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『私の名は』


――やっと現れたか!――
城の中庭で、簡素な寝間着をまとって花壇の縁に腰かけているそいつを見つけた時、私は歓喜した。見たところまだ10歳くらいの子供だが、あの日私の魔力を封じトカゲなんぞに変えやがった憎き王と、同等かそれ以上の魔力を持っている。何としてでも近付いて呪いを解いたら、真っ先にこの王子を殺してやろう。また封印されてはたまらないからな。そして今度こそこの王国を手に入れるのだ。まずは呪いを解く方法を見つけなくては。こいつに取り入れば、城の中を自由に動けるようになる。さて、どうやって騙くらかしてやろうか。
「あの、こんにちは。」
「えっ!?」
精一杯かわいらしい声を出して王子の前に出る。突然トカゲが喋ったのだ、王子は驚いた顔で私を見下ろしている。
「驚かせてしまってごめんなさい。あなたを勇気ある優しい方と見込んで、お願いがあるのです。」
「お願い?」
「はい。私は、今はこんな姿をしていますが、本当はお城に仕える女官なのです。昔、お仕えする王様と恋をして王妃様のお怒りを買ってしまい、こんな姿にされてしまったのです。」
「そんな、酷い。」
王子は悲しそうに顔を歪ませた。よし、その調子だ。大仰に首を振り、悲しみを現してみせる。
「身分もわきまえず王様の愛を得た報いです。」
「でも、人を好きになって罰を受けるなんて。」
いいぞ、すっかり信用している。さらに身をよじって大げさに嘆いてみせる。
「しかし、王様も王妃様もすでにお亡くなりになり、私は呪いで死ぬ事もできないままずっとここにいるのです。せめて人の姿に戻って、愛した人が眠る地で私も眠りたいのです。そこであなたにお願いです。私が元の姿に戻る方法を、一緒に見つけてくれませんか?」
「わかった。僕にできる事ならなんでもするよ。」
「ありがとうございます、お優しい王子様!」
大げさに喜んでみせると王子は首を傾げてじっと私を見つめた。
「でも、どうやってその方法を見つけるの?」
「それを調べなくてはなりません。どうか私をお城の中へ連れて行って下さい。」
城には結界が張られ侵入する事ができない。だが強い魔力を持った人間と共にいれば問題なく侵入できるだろう。
「いいよ、わかった。でも、僕からも1つお願いがあるんだ。」
「何でしょうか?」
何を言いだすつもりだ? 内容次第では今すぐここで殺してやる。こんな姿でも幼い子供なら殺せる。いつでも喉元に飛びかかれるよう密かに体勢を整えたが、返ってきた言葉は拍子抜けするものだった。
「僕と友達になってほしいんだ。」
はぁ? 思わず漏れそうになった間抜けな声を抑え、嬉しそうな声を上げてみせる。
「私で良いのなら、喜んで!」
「ありがとう。僕はテミオス、君は?」
私の名はベレアデスだが、名前は呪いに繋がる。本当の名からは程遠い名を捻り出さねば。
「私は、コニティアと言います。よろしくお願いしますね。」
王子が何か言いかけた時、城の方から王子を探す慌てた声が聞こえてきた。
「まずい、行かなきゃ。おいで。」
差し出された手によじ登り袖の中に隠れる。女官らしい年配の女が駆け寄ってきた。
「テミオス様、勝手にお部屋を抜け出されては困ります!」
「ごめん、眠れなくてね。」
「眠れなくとも、午後のお薬の後は安静にしていて下さいと何度も申し上げています。」
「ごめん。」
「全く、怒られるのは私なのですからね。」
ぶつぶつと小言を言いながら女官は王子の背を押し中庭の扉から城内へ入る。よし、侵入成功だ。袖口からこっそり顔を出して辺りを伺う。豪奢なシャンデリアが照らす廊下に、王子と女官の足音が響く。やけに静かだ。階段を上がり、2階の突き当りで女官が部屋の扉を開ける。ここが王子の自室か。
「寝間着の洗濯が終わりましたので、こちらにお召替えを。」
