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魔法王国(マジックキングダム)の殺人 〜月下の密室〜』

 魔法王国首都・ルナリス。街外れにひっそりと建つ神殿で、ひとつの闇が燃える。

月明りに照らされた夜の森を、俺は奥に建つ神殿へ向かっている。手にした松明が心もとなく揺れる中、昂る気持ちを落ち着かせ足を進める。やがて石造りの小さな神殿が見えてくる。開けっ放しにされている門をくぐる。灯りが灯っているのが見えるから奴がいるのは間違いない。アーチ状の入り口から建物の中に入ると、短い廊下の先に部屋があった。重そうな木の扉は開いている。部屋の様子を窺う。この世で最も憎い男が、薄暗い部屋の真ん中でこちらに背を向け、天窓から射す月明りと燭台の灯りを頼りに何か作業をしている。どうやら祭壇が真ん中にありそこで何かしているようだ。そっと部屋に入ると奴は振り返って俺を見上げ顔をしかめた。
「何だお前は。非魔法民の衛兵か。ここはお前のような穢れた民が立ち入っていい場所じゃない。とっとと出ていけ。」
穢れた民、奴は魔法が使えない俺達をそう呼んで蔑み虐げ続けてきた。あの日、こいつに轢き殺された妹・シリルの無残な姿が脳裏に蘇る。俺の手で殺すと誓い、計画を進めてきたのだ。背を向けた奴を背後から片腕で捕らえる。でかい図体をしているが難なく動きを封じられた。思った通り、魔法に頼って生きてる連中はひ弱だ。
「何を……!」
「汚らわしいのはお前らだ。」
腰から短剣を抜き、捕らえた奴の喉を掻っ捌いた。言葉にならない声を上げた奴の身体を突き飛ばす。倒れた床へ瞬く間に血が広がっていく。苦しそうに呻いているが、事切れるまで数分とかからないだろう。こいつの乗った馬車が信号夫の制止を無視して交差点を暴走し、シリルを轢き殺したのだ。そして非魔法使いだという理由で、俺が報せを聞いて駆けつけるまで路上に放置された。頭から血を流し、苦しそうな顔で息絶えていたシリルの顔が脳裏に蘇る。シリルや俺が受けた苦痛と屈辱は、こんな程度ではないのだ。もっと苦しませてやりたい。だがあまり時間をかけてはいられない。やがて奴の苦悶の声が止み、小刻みに震えていた身体が動かなくなる。完全に死んだことを確かめると、懐から魔力結晶の粉末を取り出して短剣に付着させ、奴の死体の傍に転がした。魔法を使えない俺達がこいつらに対抗するために作り出した疑似魔法の結晶だ。これだけではたいした使い道は無いが、魔法を行使した痕跡を偽装できる。死体の上着のポケットから鍵を奪い、奴のベルトへ用意してきた糸を通す。糸端を手に、床にも結晶紛を撒きながら扉へ向かう。扉脇の通気口から糸の端を廊下へ垂らし、分厚い木の扉を閉め鍵をかけた。通気口から垂らした糸に鍵をひっかけ糸をぴんと張る。鍵が糸を伝って死体の傍へ辿り着いたのを確認し、糸を手繰り寄せ回収する。密室の完成だ。魔法は万能だなどと驕る傲慢な魔法使い共には、こんな単純な仕掛けは思いつけもしないだろう。その上奴は敵が多いと聞く。犯人は事件発覚を遅らせるために現場を密室にし、魔法で脱出したという筋書だ。魔法使い同士で潰しあえ。頭を振り気持ちを落ち着ける。不備はないだろうか。ふと、俺の計画を知る同僚の言葉が蘇った。『噂ではあの神殿は魔力を忌避するという。どういう意味かは分らんが、気をつけろよ』確かに謎めいた噂だ。神殿は古代に建てられたものらしく、その歴史や詳細は王族と奴のような一部の有力貴族しか知らないという。だが、神殿が魔力を忌避するというのなら、俺達にこそふさわしいものなのではないか? なぜそんなものを魔法使い共が管理しているのか。考えても仕方がないと頭を振る。神殿を出て松明に再び火を灯す。手が震えて上手くいかない。復讐を果たした高揚か、殺人への恐怖が今頃湧いたか。奴の喉を裂いた感触が手に蘇る。俺は、間違っていない。ようやく火が灯った松明を手に、俺は神殿を後にした。

 数日後。神殿の点検に向かった家族が戻らないと王宮へ通報が入り、俺達に調査命令が出た。神殿への出入りは禁じられているものの、時折魔物も出る神殿周囲の森は俺達の小隊が警備を担当している。自分で殺した死体を自分で発見するのは何とも妙な気分だが仕方ない。隊を率いて詰め所から神殿に向かう。城からも調査としてセオルと名乗る痩せた学者が一人ついてきた。開いている門をくぐり建物の中へ入る。分厚い扉は施錠されたままだ。セオルが通気口から中を覗く。
