんですか。なんでしたら、そこの小学校の授業で理科でも習ってきたらどうですか? ああ、この言葉さえ覚えていられるかどうかも怪しいですね。」
毒舌め。 「ガキの頃から背以外は嫌味なほど変わらねぇな。」 「貴方にだけは言われたくない台詞の中でも、栄えある第一位ですね。ありがとうございます。」 男は俺から視線を外し、机の上の紙に何かを書き足していく。ここからはよく見えないが、何かの絵のようだ。
「王女が呼んでいた。ってことを忘れる前にさっさと行ったらどうですか?」
もはやこちらを向く気はないようだ。俺は肩を竦めながら、扉を開けて部屋を後にした。王女の下へ向かっていると曲がり角からメイドさんが出てきた。王女のお気に入りのメイドさんだ。可愛い。しかし、どうも妙だ。いつもに増して可愛いというか、目に潤いがあるというか……。その理由はすぐわかった。彼女のすぐ後ろに男が3、4人。思い思いの凶器を持って姿を現したのだ。どう見てもメイドさんの部下には見えない。
「あっ……。」
メイドさんが俺に気がつく。
「くっ……、見つかったか!?」
同時に後ろの男たちも気がついたようだ。姿を隠してもいないし当然だろう。
「うごくな!」
男の一人がメイドさんを強引に引き寄せ、その白い喉元に刃物を突き付ける。ああ、これはあれか。所謂、強盗ってやつか。
「待て待て、動かないし、大声を出さないから、彼女を開放してやってくれないか?」
俺は両手を挙げて。敵意が無いことを示す。
「俺はそれなりの期間ここで働いているモノだ。彼女に聞くよりは俺に聞いた方が目的を達成しやすいだろう。」
そう言いながら、視線をすぐそばの物置に送る。
「彼女なら縛ってそこの物置にでも詰めておけばいいだろう。」
「……そいつを捕まえろ。」
 ほんの少しの間の後、メイドさんを捕えている男が俺の案に賛同し、その後ろにいた一人が抗議の声を上げる。
「行動するのに人数は少ない方が良い。」
その方が後も処理がしやすい、というような声が聞こえたような気がしたような気がするが、無かったことにしよう、そうしよう。俺の後ろにピッタリと男がつき、腕を後ろに捻りあげる。痛いとかそういう前に気持ち悪い。せめて女の子にしてほしいものだ。
「秘宝があるんだろう?」
血走った眼をした男が捻った俺の腕をさらに捻りあげながら尋ねてくる。んなものはない。此処にあるのはと暴力女王とそれに頭を押さえつけられているお人よしの王様による温厚政治だけだ。と、本当のところを言ったとしても信じてはもらえないだろう。
「……案内するよ。」
溜息をついた後、俺は歩き始める。総勢4人の男たちは俺の言葉を疑うことなく、ぞろぞろと俺の後をついてくる。年季が入った城の廊下や階段を曲がったり下りたりを繰り返すと、ただでさえ少なかった人気が殆ど無くなってくる。大きくない城だから、そう人手もいらないのだ。まあ、これはこれで人の気配を読まずに動けるから楽と言えば楽なんだが。
「おい、こっちであっているのか。」
「あっている。」
俺は男の言葉を適当に流し、進み続ける。イチイチ説明するの面倒臭いというのが本音だが。しばらくして、城の裏側に出る。この城は防衛上、崖を背にしてしている。目の前の切り立った崖には無数のドラゴンの巣穴が見て取れた。
「こっちだ。」
「ほ、本当にこっちでいいんだろうな……?」
震える声音を隠そうともしない男を後ろに、俺は黙って進んでいく。怖いのだろう。当然だ。ドラゴンの圧倒的火力に人間は普通、畏怖することしかできない。この国がイレギュラーすぎるのだ。壁にはおざなり程度に松明が点々とつけてあるが、かなり間隔が開いているため、ほどんど先は見えない。それでも俺は立ち止まらずに奥へ奥へと進んでいく。出口からの光はすぐにあてにならなくなった。はぐれないでくれよ、と心の中だけで呟く。はぐれたら、ほぼ最後。高確率でドラゴンの餌か玩具になること間違いなしだ。そうなったら良くてバラバラ、悪ければ骨さえ残らない。近道で作られた階段を上り、地響きのような音に身を強張らせる男たちのために速度を落としたり上げたりしながら、俺たちはようやく目的地にたどり着く。
「ここが秘宝の部屋だ」
重厚な石の扉。装飾は少なく、簡素な模様が刻まれている。
「開けろ。」
「いいんだな?」
「さっさと開けろ!」
俺は解放された腕をさすった後、扉を押し開けて中へと入る。中は薄暗い。が、隙間から光が差し込んでいるので部屋の全体像は確認できる。何の隙間から光が差し込んでいるかだって? 全面吹き飛んだ左側の壁をかろうじて塞いでいる、数多くの木材の間からだ。薄暗い部屋には大したものは置いていないが、所々に趣味と実益を兼ねた骨董モノの盾や鎧が置いてある。
「おい! どいういうことだ!」
さっきから俺に命令しまくっている男が、俺の胸ぐらをつかみ上げる。理由は想像ついている。男が想像した秘宝の部屋。どうせ金銀財宝ざっくざくーとか、そんな大層貧困な夢でも見ていたんだろう。
「言いたいことよくわかるが、紛れもなくここが『秘宝の部屋』だ。」
「ふざっ―――」

