『Forsake』


――私の決断が罪だというのなら、私は信仰を捨てても構いません――

 私は聖職者を育成する学校を卒業し、ある街の教会で見習いとして日々のお勤めに励んでいました。私を導いて下さる神父クロノンス様は、優しく高潔な素晴らしい方です。私もあの方のような立派な神父になりたいと思っていました。教会での仕事は日々のお祈り、礼拝にいらした方とのお話、清掃にお庭の手入れなど多岐に渡ります。そして日々のお勤めに加え、この教会ではクロノンス様が中心となって、孤児達を保護し養育する施設を運営しており、そのお手伝いも大切な仕事です。教会が独自にこのような施設を運営するのは極めて稀な事、やはりクロノンス様は尊敬すべき方です。孤児達の中には、吸血鬼の襲撃によって親を亡くした子も多くいます。人間を捕食の対象とし戯れに襲って血を啜るなどと、やはり吸血鬼は神々に背く悪しき存在であり、駆逐するべきなのだと、その時までは強くそう思っていました。

 ある日、私は吸血鬼ハンターの仕事に同行することになりました。街の近くにある森に吸血鬼が隠れ住んでいるとの情報を得て、ハンター達が殲滅に向かうのです。私の仕事は彼らの任務が終わった後、吸血鬼に穢された地を浄化することでした。街の吸血鬼ハンター協会で、同行するハンターの方々を紹介されました。始め私は彼らを正義の使者だと思っていたのです。しかし、対面した3人のハンター達の目つきや仕草、話し方は粗暴で品位に欠けており、悪しき吸血鬼を倒すという使命感は微塵も感じられませんでした。この人達にそんな大事な使命を任せて本当に良いのだろうかと、若輩者ながら不安に思ったものでした。私の不安をよそに、ハンターと私を乗せた馬車は吸血鬼が隠れ住むという森へ向かいます。第一印象が悪かったせいか、銀の杭や銃弾など道具を確認する彼らの目は凶悪なものに映りました。それでも、吸血鬼を狩るという危険な任務を率先して行ってくれることに感謝せねばと思い直し、沸き上がる不安や不快感を抑えていたのです。森の傍で馬車は止まり、ここからは歩いて森の奥へ向かいます。鬱蒼と樹々が茂った森の中は昼でも薄暗く、悪しき存在が身を潜めるにはちょうど良さそうな場所です。しばらく進むと、陽の光が射す少し開けた場所へ出ました。奥には丸太でできた小さな家が見えます。ここが吸血鬼の隠れ家なのでしょう。動く者の気配は感じられませんでした。私達の潜入に気付かれたのでしょうか。もう少し様子を窺おうとした私を尻目に、ハンター達は武器を構えました。
「邪魔だからあんたはその辺に隠れてな。」
私にそう言い放つと、ハンター達は奥の家へ走り扉を蹴破ったのです。相手は吸血鬼とはいえ何と野蛮なのでしょう。それに、この静けさが罠かもしれないとは考えないのでしょうか。戸惑いと憤りを感じながら木陰で様子を窺っていると、程なくして男の叫び声と若い女性のものらしい悲鳴が聞こえてきました。続けて子供が泣く声もしてきます。悲鳴には心からの恐怖を感じ、私は戸惑いました。人間を恐れさせてきた吸血鬼が、ハンターに対しこんな悲鳴を上げるのでしょうか。そして泣いている子供の身には何が起きているのでしょう。教会の子供達の顔が浮かび、心配になって家に近づきました。すると窓から幼子を抱えた女性が飛び出してきます。視線が合い、彼女は驚きの声を上げて足を止めました。
「神父様!? これはやはり罰なのですか!」
転びそうになった彼女を抱きとめると、彼女の背は赤く濡れていました。ハンターにやられたのでしょうか。それにしてはおかしい。吸血鬼の身体に血は流れていないはず。軽い傷ならば即座に癒え、致命傷であればその身体は灰となって朽ちる、こんな風に血を流し続けることはあり得ないのでは。困惑しながらも、私は咄嗟に彼女と子供をハンターから隠した方がいいと判断し、木陰へ連れて行きました。手当をしなくてはと彼女達を座らせると、彼女は苦し気な息を漏らしながら私の腕を掴みました。
「吸血鬼と、愛し合ったことが、罪だというのなら、その罰は、私が受けましょう。この子には、何の罪もありません。神父様、どうか、この子だけは……。」
そう言って、彼女はこと切れてしまいました。背中の傷は深く、手の施しようがありませんでした。この女性は人間で、吸血鬼と愛し合っていた?
「おかあさん……?」
子供は不安いっぱいの顔で倒れた女性と私を交互に見つめています。歳は3歳くらいでしょうか、目の前で起きたことを理解するにはまだ幼いでしょう。
「女とガキが逃げたぞ!」
「探してどっちも殺しちまえ!」
「全員吸血鬼だったって言っときゃお咎めなしだからな!」
ハンター達の声が奥の方から響いてきます。その声は、凶暴さと狩りへの愉悦に満ちていて私は衝撃を受けました。彼らはやはり生命を軽んじる野蛮人です。彼らの任務はあくまでも吸血鬼の殲滅、吸血鬼と交流を持っていたとはいえ、その人間の生命まで奪う必要があるのでしょうか。目の前で両親を奪われた幼い子供。大儀など無く、無差別に生命を奪うことに愉悦を感じる者。人間を襲って血を啜った吸血鬼と、このハンターにどんな違いがあるでしょうか。これはハンター協会にも報告すべきでしょう。吸血鬼に襲われて親を亡くした子と同様に、人間に襲われて親を亡くしたこの子を守らなくては。この子の血筋など関係ありません。私を見上げたその子に、怖がらせないよう優しく声をかけました。
「君のことは私が守ります。君のお母さんと約束しましたからね。だから、私がここへ戻るまで声を出さないで、目を閉じてじっとしていて下さい。」
凶暴なハンターと一緒に現れた私を信じてくれるでしょうか。お願いします、頭を下げると子供は恐る恐る頷き、両手で目を覆って母親の亡骸の傍にうずくまりました。私は2人を探すハンターへ駆け寄りました。
「女性と子供は、向こうで亡くなっているのを確認しました。」
2人がいるのとは違う方向を指さして告げると、ハンターはつまらなさそうな息を吐きました。
「ちぇっ、俺がとどめ刺したかったのに。」
「じゃあ俺らは引き上げるから、浄化とやらはよろしく。」
私に街まで歩いて帰れというのでしょうか。でも一刻も早く彼らと離れたかったのでまぁいいでしょう。彼らの姿が完全に見えなくなり声も聞こえなくなるまで待ち、私は子供のところへ駆け寄りました。
「もう大丈夫ですよ。恐ろしい想いをさせてしまい申し訳ありませんでした。」
その子はゆっくりと顔を上げました。大粒の涙がいくつも頬を流れ落ちていきます。
「おかあさんは? おとうさんは?」
震えながらの問いに答える言葉など見つかりませんでした。辺りを見回してみます。森の奥の少し開けた場所。信じがたいことではありますが、この女性は吸血鬼と恋愛をし、ここに小さな家を建て人間とは距離を置いて暮らしていたようです。ハンター達が踏み荒らして行きましたが、畑の痕跡があることから、ここに住んでいた吸血鬼が街の人を襲ったことはなかったのではないかと思います。吸血鬼は、血を吸わなくても生きていけるのでしょうか。人間に対し、友好的な感情を抱くことはあるのでしょうか。震えている子供に視線を戻します。私はもっと吸血鬼について知らなくてはなりません。この子の養父になるためにも。
「私と一緒に来てくれますか?」
震えながら私の手を握った小さな手と涙に濡れた瞳を、私は生涯忘れることはないでしょう。