「誰か倒れているように見えますね。扉の鍵は?」
「ご家族に確認しましたが、点検を行う日の夜にベイギウスさんが持っていたそうです。合鍵は無いとのことでした。」
部下の答えにセオルはドアノブを握ったまま困ったように首を振り、俺達を振り返った。
「緊急事態ですので仕方ありません。扉を破壊しましょう。手伝って下さい。」
持参した斧や鉈を手に皆で扉を叩き壊す。だが俺は疑問を抱いた。こいつの魔法で開ければいいのではないか。なぜわざわざ俺達の手を煩わせる。
「あんたの魔法で開けられるんじゃないのか?」
手伝ってくれと言ったくせに後ろで見ているだけの学者に問いかけると、そいつは両手を上げ首を振った。
「試みましたがだめでした。どうも魔力が弾かれてしまうようです。まぁ、僕の魔力が弱いせいでしょう。」
こいつの自虐などどうでもいいが、弱い魔力は弾かれるのか? 『神殿は魔力を忌避する』という噂はそういうことなのだろうか。まぁいい。今は目の前のことに集中しよう。何度も鉈や斧を振るって厚い扉を破壊した。何もしていない学者が先に入って行ったのが癪に障る。
「ベイギウスさん!」
天窓から射した光があの夜のままうつ伏せで倒れている奴の死体を照らしていた。あの夜より短くなった?燭が今にも消えそうに揺れている。すっかり渇いた血が死体を中心に石の床一面に広がり、腐臭が微かに漂っていた。セオルが近づいて奴の顔を覗き込み息を飲んだ。
「喉が大きく切り裂かれています。誰かに襲われたのでしょうか。」
セオルは奴の死体を観察しながら俺達に指示を出す。
「とりあえず墓苑の傍にある小屋へ遺体を運びましょう。本人に間違いないかご家族に確認も取らなくては。」
担架を用意する俺達の傍らでセオルは凶器の短剣を拾い、ぶつぶつと何か言っている。
「これで喉の動脈をざっくり、のようですね。この剣はどこででも売っているもの、ここから犯人を辿るのは無理そうです。出入口は先程壊した扉のみ、一体誰がどうやってこの密室で凶行を? この鞄はベイギウスさんの仕事道具でしょうか。拡大鏡にペン、小型の槌やナイフが数本。夜中に神殿の補修でもしていたんでしょうか? どれもきちんと手入れされている。几帳面な方のようですね。」
死体と短剣を観察するセオルを密かに見据える。傲慢なお前達魔法使いに、この謎は解けやしまい。
「神殿内と短剣にも魔法を行使した痕跡がありますが、それほど強い魔力は感じませんね。遺体の状態からして死後2,3日といったところでしょうか。そうなると魔法での検死は難しそうですね。」
担架に死体を乗せ、運び出そうとした俺達をセオルが止めた。
「ちょっと待って下さい。」
「何です?」
「衣類も装飾品も新しいものなのに、ベルトにだけ小さな傷があります。なぜでしょう?」
セオルが指さした先、確かに真新しいベルトに一か所小指の先ほどの小さな傷がある。あの時鍵を引っ掛けた糸がつけた傷か。こんな小さな傷を目に留めるとは。だがこの程度で仕掛けが見破られることはないだろう。素知らぬふりで答える。
「雑に扱っていただけなのでは。」
「なるほど……。」
何やら考え込んでいる学者に苛立ちが募る。
「運んでもいいですかね? 俺達はあんたらと違って自分の手で物を運ばなきゃならないんだ。待たされてると重いんだが。」
「これは失礼しました。ではお願いします。」
死体を覆う布をかけ神殿を出る。人目に付かないよう裏通りを歩き、指定された小屋まで死体を運ぶ。すでに奴の妻らしき中年の女が小屋の前に佇んでいた。不安そうなその顔に怒りが募る。俺達と同じ苦しみを味わえ。小屋の中の台に死体を下ろすと、セオルが死体を覆っていた布を外す。
「ベイギウスさんの奥様ですね。お辛いでしょうが、本人かどうかご確認をお願いします。」
小さく震えながら死体に近づいた女はその顔を見て悲鳴を上げ、その場にへたり込んだ。
「しゅ、主人に間違いありません。誰がこんな酷いことを……! 許さない! 許さない!」
何が「許さない」だ。許されないのはお前らだ。セオルが女を宥めているのを眺めながら必死で怒りを抑える。
「お察しします。衝撃を受けておられる中申し訳ないのですが、神殿の点検に向かったという日のご主人の行動を詳しく教えて下さい。」
女は息を整え姿勢を正す。用意された椅子に腰を下ろし、震えながら口を開く。
