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『With all my heart』


「ねぇ、ミランダは誰と踊るの?」
「何が?」
「知らないの? 終業式の後に生徒会主催のダンスパーティがあるんだよ。」
「そのパーティで結ばれた2人は永遠に幸せになれるっていう伝説があるんだって!」
ふーんと興味なさそうな相槌を打つミランダをよそに、友人達は盛り上がっている。冬期休暇前の浮足立つ時期に、恋が叶うかもしれないイベントがあるとなれば多くの女子が盛り上がるのも無理はない。それは長い魔法学校の歴史の中で、生徒達が作り上げた伝統だった。ダンスパーティで一緒に踊りプレゼントを交換した2人は幸せになれるという。話題は誰と踊りたいか、何をプレゼントするか、と目まぐるしく変わる。
「ニーナは踊りたい人いる?」
「いるけどもう先約入ってそう。アリッサは?」
「私もいるんだけどね、他の人からも誘われててどうしようか悩んでる。」
「何その贅沢な悩み!」
「でもやっぱり本命の相手と踊りたいかなぁ。ニーナはプレゼント用意した?」
「これから作るところ。やっぱりプレゼントは手作りだよね。」
「もちろん! 魔法でちゃちゃっと作ったんじゃ伝わるものも伝わらないもん。」
はしゃぎながらアリッサはミランダを振り返り顔を覗き込む。
「ミランダはやっぱりクリフと踊るの?」
幼馴染の名前を出されミランダは思わず大声を上げた。
「はぁ!? 何であいつと踊らなきゃいけないのよ!」
「あれ、違うの?」
「ただの幼馴染よ。そんなんじゃない。」
ミランダの答えにニーナは意味ありげな笑みを浮かべる。
「じゃぁ、私がクリフ誘ってもいい?」
「好きにしたらいいじゃない。何で私の許可とるのよ?」
「だって仲いいじゃない。」
「クリフ君ってけっこう女子に人気あるんだよ?」
のほほんとした幼馴染の顔を思い出しミランダは首を傾げた。
「あいつがぁ?」
「そうだよ。優しそうだし真面目だし、顔も可愛いし。」
「母性本能くすぐるよねぇ。」
幼馴染が女子に人気だと聞き複雑な想いに捕らわれ、慌てて首を振った。あいつが女子にモテようがどうしようが私に関係ないじゃない。再びきゃっきゃと盛り上がり始めた友人達をよそにミランダは軽くため息を吐いた。
その日の夜。自室の窓をコツコツと叩く音にミランダは本から顔を上げた。隣家の部屋からクリフが手を伸ばし、杖でミランダの部屋の窓を叩いている。魔法の杖をそんな事に使うんじゃないわよ、と内心呆れながらミランダは窓を開けた。
「何よ、こんな時間に。」
「遅くにごめんね。どうしても聞きたい事があって。」
いつになく真剣な表情の幼馴染にミランダは続けようとした文句を飲み込む。
「聞きたい事って何よ?」
「ミランダは生徒会のダンスパーティで誰と踊るか決めた?」
真剣な顔をして何事かと思えばそんな事かと溜め息を吐く。
「今日知ったばかりよ。そんな事決めてないわ。」
「誰かに誘われたりもしてない?」
「ないわよ。」
「じゃあ、良かったら僕と踊らない?」
「はぁ!? 何であんたと!?」
思いもよらない言葉に混乱する。生まれてから16年間、ずっと一緒で姉弟のように育った幼馴染だ。のほほんとした頼りない奴だと弟のようにしか見ていなかったし、向こうも似たようなものだろうと思っていた。そんなクリフが、真剣な眼差しで自分をダンスの相手に誘っている。言葉に詰まるミランダにクリフは窓から身を乗り出して言葉を続ける。
「ミランダと踊りたいって言う男子がいてね。居ても立ってもいられなくなっちゃったんだ。誰かに取られちゃう前に約束しておこうと思って。」
それはどういう意味なのかとミランダはますます混乱した。クリフが女子に人気だと聞いて複雑な気分になった事を思い出す。クリフも同じ気持ちになったのだろうか。
「どうかな? 僕と踊ってくれない?」
「あ、あんたがそこまで言うなら、いいわよ。」
「本当? 良かったぁ。」
ほっとした表情で笑うクリフに頬が紅潮するのを感じた。恋が叶うといわれるイベントに誘う事の意味など、考えるまでもない。嬉しそうにしているクリフを見つめる。こんなに綺麗に笑って、こんなに真っ直ぐに気持ちを伝えてくる奴だっただろうか。