ドオオオォォン!!

「「「うあぁぁ?!!」」」
補修してあった壁が吹き飛んだ。木材が防ぎきらなかった衝撃波と熱風が押し寄せる。男たちはよりどりみどりの悲鳴を上げて体勢を崩し、揃って同じ方向――――部屋の奥の方へと倒れていく。来た。俺は覚悟を決めて、目を伏せる。
「あら、楽しみ中だったかしら。」
気遣うようで全く気遣っていない台詞を投げかけてきた彼女の瞳は、やっぱり気遣う様子を微塵もたたえてない。木端微塵に破壊された木材たちが、俺と強盗たちに頬をかすめていく。この木材たちが受けた火球を、次は俺たちが受けることになるのだ。……多分。あ、いや、できれば受けたくない。羽ばたくドラゴン。その上に仁王立ちをしている王女。その横にはさっき掃除用具室に閉じ込められたメイドさん。よかった、うまく王女に伝えてくれたようだ。
「あのメイド、なんで……!」
「あのメイドさんは何を隠そう、可愛いだけではなく縄抜けの達人だ。まあ、それ以外何もできないドジっ子さんだが。」
「ばらさないで下さいよー。」
うん、ドラゴンから落とされないように王女のドレスの裾を必死に掴んでいる様も可愛い。結果として俺の命が危険にさらされているのは、俺の作戦ミスと言えるだろう。
「こ、こいつがどうなってもいいのか!」
強盗が俺の喉元にナイフを突きつけながら叫ぶ。こっちは問題ない。
「あら、犠牲が出るのかしら。だったら、」
空気がドラゴンの羽ばたきによってかき回される音。その音がドンドン大きくなっていく。
「逃がす訳にはいかないわね」
問題はこっちだ。空の様に青く、透き通った瞳。それが冷たい光を放つ。その王女の背後には新たなドラゴンが1匹、2匹、3匹、4、5、6、7、8、9……。ぶち抜かれた壁から見える外の風景が、無数のドラゴンで埋め尽くされていく。ドラゴンを操れるという数少ない人間。その中でも最高傑作といわれる彼女。操れるドラゴンの数、精度、共に今まで類を見ない才能だ。問題は性格だな。うん。
「くそっ……!」
部屋の奥に移動させられていた強盗の一人が背中に手を回す。戻ってきた手に握られていたのは手斧だ。俺の位置から投げるのは阻止できないだろう。
「食らえっ!」
ならば。結構な衝撃が走る。俺が伸ばした腕に、鈍い音を立てながら手斧がめり込んだのだ。この身を盾にするのが一番手っ取り早い。
「なっ……!」
男たちが息をのみ、身を強張らせる。まあ、初見でよく見られる行動パターンだ。少し傷つくが。不意に。音が聞こえた。ドラゴンが羽ばたく音、木材がくすぶり燃える音、その他の音が入り混じる中、はっきりとその音が聞こえた。ギリリッという、奥歯を食いしばる音。
「なんで……、貴方は……!」
喉の奥から絞り出したような声で叫びながら、王女が何か振り払うように、宙を腕で薙ぐ。大きな身振りにつられ、金細工のような髪がまるで生きているかの様にうねり踊る。
「なんでそうやって、あたしの許可なしに傷つくの?!」
またか。
「いや、それが俺の役目だしなぁ。」
俺はそう答えながら、腕にめり込んだ手斧を抜き取って床に投げ捨てる。強盗達から短い悲鳴が上がった。
「馬鹿なの? あたしが、貴方の所有者のあたしが! 嫌だと言っているの!」
王女が叫ぶ。
「それでお前が傷ついたら元も子もないだろ?」
「……。」
王女が黙る。深呼吸、のち、大きなため息。眉間にしわを寄せ、息を大きく吸い、真一文字に唇を結ぶ。そして、高々と片手を振り上げた。同時にドラゴンたちが一斉に開いた口の奥に炎を溜め始める。まじか。
「おいっ、馬鹿! ぼやっとしてないで早く鎧とかの影に隠れろ!」
「え、なっ、」
「ほら、早く!」
俺はぼやっとしている男達にそこらに置いてある盾や鎧を持たせる。一人一つじゃ心もとない。最低でも2つは持たせなければ命にかかわる。鎧や盾を全員に押し付けると、体勢低く構えさせ、衝撃に備えさせる。ん?
「え、アレ、俺の隠れるところ――」
ふと見ると、俺の分が無い。
「アレ、コレやば」
後ろを振り返り、両手を挙げて王女に待ったの視線を送る。一瞬後に返されたのは、眩いくらいに整った笑顔だった。
  「なにか言い残すことは?」
はためくスカートと長い髪。
「……下着は黒とかレースとかよりカボチャの方が似合ってるぞ?」
「灰におなりなさい。」
閃光。