「毎月、最初の満月の夜に点検を行っているのよ。いつもは二晩ほどで戻ってくるのに戻って来なくて……。あの夜もいつも通りに出かけて行ったのに、どうしてこんなことに……。」
「点検のことを知っているのはどなたですか? あの神殿はどういうものなのでしょう?」
「点検のことは魔法使いなら誰でも知っていると思うわ。あの神殿は代々我が家が管理を任されていて、王家から『国の重要機密だから神殿の詳細は漏らさないように』と厳命されているの。だから私は詳しいことは知らないわ。」
「そうですか。こんなことをお聞きするのは心苦しいのですが、ご主人を殺すほど憎んでいる人物に心当たりはありますか?」
セオルの質問に、俺は緊張を悟られないよう密かに深呼吸する。シリルの事故はまるで無かったことにされている。この女は奴が起こした事故を知らない可能性は高い。大丈夫、俺が疑われることはない。女が顔を歪め叫んだのは予想通りの内容だった。
「あいつらだわ! うちの人を批判したあいつらの仕業よ!」
「あいつら、とは?」
「うちの人を『危険思想の持主』だなんて吹聴した穏健派の女共よ!」
そういえば、先週に王宮前の広場で魔法使い同士でやり合っていたな。兵の詰め所に向かう途中、見かけた騒ぎを思い出す。「魔法は神々に選ばれし者の証」「神聖な選別から漏れた非魔法使い共は穢れ」だの、「魔法は生きるための手段、選別などではない」「非魔法使いは保護すべき弱者」だのと、暴動が起きるんじゃないかというくらい険悪な雰囲気だった。王宮騎士団が出て騒ぎを鎮めたと聞く。魔法使いの間でも派閥争いがあるようだ。俺達にとってはどっちもどっちだが。
「ではその穏健派の人々を中心に話を聞いてみましょう。」
「えぇ。うちの人をあんな風に殺した奴を絶対に捕まえてちょうだい!」
シリルを轢き殺した事故を無かったことにした連中が何を言うか。密かに憤る俺をよそにセオルは俺達を振り返る。
「僕は引き続き事件を調査します。皆さんは職務に戻って頂いて結構です。ご協力ありがとうございました。また何かあったら協力をお願いするかもしれません。その時はよろしくお願いします。」
丁寧に頭を下げたセオルに一礼し、俺達は小屋を出た。疑いは魔法使いに向いているとはいえ、油断はできない。それとなくあいつの行動を監視しておこう。詰め所に戻ると同僚のヴァドが心配げに声をかけてきた。俺の復讐計画を知る唯一の友だ。
「ジグラス、話は他の奴から聞いた。どうやらあの学者は穏健派筆頭のマシミアを疑ってるらしいな。」
「あぁ。ひとまずは計画通りだ。」
「だが油断するなよ。お前はあまり奴らに関わらない方がいいだろう。あいつがまた協力を要請してきたら、俺が対応するよ。」
「助かる。面倒かけてすまないな。」
「気にするな。シリルちゃんのことは俺も許せない。」
「ありがとう。よろしく頼む。」
「あぁ、任せておけ。」

 捜査に進展があったと聞いたのはそれから数日後のことだ。ヴァドに誘われ酒場に向かう。あれからヴァドは衛兵の立場を利用してセオルの要請に応じ、情報収集を行っていたのだ。ありがたい。軽い酒と少量のつまみを注文する。グラスを軽く合わせ、声を潜ませる。
「やっぱり捜査はマシミアを疑う線で進んでるようだ。ベイギウスを筆頭とする過激派の魔法使い共が、マシミア達穏健派を市政から追放しようとしたらしい。抵抗するマシミアに対して連日嫌がらせが行われてたと聞いた。自宅への投石や呪詛を綴った張り紙、その他諸々、聞いてて吐き気がしたよ。」
対立する派閥を卑劣な手段で排除しようとするとは、傲慢なあいつららしい。
「他にも、上級貴族以外の魔法使用を禁止する法案を出したり、穏健派の連中を『穢れた民を擁護するのは国家への反逆だ』などと公の場で罵倒したりしていたそうだ。」
どこまでも身勝手な輩だ。敵が多いのも頷ける。
「穏健派の中でもマシミアに疑いが向いてるのは、彼女の弟が過激派の連中に襲われて大怪我を負ったからだ。全治六か月の重傷だと聞いた。」
「それは酷いな。嫌がらせの数々に家族への暴行、復讐の動機があるってことか。」
「その通り。マシミアは広場で演説を行って、『過激派ベイギウスの暴走を許してはならない!』と涙ながらに叫んでいたそうだ。マシミアは今重要参考人として外出禁止令が出されて、簡易的な拘束を受けている。」
公の場で派手にやり合ってるなら、疑われるのは自然だ。弟の件には多少同情するが、無視され無かったことにされたシリルの事故とは違う。