「あ、いや、このままでいいよ。」
私の存在に女官が気付いたらつまみ出されてしまうだろう。慌てる王子をよそに女官は大声をあげる。
「よくありません! 花壇に座っていらしたではないですか! 土の付いた寝間着でベッドに入られては困ります!」
「わかったよ。」
よく怒る女官だ、と呆れている場合じゃない。隙を見てどこかに隠れなくては。着替えさせるべく伸びてきた女官の手の下をすり抜け、王子のベッドの下へ隠れた。私が無事に隠れた事に気づいたらしく、王子はおとなしく着替えさせられている。麻の寝間着から絹の寝間着に着替えた王子に、女官はベッドで安静にしているよう釘を刺し部屋を出て行った。女官の足音が遠ざかると、王子は身を乗り出してベッドの下を覗き込む。
「もう出てきて大丈夫だよ。」
シーツを掴んでよじ登り、ベッドに半身を起こした王子を見上げる。
「恥ずかしい所を見られちゃったね。」
「身体の具合が悪いのですか?」
「うん、生まれつき身体が弱くてね。小さい頃からしょっちゅう熱を出したり吐いたり倒れたりしてる。」
自嘲気味に笑った王子に同情を示してみせる。
「まぁ……! それはお辛いでしょう。どうぞ私の事は気になさらず、養生して下さいませね。」
ベッドに臥せっていてくれるなら都合がいい。城の中に入れれば今のところ王子に用は無いのだ。だが王子は首を振る。
「大丈夫だよ。僕にできる事は何でもするって約束したじゃないか。」
あぁ、面倒臭い奴。
「でも、私のせいでテミオス様の体調が悪化してしまったら、テミオス様にもご両親にも申し訳ないです。」
精一杯に殊勝な態度で応じる。いいからおとなしく寝ててくれ。どうせお前は私に殺されるのだから。
「母上はもういないし、父上の事は気にしなくていいよ。」
「えっ?」
思いがけず暗い口調の答えが返ってきて困惑した。見上げると王子は悲し気な目で私を見下ろしている。
「母上はもう亡くなってるし、父上は僕を嫌ってるから、そんな事気にしなくていいんだよ。」
「どういう事なのですか?」
思わず問いかけると王子は悲しい目のままで笑った。
「僕の出生に関係ある事なんだ。その内に話してあげる。薬のせいかな、ちょっと眠くなってきちゃった。」
「どうぞ私の事は気にせずお休み下さい。」
「ありがとう。約束はちゃんと守るからね。おやすみ。」
ほどなくして寝息を立て始めた王子を起こさぬよう、そっとベッドを抜け出した。王子の話も多少気になったが、私には関係の無い事だ。そう思っているのに、何故か思考がもやもやして何も手につかず、ただただ城内をうろついていた。しばらくして、1階の厨房らしき部屋から聞こえてきた王子の名前に、思わず立ち止まり聞き耳を立てる。女官達が噂話をしているようだ。途切れ途切れに聞こえてきた話から、王子は生まれつき病弱で医師から「成人するまで生きられるかどうか」と言われているらしい事が解った。だがそんな我が子を父親が嫌っているとはどういう事なのだろう。人間の親子は魔女の親子よりもずっと強い絆で結ばれていると聞いていたが。結局、その日は何も手につかず、呪いを解く方法を探す事はできなかった。
 翌日からは王子に書庫へ案内させ、呪いを解く方法を調べ始めた。急に毎日のように書庫へ籠る王子を女官達は不審がったが、退屈しのぎだという王子の言葉を信じたようだ。魔法による呪いは基本的にはかけた本人が解くか、そいつが死ぬかすれば解ける。しかし私に呪いをかけた王が死んでも私はトカゲのままで、魔力もわずかしか戻らない。術者本人が死んでも解けないような呪いのかけ方があるなら、解呪にも何かしら別の方法があるはずだ。人間と魔女の魔法は原理が異なるから、同族に助けを求める事も出来ない。この王子を利用するしかないのだ。そうして調べものを続けていたある日、いつものように王子の隣で書物に目を通していると、王子がふいに私に問いかけた。
