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『届かない魔法』


 あれは、嵐が去った朝のことだった。屋根の修復と散乱した枝や小石を片付けるため外へ出ると、家の近くの茂みに人影がふたつ倒れているのが見えた。近付いてみると気配から人間だとわかる。若い男女だ。髪から衣類からずぶ濡れで泥まみれになっている。あのひどい嵐の中を歩いていたのか? この森は魔女が棲む森――魔女とは無論、私のことだ――と恐れられ、人間が入り込んで来ることなど無い。この人間はなぜこんな所で倒れているのだろうか。旅の途中で嵐に遭い道に迷ったか。それにしたってこんな森の奥深くにまで来ないだろう。死んでいるなら街のそばまで運んでやろうかと考えさらに近付くと、ふたりともまだ息があった。なんて面倒臭い。このまま放置してもよかったのだが、倒れている女の方に魔力反応を感じもう一度女の方を観察する。間違いない、人間であるにもかかわらず魔力を体内に有している。どういうことだ? 男の方には魔力反応は見られない。
「仕方がない。」
庭の片付けのために出した台車にふたりを乗せて家の中へ運ぶ。使っていない部屋を簡単に掃除し暖炉に火を入れた。そのそばに毛布を広げふたりを寝かせる。深く眠っているようなのでしばらく放っておくことにした。庭の片づけを済ませ、屋根の修復箇所を確認し一旦部屋に戻る。ふたりの様子を見に行くと、男の方が目を覚まし部屋を見回していた。
「気が付いたか?」
「あの、ここはあなたの家ですか? あなたが僕達をここへ寝かせてくれたんですか?」
「あぁ、そうだ。庭に倒れていたからここへ運んできた。あの嵐の中を歩いていたのか?」
「えぇ。僕達はある人を探しているんです。この辺りに住んでいると聞いて来たんですが……。」
そう言って彼は迷うように視線を彷徨わせた後、背筋をまっすぐ伸ばして私を見つめた。
「僕達は、ある事情で魔女を探しているんです。この森の奥に魔女が住んでいると聞きました。もしかして、あなたがその魔女ですか?」
何と答えるか一瞬迷ったが、彼の真剣な眼差しに悪意は見られなかったから素直に頷くことにした。
「その通りだが、何か?」
すると彼は私の足元へ飛んできて、額を床へこすりつけるほどに頭を下げて叫んだ。
「お願いがあります! 彼女にかけられた呪いを解いて下さい!」
「呪い?」
女の方に感じた魔力反応はそれだったかと納得したが、今さら人間と関わり呪うような魔女なんていないだろうに、何があったのだろう。
「はい。半月ほど前に、彼女は魔女の怒りを買ってしまい、呪いをかけられたのです。このまま目を覚まさなければ、彼女は衰弱して死んでしまいます。どうか、助けて下さい!」
「今時、魔女は滅多なことでは人間とは関わらない。ずっと迫害され追い払われてきたからな。いったい魔女に何をしたんだ?」
「彼女は隣町へ買い出しに行った帰りに、遅くなったから近道をしようと森の中を通ったんです。そうして道を間違えてうっかり魔女の庭に入りこんでしまったそうなんです。もちろん謝ったんですが、怒った魔女は街まで彼女を追いかけてきて、僕の目の前で彼女に呪いをかけて眠らせたんです。」
その魔女が怒るのも無理はないと思った。人間達は天災や流行病を全て魔女のせいにし、憎んで追い払い迫害してきたのだ。だから関わらないようにしているのに、過失とはいえ住処に踏み込んで来られては腹も立つ。
「魔女はずっと人間から憎まれて酷い目に遭わされてきた。過失であっても、ようやく見つけた安息の場に踏み込まれてはそりゃ怒るだろう。」
「そうなんですね……。でも、あなたは僕達を見ても怒ったり追い出したりはしなかった。それどころかこうして助けてくれた。お願いです、彼女の呪いを解いて下さい!」