「けど気になる話もある。」
「気になる話?」
不安げに眉を寄せたヴァドに心拍数が上がる。
「あぁ、殺人の容疑者になったマシミアは当然、無実を主張している。そこで『あの神殿で魔法は使えないはずだ』と言い出したんだ。」
「どういうことだ?」
神殿は魔力を忌避するとは聞いたが、詳しいことはよくわからない。国の重要機密だというし、ベイギウスの妻でさえ知らないと言っていたからには、徹底した緘口令が敷かれているのだろう。だが、神殿で魔法が使えないというのが事実だとしたら、俺の偽装工作は完全に裏目に出てしまう。
「俺にもまだよくわからない。だが、王の許可が得られれば、マシミアと城の魔法使い数人で検証を行うそうだ。その時は俺も立ち会えるようにする。」
「あぁ、頼むよ。気を付けてな。」
「おまえこそ気をつけろよ。」
ヴァドと晩飯も済ませて酒場を出た後、家に向かう途中に街の広場でセオルと鉢合わせた。マシミアが疑われていると聞いて計画通りと安堵していたが、こいつの穏やかな笑みの奥にある鋭さは油断ならない。
「衛兵さん、ちょうどいいところに。ちょっとお話を伺いたいのですがよろしいですか?」
「別に構わんが、時間も時間だし手短にな。」
「ありがとうございます。」
一礼したセオルは革表紙の手帳を取り出す。
「ベイギウスさんは魔法使いの中でも敵が多いようですが、非魔法使いにも恨まれていた可能性はありますか? 非魔法使いを迫害していたそうですね。何か具体的に、彼が非魔法いに危害を加えたような事件があれば、教えてください。」
シリルの顔が脳裏に浮かぶ。雨の中、血を流して茂みに横たわり冷たくなっていたシリル。俺達を『穢れた民』と蔑む奴の目。怒りが込み上げる。
「あいつは恨まれて当然だ! あいつは大雨の交差点で女の子を轢き殺して逃げた卑劣な奴だぞ!」
セオルが手帳に書き込む手を止めじっと俺を見つめる。
「ほぉ。雨の日の交差点で轢き逃げ事故ですか。大きな事故ですが、公式記録にそんな事故は載っていません。どこでそのお話を?」
まずい、言いすぎた。俺は拳を握り声を抑える。
「街ではもっぱらの噂だ。公式には揉み消されたようだが、非魔法使いの間じゃ有名な話だ。」
誤魔化せるか? セオルは納得したかのように頷くが、目を細め俺を見据えてくる。
「ふむ、噂ですか。ではその事故の被害者の名前や、詳細を知っている人が他にいるか、教えて下さい。捜査の参考にします。」
「さぁな。魔法使いが揉み消した事故の話を、魔法使いのあんたに話すと思うか?」
突き放すように言い放ち俺は視線を逸らす。
「それもそうですね。今後は街の噂にも耳を傾ける必要がありそうです。ご協力ありがとうございました。」
丁寧に頭を下げたセオルに背を向け足早に立ち去る。あの目は俺に興味を持っている。

 数日後。魔物の目撃情報が入り神殿周囲の森を巡回していると、セオルが神殿に入って行くのが見えた。俺達はあれ以来立ち入り禁止だが、構わず後を追う。あの日壊した扉は撤去され、板切れが立てかけられてあった。セオルは神殿内をうろうろしながらぶつぶつ言っている。壁に身を寄せ何を言っているのかと聞き耳を立てた。
「ここでは魔法は使えないはず、ですか。しかし、床には未だに魔力の残滓があり、凶器の短剣にも残されていた。これは一体どういうことだろう? この魔力残滓も調べてみますか。」
床の微かに光を放つ魔力結晶をセオルが拾い集めて小瓶に詰めている。あれを調べられても大丈夫なはず。元々は奴らの魔力残滓に、調合した薬品をかけ結晶化させたものだ。俺に繋がりはしないだろう。小瓶を懐にしまったセオルは、壁や床を杖でこつこつと突きながら神殿を見回している。
「扉は施錠され、鍵はベイギウスさんが所持、合鍵は無い。天窓は採光のためのもので開閉はできず、出入りできるのは扉のみ。他に隠し通路も無し。現場は完全な密室。喉の傷の深さや角度からして他殺なのは間違いない。単純に考えれば、短剣を外から魔法で操って殺害したか、殺害して中から鍵をかけ魔法で脱出したかのどちらかだけど。しかしここでは魔法は使えないという証言。容疑者の発言だしどこまで信じていいものか。」
ふいにセオルがこちらに視線をよこした。まずい、気付かれたか。
「ん? そこにいるのは誰です?」
仕方がない。巡回中だと言い切ろう。
「魔物の目撃情報が入ったんで見回りにきた。あんたは、事件の捜査か?」