「ねぇ、君がトカゲにされちゃったのって、どのくらい前の事なの?」
「あれは今から50年ほど前の事です。」
「そうすると僕のお祖父様が王だった時かな。お祖父様は僕が生まれる前に亡くなってるからよく知らないけど、その頃の記録を調べてみようよ。」
それはまずい。私の嘘が露呈する。
「それはどうでしょう。王が女官と恋愛関係に陥ったとなれば、王家の醜聞になりますからね。そんな記録を残すでしょうか? おそらくもみ消されているのではないかと思います。」
「それもそうか……。」
あっさり納得してくれて安堵し、同時にある疑問が浮かんだ。あの王の孫でありこんなにも強い魔力を持っていながら、王子は魔法の事を何も知らないのだろうか。今も初歩的な魔法の知識を綴った書物を感心しながら読んでいる。
「あの、恐れながら伺いたいのですけど、王家の方々は人間の魔法使いの中では、かなり強い魔力をお持ちだと伺いました。あの時の王様も王妃様も優秀な魔法使いでした。そのお孫さんでいらっしゃるテミオス様は、どのくらい魔法をご存知なのですか?」
「あぁ、うん……。」
表情を曇らせる王子に首を傾げる。一目で解るほどの強い魔力を持っていながら、魔法について何も知らないなんてありえないと思うのだが。見上げる私を王子は沈んだ顔で見つめ返す。
「僕の身体が弱いって話はしたよね。これは母上ゆずりらしいんだ。母上も身体が弱くて、でも無理して僕を生んで、すぐに亡くなったそうだ。父上はその事で僕を恨んでる。僕が母上を殺したんだって。」
「そんな!」
思わず本気で驚いた。何て愚かな考えだ。
「父上は母上をとても愛していたそうだから、母上を失ってショックだったんだろうね。僕を母上の忘れ形見だとは考えられなかったみたい。それに僕も身体が弱くて王様になる歳まで生きられないだろうって言われてる。だから父上は僕を嫌ってるし、僕を次の王様にしようなんて考えてないんだ。」
自嘲しながら王子は小さく首を振る。
「だから、僕は何も教わってない。魔法の事も、この国の事も、なぁんにも。読み書きくらいは乳母に教わったけどね。身体が弱いから外にも行けないし、僕はいないも同然なんだ。」
何と言っていいか解らず、呆けたように王子を見上げる。
「ごめんね、すぐに君の力になれなくて。」
「テミオス様が謝る必要ありません。それに、テミオス様は私の友達です。いないも同然なんかじゃありません。」
自分で自分が何を言ってるのか解らなかったが、自然とそんな言葉が出た。
「ありがとう。」
嬉しそうに笑った王子に気まずい想いになる。私の本当の企みを知ったら、王子はどんな顔をするだろうか。いやいや、情を寄せてはいけない。私は一生トカゲのままでいる気はないぞ。
「ごめんね、中断しちゃって。」
「いえ、辛いお話をさせてしまってごめんなさい。」
「いいんだ、いずれは聞いてもらいたかった話だし、聞いてもらえてちょっとすっきりしたよ。ありがとう。」
書物に視線を戻した王子に胸の内で呟く。――嘘を吐いていてすまない。――

 数日後。王子は高熱を出し寝込んだ。女官達が付きっきりで部屋にいて居場所がないのでそっと部屋を出た。城仕えの者や他の王族に密かに近付き、何か役に立つ情報はないかと会話に聞き耳を立てる。すると最近、見慣れぬ魔法使いの男が城に出入りしているという話を聞いた。女官達によればそいつは王が直々に呼び立てたらしい。そいつは王以外には仮面で顔を隠しているそうで、その怪し気な風貌に「人間ではないのかも」「良くない事が起きなければいいが」と女官達は不安がっている。よし、そいつを探してみよう。更に聞き耳を立てると、折よく今日、王に呼ばれているらしい。王の自室や執務室の周辺は常に兵士が見張っていてトカゲの姿でも近付けない。城の玄関でそいつが来るのを待とう。やがて兵士に先導され、フードを目深に被った人物が目の前を通り過ぎた。物陰に隠れ観察する。間違いない、あれは人間ではなく私達と同族だ。姿かたちは人間そっくりだが、不老不死で中身もまるで違う。なぜ王は職業としての魔法使いではなく、種族としての魔法使いを呼び立てたのだろう? ほどなくして王の用事が済んだようで、今度はそいつ1人で歩いて来る。辺りに人の気配が無い事を確認し、城を出ようとするそいつを呼び止めた。