暗 転


「はっ……!」
ごとんっ。飛び起きる。と、同時にバランスを崩してベットから転げ落ちる。両腕で地面を押し返し、身を起こす。下半身が無い。が、生きている。
「こっ……今度こそは駄目かと思った……。」
収まらない動悸。腕の力を抜き、重心を傾け、床に仰向けになる。
「死ぬわけ無いでしょう。その核さえ壊れなければの話ですけどね。」
「うおっ!」
医者が俺の腕をつかみ、持ち上げる。次の瞬間、無造作にベットの上に投げ落とされた。扱いが非常に乱暴だ。まるで物を扱うようだ。いや、実際的には物なんだが。ガチャガチャをおかしな音を立てながら医者が俺を直す準備を始める。その間、俺は核が入っているであろう胸に手を当てて呼吸を整える。少し落ち着いてきた。俺の直し方も、俺の作り方も、とっくの昔にロストテクノロジーだ。外部にはそれが秘宝とかいう名前で広まっているようだが、しょせん失われた技術には失われる理由があった訳で、色々と過ぎた技術だったんだろう。正直な話、あの頃のことは思い出したくないしな。どうせ複雑すぎて、現在残っている技術から新しい技術に転換はほぼ不可能だ。俺が壊れればこの技術は本当のロストテクノロジーになるだろう。まあ、俺はそれまで好きにやらせてもらおう。俺は安心してベットの上でのんびりと体勢をなおす。その俺に医者はやけにでかい車輪のついた見たことの無い部品をつけようとする。
「おい、ちょっとまて。」
医者の腕を俺は掴む。
「邪魔です。」
「邪魔ですじゃねえよ、なんだその手に持っている車輪のようなものは。」
「よほど目が悪いようですね。交換しますか? ああ、悪いのは目じゃなくて認識能力ですか。いい加減そっちの整備も必要のようですね。ついでに次は口をハイしか喋れないようにしておきましょうか。首も縦にしか触れないようにしましょう。」
ブツブツ。
「せめていいえの選択肢を……!」
いや、今はそういう問題じゃない……!
「なんだその部品。そんなものの作り方は記録されていないはずだぞ。」
質感や接合部などは俺のものとよく似ている。だが、見たことが無い。
「ほんとうに底辺を這いずるような理解能力ですね。呆れを通り越して憐れみを覚えますよ。設計図が無いのなら、作ったに決まっているでしょう?」
やれやれ、と肩を竦めながらため息をつく。朝見たあの絵のようなものはコレの形成魔法陣か……!
「相変わらず無駄に天才だな。」
「まあ、今日は時間も時間ですしね。見逃してあげましょう。」
やけに潔く医者が改造の手を引いた。明らかに怪しい。
「しかし、よほど自分以外の奴に傷をつけられたのが気に喰わなかったんですね。」
笑いながらあらかじめ用意してあったであろう足パーツを取り付けていく。
「あの女がそんなタマか?」
「どの女のことを言ってるのかしら?」
血の気が引いた。いや、血なんてないんだが。さっきの改造の時にあっさり引いたのはこいつの気配を察したせいか。
「お父様が御呼びよ。」
2人並んで静寂が支配している廊下を歩く。正確には俺は彼女のほんの少し後ろを歩く。改めてみると彼女も随分と大きくなったものだ。肘を鋭角に曲げなくても頭に手を乗せられる頃は素直でよく笑顔を浮かべる子供だったのだが……時の流れとは無情なものだ。こいつの笑顔が最後に俺に向けられたのはいつの日だったか。……さっきのはカウントしないとしてだが。まあ、ちゃんと出るところ出たりしたのは評価するが。ふと、思い出す。
「さっき俺を呼び出したのは何の用だったんだ?」
王女がその歩を止めた。
「あたしの護衛が、」
キッ、と射るような視線で俺を見る。
「あたしの傍にいないのはおかしいんじゃない?」
いつもならそう治安の悪い場所でもないとか適当な理由をつけるが、今回はあんな事件があった後だ。はぐらかそうとした時点で火球を明後日の方向から受けかねない。