「衛兵の、確かジグラスさんでしたっけ。ご苦労様です。お察しの通り捜査に来ています。どうにも不可解でして。」
「不可解?」
「そうだ、ぜひご意見を聞かせてください。」
「俺の?」
「えぇ。魔法を使えない方からの意見を聞かせて頂きたいです。」
どうせなら捜査に協力するふりをして情報を得ようと俺は頷いた。
「別に構わないが。」
セオルはほっとした声で軽く頭を下げる。捜査が行き詰っているのは俺にとってはありがたい話だが。
「ありがとうございます。では、あなたに魔法が使えると仮定しまして。もしも、殺してやりたいほど憎い奴が人目の無い場所に一人でいたとしたら、どうやって殺しますか?」
どういう意図の質問か分らんが、下手に想像で話すよりも素直に言った方がいいだろう。
「そうだな、俺なら憎い奴は魔法を使わず俺の手で殺す。」
「なるほど。情熱的な方なんですね。」
「そうか? 仮定の話をされても、できもしないことは想像がつかないだけだ。」
「では、現場を密室にする理由は思い付きますか?」
「何だろうな。事件の発覚を遅らせるためじゃないか? 殺害から時間が経てば経つほど、いかに万能な魔法といえど捜査は難しくなるんじゃないのか?」
「えぇ、その通りです。とはいえ、魔法って皆さんが考えるほど万能ではないんですよ。」
驕り高ぶった魔法使いが何を言うか。
「そうなのか?」
「えぇ。術者の力量や場の魔力などに左右されます。それに、魔法が本当に万能であれば、そもそもこんな事件は起きない世の中になっているでしょう。」
「それはそうかもな。ところで、さっき『ここでは魔法は使えないはず』と言っていたな。なら俺にそんな仮定の話をした意味が解らんのだが。」
「実は容疑者が無実を訴えてまして、その証拠としてそう主張しているんです。『魔法が使えないはずの場に魔力の残滓があるのはおかしい、過激派の罠ではないか』と。」
俺を疑ってるわけではなさそうだが、それが証明されてはまずいことになる。
「なるほどな。それで、その主張は正しいのか?」
「それを今調べているところなんです。」
過激派の罠、と考えられているならまだ大丈夫か。だが油断はできない。セオルはそうそう、と呟き懐から小瓶を取り出した。
「それにこの魔力の残滓、どうも不自然なんですよ。光り方が通常とは異なるような。それに事件から何日も経つのに未だに光を放っています。どう思いますか?」
「魔力のことなんか俺に分かるわけないだろう。」
「そうなんですが、どうも人為的に作られたもののようにも思えるんです。何らかの方法で魔力を結晶化することで、非魔法使いの方でも魔法が扱えたなら、なんて考えたことはありませんか?」
小瓶を軽く振りながらの発言に苛立ちが湧いた。その結晶は俺達がおまえらに対抗するために、研究を重ねて作り出したものだ。土足で踏み込む真似をするな。
「よくわからんが、薬品で作った偽物なら光り方が違っても不思議はないだろ。魔法の痕跡に見せかけて、捜査を撹乱するのにちょうどいいじゃないか。」
セオルから小瓶から俺に視線を移す。口元には微笑が浮かんでいるが、目つきが鋭くなっている。
「薬品で作った偽物、ですか。そういうことができるんですか?」
しまった。喋りすぎた。唾を飲み気持ちを落ち着かせる。
「いや、街の裏通りで聞いた噂話だ。非魔法使い、特に裏通りにいるような奴の間じゃそんな噂は山ほどある。」
「興味深い噂ですね。噂の出処を覚えていれば教えて下さい。捜査の参考になりそうです。」
「さぁな。悪いが忘れた。俺が裏通りへ行くのは飲みに行く時くらいだ。話の中身は印象に残ったが、酔ってたんで詳細は覚えてない。」
「そうですか。それは残念です。」
これ以上ここで話し込むのはやめた方がいい。
「そういえば今ここは魔物の目撃情報がある。早目に引き上げた方がいいぞ。」
「そうでしたね。今日は引き上げて別の方向から調査してみましょう。貴重なご意見ありがとうございます。勤務中にお手を煩わせてすみませんでした。」
「いや、別に。」
森の巡回に戻りながら、街へ向かうセオルの背を見据える。一瞬、セオルの目が冷ややかに見えたのは気のせいか。お前らには、俺達の怒りや無念の闇を払うことはできやしまい。大丈夫、俺達の無念は晴らせる。言い聞かせながらも、森を行く足は微かに震えていた。

 それから更に数日。ヴァドが緊迫した顔で俺を詰め所の外へ連れ出した。
「まずいことになったぞ。悪い報せが二つある。」
「二つ? 何があったんだ?