「あれ? ミランダ、顔赤いよ? 大丈夫?」
心配げな声にはっとして思わず大声を上げる。
「こっ、この寒い中、窓開けて話してるからよ!」
「あぁ、ごめん。じゃあ、当日楽しみにしてるよ。ありがとう。おやすみ。」
おやすみと返して窓を閉める。まだ顔が熱い。すっかりクリフのペースに乗せられている。カレンダーに目をやり高揚を鎮めようと考え事を始めた。
「ダンスパーティにプレゼントか……。手作りねぇ。どうしよう。」
魔法での作業なら難なくこなすミランダだが、魔法を使わず何かを作るのは苦手である。不器用だと自覚しているし、魔法を使わず何かを作る事に意義を見出せずにいた。対してクリフは魔法の腕前はミランダにやや劣るものの手先は器用で、工作に料理に裁縫にと魔法を使わずいとも簡単に作り上げてしまう。そんなクリフに手作りのものを贈るのは恥ずかしい。
「まぁ、いいわよね。魔法で作ったものでも。」
そんなミランダの思いは翌日、友人達に大反対されたのだった。
「ダメよそんなの!」
予想外に大きな反論を喰らってミランダは面食らう。
「なんで? 魔法で作る方が綺麗だし早いじゃない。」
「わかってないなぁ。手間暇かけて作るのがいいんじゃない。」
「手作りの方が心こもってて喜ばれるのよ。」
大きく首を振るニーナ達にミランダはため息を吐いてみせる。
「手作りってそんなにいいもん?」
「当たり前じゃない!」
「クリフの事好きなんでしょ?」
「べ、別に好きってわけじゃ……。」
真っ赤になって首を振るミランダにニーナ達はにんまりと笑う。
「素直になりなよぉ。」
「編み物でもお菓子作りでも、私達が教えてあげるからね!」
その日の放課後からミランダは編み物やお菓子作りを教わる事になったのだが、マフラーを編めば不思議な向きによじれ、クッキーを焼けば消し炭に、パンケーキは岩のように固く苦いものになりニーナ達の頭を悩ませた。
「お菓子は止めた方がいいね……。」
「そうだね……。初心者向けの編み物がまだマシかな。」
ひそひそと相談する友人達の深刻な表情にミランダはしかめっ面になる。誰にでも操れて便利な魔法があるのに、わざわざ自分の手で作るなんて意味が解らない。だがそんな考えは少数派のようだった。みな口をそろえて「手作りは温かみがあっていい」と言う。魔法製と手作りの見分けなんか本当に付くのかとミランダは疑問に思っていた。
「そんなに手作りがいいなら魔法の勉強なんかやめたらいいじゃない。」
愚痴りながらクリフもやはり手作りがいいと言うのだろうかと考える。あいつは器用だから自分で作ったものを用意してくるだろうと考えると、負けたくないと妙な対抗意識も浮かんでくる。魔法製のプレゼントも不格好な手作り品もがっかりされそうで嫌だった。面倒な伝統を作ってくれたものだと憂鬱な気分になりながら、編み針と毛糸を相手に格闘を繰り広げた。
それから数日。終業式が終わると正装に着換え講堂に向かう。タキシードに身を包んだクリフが入り口に立っていた。
「ミランダ、こっち!」
嬉しそうに呼ぶ声にニーナ達から冷やかしが飛ぶ。2人を軽く睨んでクリフに歩み寄った。
「大声で呼ばないでよ、恥ずかしい。」
「ごめんごめん。向こうが空いてるよ。」
すっとミランダの手を取りエスコートする。あまりにも自然な大人の振る舞いに戸惑った。弟のようだと思っていた幼馴染は、いつの間にこんな大人の振る舞いを身に着けたのだろう。手を引かれ歩きながらクリフの横顔を見つめる。相変わらず嬉しそうな微笑と見慣れない正装に、鼓動が高鳴るのを感じた。講堂は華やかに飾りつけがされ、隅に置かれたテーブルには飲み物と軽食が用意されている。既に軽快な音楽が流れていて、踊っている者や、踊る相手を探している者、飲み物を手に話し込む者達で賑わっている。
「僕達も踊ろうか。」
空いていたテーブルにプレゼントの入ったバッグを置き、クリフのエスコートについていく。講堂の簡素なライトがダンスパーティに相応しくきらびやかな光を落とし、自分をリードして踊るクリフが眩しく見えた。曲が終わり足を止めたミランダにクリフは微笑む。