「……悪かったな。」
素直に謝る。
「……アナタは、あたしの『物』なんだからね。」
そうとだけ言うと、再び歩き始める。どうにか受け答えに成功したようだ。
「まあ、正確にいえば王族のモノなんだが。」
小さな破裂音と同時に視界がぶれる。
「あ・ん・た・はー!」
強烈なビンタのすぐ後に、襟を掴み上げられる。昔から、人に似せるため柔らかな素材を使っているが、その理由は王族に暴力を振るわれても王族が怪我をしないようになんじゃなんかと思うことが良くある。
「ホント!馬鹿!」
「やってるねぇ。」
のんびりとした声が、廊下に響く。
「お父様!」
廊下の先に、国王と女王と、小さな女の子がいた。
「待っててって言ったのに。」
王女が口を尖らせながら俺の襟首から手を放す。
「お腹がすいちゃってねえ。」
国王がのんびりと笑う。
「そういえば、強盗達はどうなった?」
俺は予想がつきながらも、彼らの顛末を国王に聞く。
「ああ、あの強盗達にはドラゴンの餌やり係になってもらったよ。」
予想通り。所謂、『ほぼ死刑』だ。せっかく俺が文字通り、身を挺して守ってやったのだから頑張って長生きしてほしいものだ。頑張れ、強盗諸君。俺の問いに答えた王は、絵画に描かれている様な口ひげをふさふさと整える。こんなふざけた格好をしているが何を隠そうこの婿入り国王は3日3晩、鉄仮面の称号を欲しいままにしていた現・女王を口説き、彼女を落とした経歴を持つ男だ。
「あなたはそういったところ、本当に容赦がないわよね。」
国王の背中を勢いよく叩く女王。国王は笑いながらよろめく。女王はそう言いながらも、結構嬉しそうだ。彼女の性格だ。気丈にふるまっていながらも背負い込むことが多いのだろう。そんな彼女がパートナーになる男性と出会えたというのは、王族に使える身としては喜ぶべきだろう。
「お兄ちゃーん!」
「おっと。」
可愛い物体が腹部に体当たりをかましてくる。
「よっ、姫ちゃん。」
頭をわしわしと撫でると、姫ちゃんはとろける様な笑顔を浮かべ再び抱きついてくる。ソコソコ年が離れているが、れっきとした王女の妹で女王の娘だ。昔の王女の様に素直でとても可愛い。思えば王女は肘曲げ具合が垂直程度になった頃から可愛げが急速に無くなっていった様な気がする。そういえ女王の時もそうだった。この子もそうなるのだろうか? そんなことを考えていると小枝のようにか細い2本の腕が姫ちゃんを掴み上げた。
「こーらー。」
王女が俺から姫ちゃんを強制的に引きはがす。
「それはー、あたしのなのー。」
「いーやぁーあーー。」
剥がされまいと必死の姫ちゃん。とても可愛い。が、
「直しがけに壊さないでくれよ?」
今日は既に2回も壊されている。
「むー。」
姫ちゃんがジタバタしながら抵抗するも結果的に王女に引きはがされた。王女は少々よろめきながら引きはがした姫ちゃんを国王に渡す。ドラゴンを操れるといえど、筋力普通の女性と何ら変わらない。
「まあ、もともとはあたしのモノで、あたしが壊してたんだけどね。」
女王がニヤニヤ笑いながら、俺の右腕に自分の腕を絡ませてくる。
「ちょ、違、あたしが壊すの!」
国王の下から慌てて王女が俺の方へと駆け戻ってくる。そして反対の腕を掴み、力いっぱい引っ張ってきた。
「おい、待て、壊すなって今言ったばっかり……。」
姫ちゃんはその様子を国王の腕の中で楽しげに笑う。
「こわすのだぁれ?」
姫ちゃんの言葉に2人は顔を見合わせ、笑う。
「「あたしよ!」」


   マトリョーシカ マトリョーシカ ドラゴンが抱きし夢 傀儡はいったい誰のモノ?


終演

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