「まず、王の許可が下りて先日神殿で魔法行使の検証が行われた。俺も魔物からの警護と称して立ち会ったんだが、マシミアと城仕えの魔法使い数人、誰一人神殿内で魔法を使うことができなかった。」
「何だって?」
「魔法使い達は口々に『魔力が弾かれる』と言っていた。城の魔法使いにマシミアを擁護する理由はないだろうから、神殿で魔法が使えないのは事実だと断言していい。セオルはマシミアと共に神殿の歴史を調べている。」
魔法使いが管理する建物で魔法が使えないなどと想像もつかなかった。俺の偽装工作は完全に裏目に出る。
「それともう一つ、ベイギウスの家の御者が役所に出頭してシリルちゃんの事故のことを話した。」
「何!?」
「ベイギウスが殺されて恐ろしくなったんだろう。今更余計なことしやがって!」
一か月も無かったことにされたあの事故が、このタイミングで掘り起こされるとは。
「そうか。俺に容疑が向くのも時間の問題だな。偵察ありがとう。お前にはどれだけ感謝してもしきれない。」
「ジグラス……。」
俺に寄り添ってくれる友を、これ以上巻き込んではいけない。
「覚悟はできてる。世の中、うまくいかないもんだな。」
「覚悟ってお前……。」
「もう少しは抗ってみるさ。」
シリルの笑顔、そしてあの日の無残な姿が脳裏に蘇る。俺のたった一人の家族だった。

 一か月前。
朝から激しい雨が降る日だった。午前の巡回を終え詰め所に戻ると、ヴァドが血相を変えて駆け寄ってくる。感情豊かな男だが、こんな顔をするのは珍しい。
「ジグラス! シリルちゃんが……!」
「シリルに何かあったのか?」
「交差点で馬車に撥ねられたらしい。街道から街に入ってすぐの交差点だ。急いで行ってやれ。」
その日の午後の任務をヴァドに託し、俺は降り続く雨の中を指示された交差点へ走る。無事でいてくれと願い駆けつけたが、その願いはすでに打ち砕かれていた。信号夫が行きかう馬車や人の流れを整理する大きな交差点の角、信号夫の傍にある低木の茂みにシリルは横たえられていた。頭から血を流し、苦しそうな顔のまま息絶えていた。茂みが道行く人の好奇の視線から隠してくれているのがせめてもの救いだ。雨に流されたシリルの血が、茂みの周囲を赤く染めている。駆け寄った俺に若い信号夫が声をかけてくる。
「その子のご家族の方ですか?」
「あぁ。兄だ。ここで何があった?」
「まもなく交代の者が来ますので、この道の先にある信号夫の詰め所で待っていて下さい。詳しくお話します。」
視線は交差点へ向け行き交う人を見守りながらも、制帽の下の目は赤く潤み、声は震えていた。信用していいだろうと頷く。ひとまずシリルを連れて帰ろうとすると、胸に組まれた手に小さな白い花が握られているのに気付いた。低木に咲いているものと同じだ。この信号夫が持たせてくれたのだろうか。花を落とさないようシリルの服のポケットにいれ、冷たくなり動かないシリルを抱きかかえ冷たい雨の中を歩く。いつもより家路を遠く感じたのをよく覚えている。降りやまない雨とシリルの無残な姿への衝撃に震えながら家に辿り着く。寝台にそっとシリルの遺体を横たえた。もしかしたら、意識を取り戻すかもしれないなんて淡い期待は叶うはずもなかった。タオルで血と泥を拭き、ポケットに入れておいた花を冷たい手に握らせる。毛布をかけてやり「ごめんな。すぐに戻るから、待っててくれ」と声をかけ、信号夫の詰め所へ向かった。俺が詰め所へ入ると、先程の信号夫が椅子から立ち上がった。
「雨の中ご足労頂き申し訳ありません。」
「いや、そんなことはいい。詳しい話を聞かせてくれ。」
部屋の隅の卓に案内され、出された温かい茶を一口すする。信号夫は向かいの椅子に座って深々と頭を下げた。
「申し訳ありません! 私がちゃんと馬車を止めていたら……。」
「一体何があったんだ?」
「ご存じの通り、道路での我々の指示は王であっても無視してはならないと法で定められています。ですが、あの子が私の指示に従い交差点を渡っていると、街道から来た馬車が猛スピードで迫ってきました。私は慌てて馬車に止まるよう指示したのですが、馬車は無視して交差点を猛スピードのまま突っ切り、あの子を轢いて走り去ったのです。」
「そんな……。」
信号夫は目を赤く潤ませ話を続ける。彼も悔しい思いをしたのだろう。
「申し訳ありません。すぐに彼女を助けようとしたのですが、他の魔法使いの馬車が交差点に近づいてきて『さっさと仕事をしろ!』と怒鳴られました。女の子が轢かれたと説明しましたが、馬車の男は倒れている彼女を一瞥して『非魔法使いなど放っておけ!』と……。私も非魔法使いです。その発言に怒りが湧きましたが、馬車が連なって渋滞が起きており、私の指示を待たず走り出そうとしていたので、第二第三の事故が起きてはいけないと、彼女を茂みに移しました。その後すぐに衛兵の方が通りかかったので声をかけると、彼女の顔を見てご友人の妹さんだと仰ったので、そのご友人を呼んで頂くよう頼んだのです。」