「私の庭で死なれちゃ面倒だと思っただけのことだ。それに、魔女の力はそれぞれ違う。かけた呪いはかけた本人でなきゃ解けないよ。私じゃなくてその魔女に頼んだらどうだ?」
「もちろん、頼みに行こうとしました。けど魔女の家にはもう誰もいなかったんです。」
「住処を知られたのが嫌で立ち去ったか。」
憔悴しきった顔をして彼は再び頭を下げた。
「ずっとその魔女を探しているんですが、手がかりが全くなくて途方にくれていたんです。どうか彼女を助けて下さい。」
「呪いをかけた本人が見つからないんならどうしようもない。諦めるんだな。」
「そんな……。」
彼は顔を上げ私の手を掴んだ。
「もうあなたしか頼れないんだ。あれから彼女はどんどんやつれていって、早く助けなきゃ死んでしまう、お願いします、どうか、どうか……!」
捕まれた手の冷たさと細さに、悲痛な声と眼差しに、もう人間とは関わるまいという決意が揺らいだ。彼の話を聞いてやりながら力を貸さないのであれば、最初から助けなければ良かったのだ。中途半端に放り出すのは気が引けた。かといって、私にできることなどあるだろうか。ため息を吐きながら答える。
「わかったよ。だけどさっきも言った通り、魔女の力はそれぞれ違うから私が呪いを解くことはできない。何とかできないか考えてみるが、期待はしないでくれ。」
「ありがとうございます……!」
ぼろぼろと泣きながら彼は私の手を握り倒れ込んだ。よほど疲弊していたのだろう。安心したのか眠り込んでしまった。魔女の噂を聞いては、眠り続ける彼女を抱えて旅をしてきたようだ。暖炉の傍で眠っている彼女は苦し気に眉を寄せている。華奢な体躯が、彼女が置かれた状況の悲愴さを際立たせていると言えなくもない。だが、痩せているとはいえ動かない人間を抱えて見知らぬ地を歩くのは過酷だろうに、嵐の中でも彼は私を訪ねてきた。何が彼をそこまでさせるのか。私にはわからなかった。彼が目を覚ましたら、もう少し詳しい話を聞いてみなくては。
それから二日ほど経った朝。暖かい部屋で眠って彼は少し体力を取り戻したようだ。簡単な朝食をとりながら、自分の名はジェス、彼女はエミリアだと言い自分達は婚約者なのだと語った。エミリアが魔女に呪われたことを知った双方の家族は、揃って婚約を破棄しようとしたそうだ。まぁ、無理もないだろう。しかしジェスはエミリアの呪いを解いてみせると息巻いて、眠り続けるエミリアを背負って街を飛び出したのだという。
「僕がエミリアから離れてしまったら、彼女は家族にも見放されてしまうでしょう。そんなことはさせられません。」
ジェスの予測はおそらく正しい。魔女と関わった人間が、魔女の仲間だとされて人間に暴行を受けたり、最悪の場合には処刑されたりしているのを何度も見てきた。魔女と疑われた子供が親に捨てられるところも見た。いったい何が人間をそこまでさせるのかはわからない。
「エミリアは、とても優しく素直な人です。他人の敷地に入って何かを盗んだり壊したり、まして住人を攻撃したりするようなことは絶対にありえません。でも、本当に道に迷っただけなのだと言っても、その魔女にはわかってもらえませんでした。」
ジェスは悲し気に目を伏せて申し訳なさそうに話し続けた。
「あなたの前でこんなこと言っちゃいけないんですが、でも魔女がエミリアに魔法をかけて呪った瞬間は、とても恐ろしかった。夕方の森で道に迷って、ほんの数分だけ魔女の家の庭にいただけなのに、どうして魔女は許してくれなかったんでしょう。」
「魔女は、人間から散々迫害されてきたからな。人間がかつて魔女にしてきた仕打ちの方がよほど恐ろしいぞ。警戒は充分にしておいて、し過ぎることはない。」
「そうなんですね……。」
深く息を吐くとジェスはゆっくりと顔を上げた。
「エミリアの呪いが解けたら、ふたりであの魔女を探してもう一度きちんと謝ろうと思います。不快な思いをさせてしまったのは間違いないですから。」
