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『迷い猫、異世界を行く』

第14話

広い道を渡って走る。馬車を引いている馬が、足元を走っていくぼくに驚いて大きな鳴き声をあげていた。歩いている人もぼくに驚いたり怒った声をあげたりしている。ごめんなさい、危ないんだけど急がなきゃ。やっと会えたご主人をまた見失っちゃうんだ。たくさんの人や馬車の間をジグザグに走って、広い道を渡り切った。ちょっと息を整えてから、顔を上げてご主人を探す。あれ、どこに行っちゃったんだろう。見回してみる。いた! あのお洋服、間違いない。歩くの早いんだから。そんなに急いでどこへ行くの? もう一度走ってご主人を追いかける。もう見失ったりなんかしない。あんな淋しい気持ちでいるのはもうイヤだもん。たくさんの人の足元をすり抜けてまた怒られながら、走ってご主人に追いついた。
「ご主人!」
「きゃっ!?」
叫びながらご主人の足元に思いっきり飛びついた。会いたかったよ、もう黙ってどこにも行かないでね。そう言いながらご主人を見上げる。びっくりした顔でぼくを見下ろしたその人は、ご主人じゃなかった。
「あら、かわいい仔猫ちゃん。どうしたの?」
あぁ、どうしよう。しゃがんでぼくを見つめる優しそうな目と声は、悪い人や怖い人じゃないって思えたけど、なんて言ったのか全然わかんないし、人違いでした、びっくりさせちゃってごめんなさいって伝えることもできない。
「私がぼんやり歩いてたからぶつかっちゃったのかな。ごめんね、怖い思いさせちゃったわね。」
ぼくの頭の中はまっ白になってた。どうしよう。アムシャもエインティアもいない。そりゃそうだ、ぼくが勝手に走り出しちゃったんだから。
「大丈夫? ケガしなかった?」
困ったような心配してるような顔でその人がぼくに手を伸ばしてくる。どうしよう。ご主人と間違えて飛びついちゃったことを謝りたいのに、パニックになっちゃって声も出ない。
「ルイ!」
あっ、アムシャ! よかったぁ。たくさんの人を器用によけながらアムシャが飛んで来てくれた。何が起きてるのかわかってくれたみたいで、アムシャはその人に話しかけてくれる。
「ごめんなさい、この子、お姉さんを主と見間違えたみたいです。」
「そうだったのね。急に飛びつかれたからびっくりしちゃった。」
「ほら、ルイ。あんたもちゃんとお姉さんに謝んなさい。」
うん。お姉さん、びっくりさせちゃってごめんなさい。頭を下げてそっと見上げると、お姉さんは安心したように笑って立ち上がった。
「かわいい仔に会えて嬉しいわ。でも早く主のところに戻ってあげて。きっと心配してるわよ。」
優しそうに笑って手を振ってお姉さんは歩いて行った。ほっとしたのとガッカリした気持ちでお姉さんの背中を見送ってると、アムシャに力いっぱいの猫パンチをされてしまった。
「もう! 勝手に走り出さないでよ!」
「ごめんなさい!!」
地面におでこをくっつけて謝ると、アムシャはため息をついた。
「しょうがないわね。ジュリに似てたんでしょう? 長いこと離れ離れで淋しくなってるところによく似た人を見かけたら、主だと思い込むのもわからなくはないわ。だけどね、」
アムシャが話を止めたからぼくはそぉっと顔を上げた。もう一度ぼくのおでこに軽く猫パンチが飛んでくる。
「わたしかエインティアにちゃんと話してから行動しなさい。勝手にわたし達から離れちゃダメよ。」
そう言われて、テスカンダの街で怖い思いをしたことを思い出す。そうだ、あの時もティオスに「俺達から離れるな」って言われた。あの時は無理やりさらわれちゃったけど、今はぼくが勝手に離れちゃったんだ。アムシャもエインティアも勝手に離れたからってぼくを見捨てちゃうことはないと思うけど、だからって勝手なことしちゃダメだ。もっと落ち着いて行動しなくちゃ。
「本当にごめんさない。追っかけてきてくれてありがとう。」
「わたしもエインティアも引き受けた仕事の責任があるし、それだけじゃなくあんたと主のこと心配してるんだから。」
「うん、ありがとう。」
「じゃぁ、エインティアと合流するわよ。とはいえ、けっこう離れちゃったわね。」
「そうなの?」
「だってあんたあの広い道を凄い速さで斜めに走って行くんだもの。馬車に撥ねられるんじゃないかってヒヤヒヤしたわ。」
見失わないように必死で走ってたけど、アムシャの表情にめちゃくちゃ危ないことしてたんだってわかった。
「ごめんなさい。」
「もう謝んなくてもいいわよ。しっかりついて来て。」
「うん。」
アムシャは今度は飛ばずにぼくの横をゆっくりと歩いてくれてる。ピンと耳を立ててるから緊張してるみたいだ。
「歩いてるとやっぱり視界が狭まるわね。方向感覚も狂っちゃう。」
小声でぶつぶつ言いながら歩くアムシャは周りを警戒してるみたいだ。ぼくもまた悪い人に会わないように、神経を研ぎ澄ませる。少し歩くとふいにアムシャが立ち止まった。