通りかかったのがヴァドで良かった。それにしても何と傲慢な連中なのか。沸き上がる怒りを抑え、謝罪を繰り返す信号夫に顔を上げさせた。
「あんたが謝る必要はないさ。悪いのは妹を轢き殺して逃げた馬車の奴だ。乗ってたのはどこの誰が分かるか?」
「はい、馬車の紋章はドーラン家のものでした。窓から大柄な男の姿がちらっと見えたので、当主のベイギウスに違いありません。」
「そうか。ところで、妹が握っていたあの白い花はあんたが?」
「えぇ。茂みに移した時に、せめてもの償いに供えさせて頂きました。」
「心遣い、感謝する。俺は衛兵のジグラスだ。あんたは?」
「私はフェムと申します。感謝などととんでもないです。私がもっと毅然と対応していれば……。」
「いや、悪いのはあんたじゃない。悪いのは妹を轢き殺して逃げた魔法使いと、魔法使いなら法を無視しても許されるこの世の中だ。」
「えぇ。私も悔しいです。」
詰め所を後にし、シリルの遺体の前でしばらく呆然としていた。十年前に両親を亡くし、俺達は二人きりになった。成人したばかりだった俺は、七歳下のシリルを養うため、非魔法使いが就ける職の中では給金の高い衛兵になった。街道に現れた盗賊の討伐に、街外れの森に出る魔物や害獣退治、危険な任務が多かったが、シリルのためなら苦ではなかった。まだ働けない歳のシリルは、学校に通いながら家事をこなしてくれた。暮らしは質素だったが幸せだった。この世界は魔法使いが支配していて、俺達非魔法使いは、魔法使い共から様々な面で差別され抑圧を受けている。居住区に就業、街の行動範囲、あらゆる制限をかけられていたが、それでも俺達は多くを望まず、魔法など使えなくとも幸せに暮らしていた。魔法使い共は、俺達が幸せでいることすら許さないのか。
「ドーラン家のベイギウスといったな。」
後日、非魔法使い用の狭い共同墓地にシリルを埋葬した。もっと花で飾り立て綺麗な墓標を立ててやりたかったが、非魔法使いには大きな墓を作ることも許されていない。シリルの墓前に花を添え、俺は復讐を誓った。

 それから更に数日。勤務前の詰め所にセオルが訪ねてきた。
「小隊長のジグラスさん、でしたね。聞いて頂きたいお話がありまして。教会の談話室を借りてありますので、お仕事が終わったら来て頂けますか?」
「わかった。」
心配そうな視線を寄越すヴァドに大丈夫だと小さく首を振る。いよいよ来たか。勤務を終え夕方に教会へ向かった。教会の入り口にセオルが立っている。
「待たせて悪かったな。」
「いえいえ、勤務お疲れ様でした。こちらへどうぞ。」
談話室に入りセオルに座るよう促され椅子に腰を下ろす。正面にセオルが座る。
「お疲れの所ご足労頂きありがとうございます。」
「話とは何だ。」
セオルは懐から魔力結晶の粉末が入った小瓶を取り出し卓に置いた。
「これの正体が判明しました。やはり人為的に作られた魔力結晶です。原材料は我々の魔力残滓、そこへ特殊な薬品をかけ結晶化させたものです。」
「ほぉ。それで?」
「ここからは僕の推測です。ベイギウスさんを殺害した犯人は、現場と凶器にこれを撒くことで魔法使いの仕業に仕立て上げようとしました。」
俺の反応を窺い言葉を切ったセオルに、無言で続きを促す。
「密室の外から魔法で短剣を操ったか、殺害して現場を密室にし魔法で脱出したか。僕も始めはそう考えていました。そしてベイギウスさんの奥様の証言でマシミアさんに疑いが向きました。彼女は最近、ベイギウスさんと激しく争っていましたからね。」
広場で大騒ぎを繰り広げたんだ、魔法使いかどうかに関わらず街の誰もが知っている。だからこそ利用したのだ。セオルはゆっくりと話を続ける。
「しかし、マシミアさんは興味深い話を聞かせてくれました。彼女は過激派魔法使いが国の重要機密を独占していることに危機感を抱き、古い文献を辿り秘められた歴史を調べたそうです。あれは古代に地上へ侵攻した魔王を封じるために建てられたものであり、そんな建物の中で魔法が使えるはずがない、魔法使いの自分は無実だと主張しました。」
俺は卓の下で拳を握り最後の抵抗を試みる。
「その話は事実なのか? 言い逃れのために捏造した可能性は?」
セオルは小さく首を振り微笑んだ。
「王の許可を頂き、マシミアさんとは面識のない城仕えの魔法使い数名と共に実証実験を行いました。誰一人として、神殿内で魔法を行使することはできませんでした。神殿の歴史と詳細も王に確認を取りました。間違いない情報です。」
小瓶を手に取りセオルは俺を見据えた。
「では現場と凶器にあったこの魔力残滓は何なのか? 非魔法使いが魔法使いの仕業に仕立てあげるための偽装です。ではその非魔法使い、真犯人は一体誰なのか? それは、ベイギウスさんを殺したいと思うほど憎んでいた、あなたではないですか?」