その行為に意味があるかどうかわからないが、ジェスがそうするべきだと考えたのなら私がとやかく言う必要はないだろう。そうだな、と軽く頷き立ち上がる。
「じゃあ、その呪いを解く方法を探してみよう。」
「よろしくお願いします。」
「では、まず彼女の容態を見させてもらおう。」
頷いて立ち上がったジェスと共にエミリアの傍に寄る。やはり彼女の体内に魔力を感じる。それもかなり強い力だ。
「呪いをかけた時、その魔女は何か言っていたか?」
「縄張りへの侵入は万死に値する、と言っていました。二度と動けぬ身のまま死ぬがいい、とも。」
「そうか……。」
エミリアの身体に手をかざしてみる。埋め込まれた魔力が、彼女の生命力をじわじわと奪っているのが見て取れた。治癒魔法をかけてみたが、私の魔法は内側から阻まれ届かない。
「手強いな。」
首を振り立ち上がるとジェスは不安そうな目を向けてくる。
「彼女は、助かりそうですか?」
「わからない。どうにかできないか調べてみる。」
「よろしくお願いします。何か手伝うことはありますか?」
「いや、あんたは彼女のそばにいてやれ。」
「わかりました。朝食、ごちそうさまでした。食器洗って片付けておきますよ。家に置いてもらうのですから、家事や炊事をさせて下さい。」
「じゃあ頼もうか。キッチンは向こうだ。適当にしまっておいてくれればいい。腹が減ったら、奥に貯蔵庫があるから好きに調理して食べてくれてかまわない。私は自室で調査にかかるとしよう。何かあったら呼んでくれ。」
「はい、よろしくお願いします。」
ジェスをキッチンへ案内し自室に戻る。積み上げられた古い書物やメモを眺めながら、面倒なことになったなと呟く。だが、悪い気はしない。ジェスの邪気の無い目に見つめられると、力になってやろうという気が沸いてくるから不思議だ。誰かに必要とされたことなど無かったのだから。もっと若い頃は、人間のために魔法を使ってやれば受け入れられるんじゃないかと思っていた。だがそんなものは青臭い綺麗事だとわかってからは、魔法は自分のためだけに使ってきた。基本的に魔女はひとりで生きるものだ。親兄弟と呼ぶ存在もあるにはあるが、一人前と認められた時点で独り立ちし、それ以降は連絡を取り合うこともない。魔女同士で横のつながりを持っているものもいない。助け合うとか、知恵を借りるなどといったことは魔女の人生には無いのだ。困難な状況に陥っても、自力で打開しなければならない。蓄えてきた知識や鍛錬してきた魔力が、ジェス達の役に立てばいいのだが。つらつらとそんなことを考えながら魔法攻撃、呪い、そんな単語が載っている書物を一つ一つ開いて目を通していく。昔、各地を旅して集めたものや、研究し自分でまとめたものでかなりの量になる。他者を魔法で攻撃したり呪ったりするにも、それぞれの魔女が持つ魔法の特性や得手不得手によって様々なやり方がある。相手の身体に直接ダメージを与えたり、体内の機能にダメージを与えたりすることもある。この場合、大怪我をして意識を失っているのと同じような状態といえる。魔法攻撃を受けるから、人間から見れば呪いをかけられたように見えるだろう。だがエミリアの場合は体内に直接魔力を埋め込まれている。直接的なダメージであれば治癒術を施し回復を促すことができる。魔法によるダメージは回復に時間がかかるが、他の魔女でも対処できないことはない。だが、魔力を体内に埋め込み呪いの術をかけたのであれば、やはりかけた本人にしか解呪することはできない。やはり無理なのか。だがしばらく書物を漁っていて思いついたことがある。呪いを解くのではなく、逆の効果を持つ魔法をより強い力で重ねがけすることで対処できないだろうか。覚醒を促し、生命力を回復させる類の魔法を編み出し施せばいいのではないか。とはいえ、かなり強い呪いの魔法だ。私にそれを上回る魔法が扱えるだろうか。それに、人間の身体が二重の魔法に耐えられる保証もない。ましてエミリアは半月も眠っていて衰弱している。まずは彼女の体力を取り戻すのが先決か。しかしそれには目を覚まさせなくてはならない。どうしたものか。考え込んでいるとノックの音と共にジェスが顔を覗かせた。