「念のために、わたしの羽根もあげるわ。わたしの初めての守り羽根よ。大事に持ってなさいね。」
「うん、ありがとう。」
会ってから初めて聞く緊張気味のアムシャの声にぼくも緊張する。アムシャが口で抜いた自分の羽根をぼくの首輪の隙間に入れてくれる。ティオスやアトゥナに羽根をもらった時みたいに、首のあたりがほんのりあったかくなって、何だか安心する。
「何があっても、主に会えるまであんたのことはあたし達が守るから。だから絶対にあたしから離れないで。」
「うん、わかった。」
「早くエインティアと合流しましょう。かすかにだけど、この辺りにイヤな気配を感じるの。」
「悪い人がいるかもしれないってこと?」
「そうね……、人じゃないかもしれないけど。とにかくイヤな予感がするの。」
そう言うと、アムシャはぼくの背中につけてある大きなハンカチを整えてくれた。
「あんたの背中、誰にも見られないように気を付けるのよ。」
そうだ、この国では羽根のない猫って珍しいみたいだから、また悪い人に狙われないように気をつけなくちゃいけない。緊張してるアムシャにぼくも怖くなってくる。ぼくのおでこに顔を寄せてアムシャは力強く笑った。
「気のせいかもしれないけどね。でも、知らない場所だし警戒するに越したことはないわ。」
「うん。」
「さぁ、早くエインティアと合流しましょ。どっちから来たんだったかしら。」
困った顔でぶつぶつ言ってるアムシャに心の中で謝りながら、ぼくも広い道の向こう側にいるはずのエインティアを探してみる。けど、抱っこしてもらってた時よりも見える範囲が狭いし、たくさんの人が行き来してるから知ってる人でも探すのは難しい。
「ここにいてよね。ちょっと上から見てみるわ。」
アムシャがそう言って飛び上がっていく。羽をぱたぱたさせながら、大人の人の背丈くらいまで飛んで周りを見回してる。エインティア、近くにいるかな。しばらくゆっくり飛び回っていたアムシャは首を振りながら降りてきた。
「ダメね、人が多すぎて見つけられないわ。でも、目的地の宿泊施設は向こうの方に見えるから、私達だけでも行ってみましょう。エインティアもそっちへ向かったかもしれないし。」
「うん、そうしよう。」
無理してエインティアを探してうろうろするより、その方がいいように思った。アムシャと並んで歩いて、ご主人が泊まってたっていう宿を目指す。今度こそご主人のいる所わかるといいな。エインティアはそこにいるかな。時々アムシャが上から方向を確認しながら、たくさんの人にぶつからないように気を付けながら歩いていく。アムシャは耳をピンと立てて周りを警戒しながら歩いてる。ぼくも精いっぱい周りに注意して歩く。アムシャが行った「イヤな気配」っていうのをぼくも少し感じた。誰かに見られてる気がする。もしかして、ぼくに羽が無いことに誰か気づいた? アムシャが少し歩くスピードを上げる。ぼくも早歩きでアムシャと並ぶ。もう少しで目的の宿に着く頃、突然ぼく達の前に大きな猫が出てきて道をふさいだ。片方の目は大きな傷で閉じられてて、開いてる方の目でぼく達を睨んでる。何で睨んでるの。怖いよ。
「お前ら見ない顔だな。グービーの一味か?」
「グービーって誰よ? わたし達はただの旅行者よ。そこどいてちょうだい。」
アムシャが怖い猫に言い返す。そうだそうだ! グービーなんて知らないよ! そう言おうとしたけど、足が震えちゃって声が出ない。怖い猫は目を細めてぼく達に近づいてくる。こっち来ないでよ。
「ほぉ。人間サマと優雅に旅行中ってか? ますます気に食わねぇな。」
「おあいにく様、わたし達は仕事をしてるの。そこどきなさいよ。わたし達急いでるの。」
「仕事だぁ? いいご身分には違いないじゃねぇか。」
「不審な奴を見かけたらボスに報告しなきゃいけねぇんだよ。」
「仕事だなんて嘘に決まってらぁ!」
いつの間にかもう一匹の猫がぼく達の後ろに立っていた。頭の上にも一匹、羽を広げてぼく達を睨んでる。どいつもこいつも顔や身体に大きな傷跡があって、目つきも悪くて怖い。でもアムシャだけにこいつらの相手をさせるわけにはいかない。ぼくも頑張って声を出す。
「嘘なんか、ついてないよ!」
「わたし達忙しいの。あんた達の相手してるヒマなんてないのよ!」
少しずつ近づいてくる怖い猫達に、ぼく達は道のはしっこへ追いやられてしまった。どうしよう、これじゃ逃げられない。歩いてる人達は、ぼく達を避けるようにしてさっさと通り過ぎて行っちゃう。誰か助けてよぉ。
「旅行者ならボスに挨拶してもらわねぇとなぁ。」
「不審な奴を逃がすわけにいかねぇんだよ。ボスの所まで来てもらおうか。」
他にも目つきの悪い猫が集まってきて、ぼく達は囲まれてしまった。どうしよう。
「言う通りにするしかなさそうね。」
首を振るアムシャに頷いた。ぼく達どうなっちゃうんだろう。


続く



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