 この子の父親は吸血鬼です。しかしそれは、目の前で両親を奪われた幼い子供を見捨てる理由になりません。とはいえ、吸血鬼への嫌悪感が強いこの街は、この子にとって危険が大きいでしょう。私はこの子と一緒に街を出ることにしました。周囲にはこの子は遠縁の子だと言ってありますが、クロノンス様には本当のことと私の想いを伝えておきたいと考え、お勤めの後にクロノンス様の部屋を訪ねました。先日の吸血鬼狩りで見たこと、引き取った子供のこと、そして私の考えと想いを嘘偽りなく話しました。
「私の決断が罪だというのなら、私は信仰を捨てても構いません。」
話し終えた私にクロノンス様は優しく微笑んでくださいました。
「あなたの決意、しっかりと受け止めました。話して下さりありがとうございます。」
「私の方こそ、聞いて頂きありがとうございました。恩を返せぬまま道を別つことをお許しください。」
「私のことなどいいのですよ。それに、私はあなたが羨ましい。私にもあなたのような強さがあれば……。」
「強さとはいったい……?」
愁いを帯びたクロノンス様の表情に戸惑いましたが、すぐにいつもの優しい笑みを浮かべられました。
「いえ、なんでもありません。お2人が行く道の幸福を、ここから祈らせて頂きます。」
「ありがとうございます。」

 私を信じついてきてくれる幼い手。いずれ、あの時何があったのか、その時の私の立場を話す時が来るでしょう。それを聞いてこの子がどうするか。どんな決断であっても受け止める覚悟はできています。
私の決断が罪だなどとは、誰にも言わせません。


END


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