「晩ご飯、作りました。良かったら食べて下さい。」
「あぁ、すまない。もうそんな時間か。」
いくつかの皿を空いている卓に置きながらジェスは心配そうに私を見つめた。
「えぇ。あの、僕が言うのもなんですが、休息も取って下さいね。」
いつの間にか外は暗くなっていた。頷いて皿に手を伸ばす。干し肉に香草をまぶして焼いたものが、いかにも美味そうな湯気と良い香りを立てている。
「美味いな。」
思わず出た言葉にジェスはなぜか嬉しそうに顔をほころばせた。
「気に入ってもらえて良かった。」
「私が飯を気に入るかどうかがそんなに重要か?」
よくわからずに問うとジェスは微笑みながら首を振った。
「単純に、自分の料理をあなたに褒めてもらえたのが嬉しいんです。」
私が料理を褒めることが、どうしてジェスにとって喜ばしいことなのかはやはりよくわからない。だが、ジェスが嬉しそうにしているのを見るのは悪くないと思った。
「あの、僕もご一緒していいですか?」
「あぁ、かまわないよ。あんたも疲れているだろう。しっかり食べて、私の心配より自分の身を心配しろ。」
「ありがとうございます。あなたは、優しいんですね。」
私が、優しい? 初めて向けられた言葉に戸惑う。ふんわりと微笑み食事を始めるジェス。誰かと共に食事を取るのも、存外悪くない。
 それから数日が過ぎた。自室にこもって調べものをし、ジェスと共に食事を取る、そんな日々が続いていたある朝。エミリアの容態に変化がないかどうか見せてもらおうと、彼らの部屋に向かった。廊下から覗くと、ジェスは眠るエミリアを抱き起こし少しずつ水を飲ませているところだった。エミリアの背に添えられたジェスの腕、悲痛さと愛しさの入り混じった眼差し、目を覚まさないエミリアの痩せた頬。窓から射す柔らかい光が相まって、それは何とも神聖な光景に映った。水を飲ませることができるのであれば、大きな変化は無いのだろう。そう判断し、声をかけるのは止めた。なぜかふいに胸が痛んだ。この痛みは何だろう。あの日から数日、ジェスと交わした言葉はそれほど多くない。だがそのわずかな言葉は、私の胸に深くしみわたっていた。私はジェスを気に入っていた。この感情を何と呼ぶのか、知らない。

 それから更に数日。
「この魔法ならいけるかもしれない。」
研究の末に編み出した魔法の効果を計算しながら呟く。まずエミリアの身体に埋め込まれた魔力を私の魔力で覆い、力を発揮するのを防ぐ。そうして彼女の自然治癒力を魔法で高め、回復を少しずつ促す。彼女自身の体力が戻った所へ、呪いの魔力を完全に封じ込める。エミリアの体内から魔力を無くすことは不可能だが、封印することならできるかもしれない。最初の段階が肝心だ。私の力で、呪いの魔力を抑えることができるだろうか。ジェスのもとへ向かい、この方法でやってみると伝えると、彼は深々と頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
「言っておくが、成功するかどうかはやってみないとわからない。」
「えぇ。無理をお願いしているのは承知です。上手く行かなかったとしても、後悔はしません。」