「綺麗だよ、ミランダ。」
「急に何言ってんのよ……!」
「だって、ほんとにそう思ったんだもの。」
「よく照れもせずそんな台詞言えるわね。」
「僕はどうかな? ミランダと踊るのに相応しい?」
真っ直ぐに見つめられミランダは思わず目を逸らし早口に呟く。
「……意外と、タキシード似合うじゃない。」
「本当? 嬉しいな。」
次の曲が始まり再び手を取る。戸惑いは消え、リードするクリフに惹きつけられていた。数曲踊って飲み物を取りに向かう。テーブルに置いたバッグから、クリフは小さな包みを取り出しミランダに差し出す。そっと受け取り包みを開くと、ビーズ細工のペンダントが出てくる。複雑にカットされた緋色のガラスビーズがライトを受けて煌めいた。クリフはペンダントに手を伸ばす。
「着けてあげるよ。」
首筋に触れるクリフの手にミランダの鼓動が早くなる。白いドレスの胸元に揺れるペンダント。ミランダの動揺をよそにクリフはにっこりと笑った。
「うん、思った通り。よく似あう。」
「……あ、ありがと。」
紅潮する頬を隠すように目を伏せ、ミランダは自分のバッグから包みを取り出す。クリフがくれたペンダントはおそらく自分で作ったのだろう。こんな綺麗なものを貰ったのに、自分のあげるものはこれでいいのかと不安だった。
「これ。」
小さく呟いて包みをクリフの手に押し付ける。嬉しそうに微笑むクリフの手が、捻じれたベージュのマフラーを取り出した。
「ミランダが編んでくれたの?」
「そうよ。悪い?」
ぶっきらぼうに答え顔を背けた。がっかりする顔を見たくなかった。何度やっても自分にはこんなものしか出来なかったのだ。それでも魔法で作らなかった努力は認めてほしかったが、やはりこんなものを渡すくらいなら魔法で編めば良かったと後悔し始めた。
「ありがとう。」
嬉しそうなクリフの言葉に勢いよく振り返った。
「こんな失敗作で悪かったわね!」
「え?」
首に巻こうとしたマフラーを奪い取る。
「心にもないお礼なんかいらないわよ!」
窓を開けマフラーを放り投げようとしたミランダの手をクリフは慌てて掴んだ。
「どうして? ミランダが僕の為に編んでくれたんだろう? それだけで僕は嬉しいよ。」
「こんな捻じれたマフラーがどうして嬉しいのよ!」
困惑するクリフの手を振り払い再びマフラーを外へ投げる。ミランダの手を離れたマフラーは、クリフの手に引き寄せられた。
「僕の為に苦手な編み物に取り組んでくれた。それは凄く嬉しい事だよ。それに、ほら。」
泣きそうな顔のミランダに微笑みマフラーを自分の首に巻く。
「こうして巻いちゃえばわかんないだろ?」
「本当に、そんなんで嬉しいの?」
泣き出しそうなのをこらえミランダは呟く。
「みんなが『プレゼントは手作りじゃなきゃ』って言うから、魔法使わずに頑張ったんだけど、何度やっても上手くいかなくて。それでも綺麗に出来た方なのよ。」
「その気持ちが嬉しいんだよ。」
「こんな失敗作なのに?」
「大事なのは結果じゃなくて過程だよ。それにね、魔法だって『誰かに喜んでほしい』とか『誰かの役に立ちたい』っていう想いから発せられるんだ。魔法で作ったものに心がこもってないなんて嘘だよ。」
「でもあんたはこんな綺麗なものくれたのに、私のはこんな程度のものしかあげられないのよ。」
「ミランダが言うほど失敗作じゃないよ。これすごくあったかいもん。ミランダの気持ちがこもってる。ありがとう。」
ふわりと微笑むクリフにミランダはほっと息を吐く。
「そう、言ってくれるなら、安心した。でも、次はちゃんとしたのあげるから。」
「うん、ありがとう。楽しみにしてるよ。」
「言っとくけど、あんたの為じゃないからね。私のプライドが許さないだけだからね!」
赤面して叫ぶミランダにわかったわかったとクリフは微笑む。軽快な音楽が響くフロアへ再び足を向ける。
ダンスパーティで幸せになれるのは、想いを交換した2人――


            END


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