「おい、そこの魔法使い。」
そいつはどこから呼ばれたのか解らぬ様子できょろきょろしていたが、私が服の裾を噛んで引っ張るとようやく私に気付く。じっと私を見るとプッと吹き出した。
「何かと思えば、王国簒奪に失敗してトカゲにされた憐れな魔女じゃないか。」
私は同族にそんな風に噂されていたのか。屈辱と羞恥に震える私にそいつは屈みこんで顔を近付ける。
「無様なトカゲが俺に何の用だ?」
怒りに震えるのを堪えそいつを見上げる。
「あんたは何をしにここへ来た?」
「俺はお前と違って王から直々にお招きを頂いたのだ。」
「王は何の用であんたを呼んだ?」
「口外無用との厳命だ。が、俺はこの国がどうなろうと知ったこっちゃないからなぁ。」
口の端を釣り上げ品のない笑みを浮かべる。
「知りたいのか?」
無言で頷くとそいつは品の無い笑みを浮かべたまま「外で話そう」と言い私をつまみ上げる。城門を出て聞いた話は私の想像を越えていた。
「王は病弱な息子を殺して、甥にあたる王子を次期国王にするつもりだ。」
「何だと?」
「息子を生んだせいで妻が死んだそうだな。人間ってのはよく解らんよな。実の息子から王位継承権をはく奪するだけじゃ飽き足りないらしい。ま、お陰様で俺は高額な報酬を受け取ったけどな。」
「王はあんたに何を依頼したんだ?」
そいつはフードに手をかけ笑った。
「それは俺の顔を見れば解るんじゃないか? 俺も結構、有名人だぜ。」
フードと仮面を外し露わになった男の顔にハッとする。
「お前、『毒薬師』じゃないか!」
「そういう事。」
毒薬の調合の専門家、中でもこいつの作る毒薬は聞き始めるタイミングから効果まで、確実に狙った通りの殺し方が出来るという。急いで戻ってあいつに知らせなくては。だが城から離れてしまった今、また結界に弾かれてしまう。
「頼む、私を城へ連れて行ってくれ。」
「何でだよ? お前だって王子がいなくなれば好都合なんじゃないのか? 今はまだ病弱な王子が次期国王候補だぞ?」
「私が元の姿に戻るのにあいつの力が必要なんだ!」
「ホントにそれだけか? ま、俺には関係ないね。」
私を道端へ放り投げるとそいつは足早に行ってしまった。まずい、王子を殺されるわけにはいかない。城へ向かって精一杯の速度で走る。城門を抜け城へ近づくと、空いている窓から飛び込んだ。
「痛っ!」
窓の隙間に稲妻が走り私の侵入を阻止する。地面に叩き付けられ全身に痛みが走る。悪態を吐きながら城壁を見上げた。王子の部屋はどこだったか。石造りの壁ならよじ登っていけるだろう。王子の部屋まで登って行き、窓から中に入れてもらおう。王子の手で部屋に入るなら結界に阻まれる事はない。だが今、王子の部屋には女官が付きっきりで看病している。果たして他の者に気付かれず王子を呼べるだろうか。王が毒薬を手に入れ病弱な王子を殺そうとしている。今王子は熱を出し寝込んでいる。最悪なタイミングだ。いや、もしかしたらこの熱も毒薬のせいかもしれない。考えてる暇は無い。王子の部屋の下まで走り、壁をよじ登る。意外と簡単に登れて、初めてトカゲの身体で良かったと思った。壁を登っている間、毒薬師の言葉が蘇る。「ホントにそれだけか?」あぁ、それだけだ。あれほどの魔力を持った人間はそうそう現れないだろう。「父上は僕を嫌ってる」「僕はいないも同然なんだ」王子の自嘲と悲し気な目がちらつく。あぁ、もう、そんなんじゃないってば。私はあいつを利用しているだけなんだ。元の姿に戻って力を完全に取り戻したら、愚かな王はもちろん、王子も殺して私が王国を支配するのだ。王子の部屋まで登ると窓から中を覗きこむ。王子は眠っているようで、額のタオルを取り替えた女官が静かに部屋を出て行くところだった。ベッドのサイドテーブルに薬と水差しが置かれているのが見える。あれは毒薬師が王に渡した毒だろうか。