ジェスの真摯な眼差しに頷き返し、横たわるエミリアの傍に座る。エミリアの胸元に魔力反応を確認すると、両手をかざし魔力の活動を抑える魔法を発動させた。淡い光が発生しエミリアの体内に吸い込まれて行く。ジェスが緊張したように身体をこわばらせたのを背中に感じながら、魔力を送り続ける。呪いの魔力が、私の魔法を阻む方へ力を注ぎ始める。人間め、許さない許さない許さない、魔女の呪詛の声が頭の中に響く。押し返される力に耐えながらエミリアの様子を見る。苦しそうに歪んでいた表情が少しだけ穏やかになっているように見える。いけるだろうか。自然治癒力を高める術のタイミングを計る。まだだ、まだ呪いの魔力は完全に私の方を向いていない。さぁ、こっちを見るんだよ。力を高める。呪いの魔力を抑え続けながら、次の魔法を発動する。エミリアの頬に血の気がさし始める。押し返される魔力に腕が震える。ふたつの魔法を同時に操るのは容易ではない。額に汗が滲み始める。ここで手を放してはいけない。あんたも頑張れ、エミリアにそう念じながら魔法を送り続ける。その時、ふいに微かな声がした。
「ジェ……ス……?」
「エミリア!」
エミリアは視線を彷徨わせてジェスの姿を見つけると、安心したように微笑んだ。
「エミリア、良かった。」
泣きそうな声で呟きエミリアに歩み寄ろうとするジェスを彼女は必死に制した。
「来ちゃ駄目!」
そう言うと彼女はゆっくりと私に視線を移す。
「ずっと、意識の奥で、聞いていました。ありがとうございます。でも……もう駄目です。あの魔女は、私を絶対に、許さない。」
「何を言う! こんな目に遭うほどのことじゃない!」
「これ以上はあなたに危険が及びます、だから……」
エミリアは私の手に手を添えた。
「魔女が来る……! 離れて下さい……!」
怯えた目を天井に向け、エミリアは私の手を振り払った。魔法が中断され火花が飛び散る。その瞬間、私にもはっきりとその魔女の姿が見えた。深い怒りと憎しみを湛えたその姿は、同族でありながら恐ろしさを感じた。
「エミリア!」
ジェスの悲鳴のような声を聞きながら、私の意識は途絶えた。

「すまない、力になれなかった。」
「そんな顔をしないで下さい。あなたは無理なお願いを受け入れてくれて、自分が倒れるまで力を尽くしてくれました。感謝しています。」
あの後、私は力を使い果たし昏倒してしまったらしい。あの魔女の姿は消え、エミリアを救うことはできなかった。私のジェスへの感情が、失敗を招いたのではないか、エミリアの死を、私が早めてしまったのではないか。目が覚めて真っ先にジェスに詫びた。泣きはらした目をしたジェスは、それでも私に感謝していると言って微笑んだ。故郷に帰ってエミリアを弔うと言うので、彼女の亡骸の腐敗をそれまで遅らせるよう魔法を施した。こんなことしかしてあげられないのが悔しかった。私のせいだと何度も詫びる私に、ジェスは首を振った。
「あなたのせいじゃありません。自分を責めないで下さい。巡り合わせが悪かったんです。」
そう言ってジェスは私の頬に指をそえる。私は初めて自分が泣いていることに気付いた。
「あなたに会えて良かったと思ってます。そうでなければ、僕は立ち直れずにずっと魔女を憎み続けていたでしょう。それは悲しいことです。」
では、とジェスは微笑んだ。
「そろそろ行きますね。これ以上いたら、あなたとの別れが惜しくなってしまいます。」
どうしてこんなにも綺麗に笑えるのだろう。どうしてこんなにも純粋な者が報われないのだろう。そんな私のもやもやした想いを払うように、ジェスは私の手をそっと握った。
「短い間でしたが、お世話になりました。あなたのことは忘れません。ありがとうございました。」
歩き出す彼の背に、何も言えずただただ泣いた。想いも魔法も救いには届かなかった。それでも胸の内には温かいものが満ちていた。誰かのために尽くすということが、誰かを想うということが、どういうことなのか。少しだけわかった気がした。


                  END


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