「なぜ俺だと?」
「神殿でお会いした時、あなたはこの結晶についてこう仰いましたね。『薬品で作った偽物』と。僕を始め魔法使いは誰もその製法どころか、こんなものがあることすら知りません。魔法行使後の残滓は僕らにとっては何の価値もないただの残骸ですからね。これを再利用して魔法への対抗手段として作り替えた。素晴らしい発想と技術です。あなたはどこでお知りになったのでしょう? 入手された経緯は?」
探るようなセオルの視線に耐える。目を逸らすな。逸らしたら負けだ。
「噂話だと言ったはずだが。それに俺がベイギウスを殺す動機は何だ?」
セオルは口角を上げ口元だけで笑う。癇に障る笑い方だ。
「シリル、という名の少女が事故に遭って亡くなった、という話をあなたはよくご存じのはずです。公式記録に載っていない事故の噂話を聞かせてくれましたね。雨の日の交差点で女の子が馬車に撥ねられ、馬車は女の子を放置して走り去った、と。そして先日、『ひと月ほど前に交差点で女の子を轢いた』と、ある魔法使いの家の御者が出頭してきました。事故を起こした日の天候、被害者は女の子であること、主に命令されそのまま逃げたこと。あなたのお話と一致しています。該当の交差点にいた信号夫にも話を聞きました。被害者の個人情報は王命でもない限り教えられない、と断られてしまいましたが。」
フェムの実直そうな顔を思いだす。胸の内で感謝を告げ、セオルを見つめ返す。
「その事故が俺の犯行動機になる根拠は?」
「住民簿を調べました。御者の言う時期に事故で亡くなった女の子は、シリルさん一人だけでした。あなたの妹さんですね。」
セオルは畳みかけるように告げる。
「事故の加害者であるベイギウスさんを憎むあなたは、神殿周囲の警備中に彼が定期的に神殿を訪れ何らかの作業をしていることを知りました。作業は夜、憎い仇は神殿に一人きり、復讐する絶好のチャンスだとあなたは計画を練ったのでしょう。現場を密室にしたのは発覚を遅らせるというよりも、魔法使いの犯行に見せかけるため、という方が大きいのでは? 復讐を決行し偽装工作も上手くいったかに見えました。神殿で魔法が使えないことまで知っていれば、事件の真相を闇に葬ることもできたかもしれません。」
言葉を切り、セオルは俺の反応を見る。俯いた俺にセオルは言葉を続けた。
「付け加えるなら、遺体を運んだ時に僕が見つけたベルトの傷を覚えていますか? あなたは『雑に扱っただけでは』と仰いましたが、傍らにあったベイギウスさんの鞄や作業道具はよく手入れされていました。自分の物を雑に扱う人物ではないと思われます。扉の鍵が遺体の腰の辺りに落ちていました。あの傷はおそらく、鍵を遺体の傍に戻すためにひっかけた糸がつけたものではないでしょうか。」
終わった、と天井を仰ぐ。シリル、すまない。
「ほぼ完璧な計画でした。しかし、犯人しか知りえないことをあなたが口走ってしまったのが、唯一のミスでした。」
震える手で顔を覆い涙を堪える。こんな顔を見られてたまるか。
「あいつは、たった一人の家族のシリルを殺した。そればかりか事故を揉み消した。傲慢な魔法使い共が俺達を虐げ、何もかもを奪い俺達を踏みにじる。そんな世の中が許せなかった!」
セオルが緊張を解いたように息を吐いた。
「お気持ちは分かります。僕は生まれついて魔力が弱く、家族からも『半端者』だの『一族の恥』だのとと蔑まれていますので。しかし、それでもこんなやり方はいけません。殺してしまっては、償いをさせることもできないではないですか。」
「あいつの存在がこの世から消えることが、俺にとって償いになる。俺にはもう何もないからな。失うものも、これから手に入れたいものも。」
「そんな自暴自棄にならないでください。それに、ベイギウスさんを殺したことで、あなたは彼と同じ加害者になってしまったんですよ。」
「そんなことはわかってるさ。俺も同じ罪人だ。ただ、俺は奴とは違って裁きを受ける覚悟はできている。」
「そうですか……。分かりました。ジグラスさん、あなたをベイギウス・ドーラン殺害容疑で、逮捕します。」
セオルの声が悲し気に響き、俺は黙って頷いた。教会を出ると陽は完全に沈み、少し欠けた月が辺りを照らしていた。一歩先を行くセオルが振り返る。
「僕はあなたを救う道を用意します。あなたが隠したかった罪を暴いた者として、何より、あなたと関わりを持てた者として。」
月明りの下、セオルがまっすぐに俺を見つめる。これまでは感情を隠した曖昧な笑いや挑発的な笑みしか見てこなかったが、こいつはこんな顔もするのか。
「そうか。」
多くを返す必要はないだろう。俺は一言だけ返して歩き出した。

魔法王国に燃え上がった闇は、月明りの下へ静かに消えていく。


END


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