「テミオス様!」
窓ガラスをつつき王子を呼ぶ。眠りは浅かったようで、何度か呼んでいると私に気が付いたようだ。微笑を浮かべて窓を開ける。
「良かった、どこに行っちゃったかと思った。」
私を手のひらに乗せベッドに戻る。間に合ったかと安堵していると、王子は壁の時計を見上げ呟いた。
「あぁ、薬の時間だ。」
サイドテーブルに置かれた薬に手を伸ばす。薬からは嫌な気配が溢れていて、毒薬師が調合したものだと確信した。こんなにも解りやすく禍々しい気配に王子はなぜ気付かないのか。
「飲むな、それは毒だ!」
思わず叫んで手から薬を叩き落とした。粉末状の薬が床に散った。不思議そうな顔で私を見る王子に訴える。
「王はテミオス様を殺そうとしています。私は見たのです。王が怪しい薬師に毒薬を作らせているのを。」
水差しをサイドテーブルに戻し、王子は小さく笑った。
「知ってるよ。」
「え?」
思いがけない返答に困惑する。
「全部知ってる。父上が僕に毒を盛ってる事も、君の本当の目的もね。」
「……っ!?」
言葉にならない声を発し硬直する私に、王子は悲し気に笑った。
「僕はそんなに子供でもばかでもないよ。初めからおかしいなって思ってた。最初に会った時、君は何て言ったか覚えてる? 『お優しい王子様』って言ったよね。あの時僕は寝間着を全部汚してしまっていて、乳母の息子から寝間着を借りていたんだ。麻の寝間着を着た子供がどうして王子だなんて解ったの?」
うかつだった。王子は穏やかな目で私を見つめ話し続ける。
「君はお祖父様の命を狙って失敗し、トカゲにされてしまったんだろう? 元の姿に戻って力を取り戻したら、僕を殺す?」
「……出来ない。」
うなだれて首を振った。王子の境遇を知り、当初の目的なんてすっ飛んでしまった。俯く私の背に王子はそっと触れた。小さな温かい指だ。
「そう言うのも解ってた。」
見上げると王子は嬉しそうに私を見つめている。
「お祖父様と君の事を調べた時、父上と僕にも呪いを解く鍵になる術が引き継がれているのが解ったんだ。君は根っからの悪人じゃないって、お祖父様も気が付いていたんだろうね。」
「嘘をついていて、すまなかった。」
もうかわい子ぶる必要も無い。謝罪する私に王子は笑いながら首を振った。
「僕も、騙されたふりを続けててごめんね。」
「あぁ、すっかり騙せていると思っていたよ。」
視線をかわし笑い合うと表情を引き締める。トカゲの顔でどれほど変化があったか解らないが。
「私の事はもういいんだ。呪いを解く方法はあるって解った、それだけでいい。ありがとう。」
「元の姿に戻らなくていいの?」
「あぁ。不遇なお前を殺そうなどと企んだ私自身への罰だ。それに……。」
「それに?」
「私がこんな事を言うのは許されないと解っている。だが、それでも言わせてほしい。お前と友人になりたい。元の姿に戻ってしまったら、ここにいられなくなる。」
一瞬、驚きの表情を浮かべ、王子は嬉しそうに笑った。
「何言ってるの、僕達とっくに友達じゃないか!」
視界が霞む。泣いてなんかいないぞ。
「じゃあ、君の本当の名前を教えて。」
「そこまでお見通しか。」
完敗だ。だが悪い気はしない。
「私の本当の名は、ベレアデスだ。」
友人というのはここにいる為の口実だが、テミオスの言葉は素直に嬉しかった。テミオスは良き王になるだろう。それまで私が守る。私の贖罪と、友情の証に。


                       END


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