『死がふたりを別つまで』


「またお前は溜め息などついて。」
霧に変化し我が友人であるヴィートリの部屋を訪れた。開いていた窓から入り込み声をかけると、ぼんやりとしていたヴィートリは驚いた顔で抗議する。
「レンベールか。驚かすな。あと勝手に部屋に入ってくるな。」
「窓が開いている、という事は訪問者を招き入れる用意があるという事だろう。」
「暑いから開けていただけだ。何の用だ。」
「つれないな。憂い事を抱えていると聞いたから話を聞きに来てやったというのに。さぁ、我が友よ、何でも話してみるがいい。」
変化を解きながら大仰に両腕を広げてみせる。ヴィートリは呆れ顔で首を振った。
「お前は面白がっているだけだろう。」
「何を言うか。友の恋の憂いは興味深い話題の一つ。そしてそれを解決してやるのが、友である私の大きなつとめであろう。」
「退屈しているだけじゃないのか。他にやる事はないのかよ。」
「友の憂いを晴らす以上に重大な事は今のところ無いな。」
手近な椅子を引き寄せヴィートリの前に座ると「さぁ話せ」と促す。諦めたような溜め息をつき、ヴィートリは窓際の椅子に座り直す。
「お前も知っての通り、エールルナとの事さ。」
「愛した者との未来をなぜ憂うのだ。」
「彼女は人間、私は吸血鬼。争いの時代はとうに終わったとはいえ、まだまだ障害は多くある。」
「障害は多ければ多いほど愛も燃え上がり、より一層の強い絆になるというものであろう。」
「私はお前ほどロマンチストじゃないんだよ。目の前の現実として、大きな問題がある。」
呆れ顔で私を見据えるヴィートリに首をすくめ笑う。
「真なる愛の前には、試練ともなる障害はつきものだ。」
「試練ねぇ……。」
ヴィートリの恋人であるエールルナとは私も会って話をした事がある。清楚でたおやか、それでいて凛とした強さも併せ持った美しい人だ。彼女も友を深く愛しているのだと感じ、自分の事のように嬉しく思ったものだ。ふたりを祝福したいと心から思った。争いの時代は終わったとはいえ、まだまだ互いに忌避し合い、憎んで排除しようとする者が少なからずいる。上級貴族種であるものの純血の吸血鬼ではない私としては、互いを排除しようとする気持ちもわからぬではない。だが、始祖たる王の願いは、吸血鬼全体の願いとして叶えるべきものだ。種族を越えて愛し合う者を祝福し支え、問題の解決に臨まなくてはならない。個人間の問題ならばともかく、種族の問題であるならば、それに悩むのが大切な友であれば尚の事。
「何がお前達の愛を妨げようとしているのだ。彼女の家族が反対しているのか?」
「いや、彼女の家族は私を受け入れてくれている。すでに何度か会って食事を共にさせてもらっているが、彼女の家族は我々と人間の共生に賛同している。」
「ならば何が問題なのだ?」
未来を共に望むふたりにとって障害の最たるものといえば、家族の存在といえるだろうか。吸血鬼にも家族はいるが、青年期にさしかかる頃からは一人前の吸血鬼として互いに干渉しなくなる。それでも純血の吸血鬼であればあるほど、血を残す事には慎重になる。我々以上に家族間に強い繋がりを持つ人間であれば、自分達と異なる者、まして種族すら異なる者との恋愛には不安や反発を抱くものだろう。しかし、エールルナの家族は吸血鬼との共生を望み、ヴィートリを受け入れているという。であれば、友が何をそんなに憂いているのか皆目見当がつかない。ヴィートリは俯き加減に口を開く。
「幸いにも彼女の家族は私を受け入れてくれているが、私は吸血鬼で彼女は人間。これはどうあがいても変わらない事実だ。」
「それがどうしたのだ? 覚悟の上で愛し合ったのだろう?」
「それはそうなんだが。私は……。」
悲しみに顔を曇らせヴィートリは俯いてしまった。何か言おうとして口ごもりまた口を閉ざしてしまう。何ともじれったいが辛抱強く待つ事にした。私が黙っているのでヴィートリは憂い顔を上げ、絞り出すような声で語った。
「間違いなく、彼女は私より先に寿命を終えてしまうだろう。私はそれが怖いのだ。彼女を失うのが怖い。彼女を失った後、気の遠くなるような日々を、ひとりで生きていける自信がない。」
何だそんな事かと思ってしまったが言わずにおく。わかり切っていた事ではないか。恋をするとこんなにも心が弱くなるものなのか。まだ経験のない私にはよくわからない。
「ならばお前は、彼女が寿命を終えたら後を追って自害するのか?」
「エールルナにこの話をした時、彼女は『それだけは止めてくれ』と言った。」
何と何と。彼女の方がよほど強いではないか。愛する者の死を願うなど、何者であろうとあり得ない。大袈裟に溜め息をついてみせ、ヴィートリを見据える。
「ならば何も憂う必要はなかろう。お前の事だ、エールルナがいなくなったからといって他の者を愛する事もあり得んだろう。自分がいなくなった後でも、彼女はお前の生を望んでいるのだ。たとえ肉体亡き後も彼女は失われなどしない。」
戸惑うように視線を揺らした友を力づけるように微笑みかける。
「お前達の愛は真実だ。死がふたりを別つまで、否、死がふたりを別つても、お前の生命が尽きるまで、彼女を愛し抜いてやればいい。」
私の言葉に、ヴィートリはようやく笑みを浮かべた。
「聖職者かお前は。」
呆れたように笑ったその顔から、憂いは消えていた。
「ありがとう。お節介な友を持って私は幸せだ。」
「世話の焼ける友がいると、長い生にも退屈せずに済む。」
「やっぱり退屈しのぎか。」
「長い生だ、楽しまなくては損であろう?」
憂いの晴れた友に安堵し立ち上がる。
「人間の習わしにそって式を挙げるのだろう? 私も呼べよ。」
彼女の花嫁姿を想像したのだろう、顔を赤らめた友に手を振ると、霧に変化して窓から外へ舞い降りる。幸せそうな友の赤い顔を、嬉しくも羨ましく思った。


END

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