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『雷雨の秘密』



 遥か高い雲の上の国では、次の世代を担う雷神の子供達が雨雲作りの練習に励んでいました。灰色の小さな雲をこねるとやがて大きな雨雲になっていきます。そこへ雷神の力を加えると微かな電撃が雨雲を走り、足元に用意した練習用の地面に雷を落とし同時に雨を降らすのです。大人の雷神になる為に必要な力です。多くの子供達が雨雲から雷を落とす事に成功する中、何度やっても上手くいかない子がいました。その子の作る雷は、ぽすっと間の抜けた音を立てて白い煙になり消えてしまいます。他の子供達に笑われながら、その子は何度も練習を繰り返しました。
「どうして上手くいかないんだろう? 僕には才能がないのかな。このまま大人になっちゃったらどうしよう。」
不安そうなその子を大人達は優しく見守ります。
「出来ないまま大人になった雷神はいない。出来ると信じて練習するんだ。」
「大きな雷を一つ落とすのが得意なのもいれば、小さなものをいくつも落とすのを得意としているのもいる。焦らずに自分の力に合った雷の作り方を模索しなさい。」
大人達の言葉に頷きながらも、不安は募る一方です。このままでは国にいられなくなるかもしれない、追い出される事はなくても居心地は悪いに違いないと思い悩み続けていました。
ある日、子供は雨雲を用意している大人の雷神を見つめていました。地上では田んぼの稲が青々と風に揺られているのが見えます。子供が見つめている事に気づき、雷神は声をかけました。
「何だ? 何か用か?」
「あ、あの、邪魔しちゃってごめんなさい。どうしたら上手く雷を作れるのか知りたくて見ていたんです。」
しどろもどろに答える子供に雷神は頷きました。
「そうか。だったら、俺ばかりみていないで地上の様子も一緒に見てみるといい。」
「は、はい。」
神妙な表情で頷いて子供は地上を見下ろします。陽射しが陰り地上はみるみるうちに雨雲に覆われていきました。人間達が慌てて農具を片付けたり家畜を小屋へ移動させたりしているのが見えます。やがて雷神が用意した雨雲から大粒の雨と大きな雷が落ちました。人間の悲鳴も聞こえてきます。雷神が放った雷は村の大きな木に落ち、木は一瞬で焼け焦げ真っ二つに裂けて倒れました。やがて雨が弱まると外の様子を伺いに人間達が出てきます。倒れた木を見つけ嘆く人間達を見て、子供は雷神に尋ねます。
「雷をどこへ落とすかって、コントロール出来るんですか?」
「いや、放った雷がどこへ向かうかは大気の状態や地上の起伏なんかに左右される。正確に狙った場所へ落とす事は出来ない。落ちた場所によっては火災が起きたり、生き物が死んだりする事もある。」
「そんな!!」
「怖くなったか?」
俯いた子供を雷神は見据えます。
「それが我々の力であり役割だ。地上に雷雨をもたらすのはそれほど大きな意味がある。」
「でも、雷のせいで生き物が死んじゃうなんて。」
怯えた表情の子供に雷神は考えました。このままではこの子はずっと力を上手く使えないままになってしまいます。
「お前は雷の発生練習と同時に地上の事を勉強するといいだろう。自然の理や、地上の生き物が我々をどう思っているか知れば、おのずと力の使い方も解ってくる。」
「は、はい。ありがとうございます。」
おずおずと一礼して去っていく子供の背中を見て雷神は呟きました。
「優しいんだか甘いんだか。あんな奴初めてだ。」
その日からその子は雷の練習の合間に地上について熱心に勉強しました。そして雷を恐れないでほしいと願います。そんなある日、雲の端から地上を見ていた子供は足を滑らせ地上へ落ちてしまったのです。落ちた先は、あの日見た村でした。どうやって帰ったらいいのか、途方に暮れながら歩いていると、雷神の雷で真っ二つになった木の前に来ていました。焦げた木は、大切に扱われていた事を思わせるように白い紙と綱で囲われています。きっと雷が落ちた事を恨んでいるに違いないと、空から落ちてしまった事も忘れ子供は悲しい気持ちでじっと木を見つめていました。
「そんなにご神木が珍しいかね?」
不意にかけられた声に驚いて振り向くと、年老いた人間の男性が話しかけてきていました。姿を消すのを忘れていた事に慌てましたが、男性は気にした様子もなく話を続けてきます。
「先の雨の日にここへ雷様が来なさったんじゃ。」
穏やかな口調の男性に子供は問いかけます。
「こんなに大きな木がこんな風になって、怖くなかったですか?」
男性は大きくゆっくりと頷きました。
「そらぁ、怖いさ。神様がなさる事に人間は畏れ、感謝するんじゃよ。」
「感謝?」
不思議そうな子供に男性は笑います。
「そうとも。神様が雨を降らせて下さるから稲が育つし土地も潤う。人間にはどうあがいても動かせない空や山、海を操られる神様方に畏れと尊敬の念を抱くのじゃ。」
それに、と嬉しそうに微笑み男性は言葉を続けました。
「今年は雷様が多くいらっしゃるから、豊作に違いないと皆喜んでおる。」
初めて聞く話に子供は驚いて首を傾げます。
「そうなんですか?」
「おぉ、そうとも。雷が多く落ちる年はたいてい豊作になる。きっと雷様が稲妻を通じて天の肥やしを地上へ恵んで下さっているのじゃろう。」
「でも、この木がこんなになっちゃって、大事な木だったんじゃないですか?」
男性は倒れた木へ視線を移して目を細めます。その表情はやっぱり穏やかでした。
「この木がいつからご神木と呼ばれているのかは儂にもわからん。それくらい昔からこの地に生えていたんじゃ。この木があったお陰で、雷様はここへいらっしゃり、周りの田畑や家が焼けるのを防がれたのじゃ。神様方はご自身の大きなお力が地上へ害を及ぼさないよう、きちんと考えて下さっているのじゃろう。」
「じゃあ、雷って怖がられているだけじゃないんですね。」
「もちろんだとも。お怒りを買わぬ限り神様方は我らを守って下さる存在。お前さんも感謝と敬意を忘れずに過ごすのじゃぞ。」
「はい! 貴重なお話をありがとうございました。」
嬉しそうに頷くと子供は男性にお礼を言いました。自分達のしている事が感謝されていると知って気持ちが軽くなって、力の使い方が少し解ったような気がしました。
その頃、子供が地上へ落ちた事を知った雷神達は大慌てで子供を探していました。地上から子供の気配を見つけた雷神は急いで迎えに降りていきます。見つけたらうんと叱ってやらなくてはと考えていた雷神ですが、帰り道に興奮気味に喋る子供が明るく力強い表情をしていて、いつもの自信無さそうにおどおどした様子がすっかり無くなっているのを目にします。きっとこの子が地上に落ちて何かを見聞きする事は必然だったのだと思いお咎めは無しにして、今後足元には充分気を付けるようにと注意するに留めておきました。

 それから幾らかの時が流れて、子供達は雷神見習いとして大人の下で働くようになりました。もちろん、上手く雷を作れなかったあの子も一緒です。今ではちゃんと雨雲を作って小さな稲妻を作れるようにもなりました。ある日、師事する雷神から籠の中に雨雲を作っておくように言われた彼は、張り切って空から材料を集めます。地上から昇ってくる風や水蒸気の中に、地上の生き物達からの感謝の念を感じて嬉しくなりました。夢中で材料を集め雨雲を練っていると、必要以上に大量の雨雲が出来てしまいました。籠から溢れ床も見えないくらい広がる雨雲。こんなに大量の雲から雨を降らせたら地上は大洪水になってしまいます。
「またやっちゃった! どうしよう、怒られる!」
実はもう何度やらかしたか解らない失敗です。作ってしまった雨雲を解体するのも至難の業。雷神が戻ってくるまでにあまり時間がありません。
「えぇい、しょうがない。」
彼は余った雨雲を出来るだけ小さくちぎりぽいっと遠くへ投げてしまいました。他の仕事を終えて戻ってきた雷神に素知らぬふりで籠を渡します。一緒に雷雨を降らせた後、雷神は彼をじろっと見据えます。
「最近地上で集中豪雨が増えて『ゲリラ雷雨』だなんて呼ばれているらしい。どこかで誰かが何かをやらかしているようだが?」
「うわぁあん、ごめんなさい!」
「お前は何度同じ失敗すれば気が済むんだ!!」

地上でゲリラ雷雨が降るのはこんな時なのかもしれません。
そして地上だけでなく、雲の上でもお説教の雷は落っことされているようです。


                   END


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