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「Wonder Land」


「踊って頂けますか?」
閉園間近の遊園地で少女はピエロに声を掛けられた。
「え? だってもうすぐ閉園……」
「いいからいいから! さぁ、行きましょう! 僕の城へご招待しますよ!」
長身のピエロに強引に手を引かれて少女は小走りに歩き出した。

「お一人なんですか? 彼氏とかご友人とは来られなかったんですか?」
「そういうのいないの。私いじめられてるから。」
ピエロは緑色の瞳を悲しげに歪ませた。
「それは申し訳ない事を伺いました。そうだ、それならちょうどいいですよ!」
ピエロは立ち止まり少女の顔を覗き込んだ。
「僕でよろしければお友達になって下さい。」
緑の双眸が少女を見つめる。
「城のみんなを紹介しますよ! 城にはたくさんの友達がいるんです!」
驚いて立ち尽くしてしまった少女にピエロは両手を広げたポーズで不安げな顔をする。
「……僕ではダメですか?」
「あっ、ううん。そんな事ない! あの、ありがとう。」
はにかむ様に微笑んだ少女にピエロは手を差し延べ邪気のかけらもなさそうな笑みを浮かべた。
「それでは行きましょう! みんなもきっとあなたを待っています。」
これはアトラクションの一環なのだろうと考えて少女はピエロの手を握り返すと足取りも軽く歩いて行った。すれ違う人々が怪訝な顔で振り返っては何事か囁きあっている。

やがて少女の目の前にテレビゲームに出てくる様な小さいが荘厳な城が現れた。
……あれ? こんな所にこんなものあったっけ? 一日中ここにいたのに思い出せないや。
「さぁ、ようこそ! 僕たちの城へ!」
手を引かれ少女は城の中へ入った。扉が静かに閉まる。その瞬間城は音も無く消えた。

「なぁ、さっき向こうへ行った女の子、もう閉園なのに一人でどこ行ったんだろ?」
「さあ?向こうって何も無いわよ。柵があるだけでその先は駐車場じゃない。」
「そうだよなぁ。何だったんだろ?やたら楽しそうでさ……」
園内には閉園を告げるアナウンスが流れている。

少女は城の中にいた。城は外観からはあり得ないほど広大だった。
ピエロは得意げに少女を振り返る。
「どうです? 僕のお城は。かっこいいでしょう? 今日からあなたもこの城の住人です。さぁ、お友達を紹介しましょう。」
ピエロの言葉に少女は戸惑う。
「え? ちょっと待って。この城の住人ってどういう事?」
少女の言葉を無視してピエロは廊下の突き当たりにあるドアを開けた。
「さぁ、みんな。新しいお友達だよ。仲良くしてあげてね。」
少女が部屋を覗くと、そこには少女と同い年くらいの少年や少女、もっと幼い子供達がいて皆いっせいに少女の方を向いた。彼らの顔には生気が無くまるで蝋人形のようだった。彼らはそっくりな笑みを浮かべて口々に言った。
「ようこそ、子供達のお城へ。」
「ここは痛い事や苦しい事、淋しい事なんかなぁんにも無い素敵な所よ。」
「そう、それにここでは誰も僕達をいじめたりしない。」
「それに私達大人にならなくてもいいの。」
「ねぇ、こっちへ来てみんなで遊ぼう。」
「遊ぼう。」
「遊ぼう。」
「あそぼう。」
手を差し延べ幽鬼の様な表情でじりじりと近づいてくる彼らに少女は怯えて後退りした。
「この人達どうしちゃったの? ここは何? 私を元の所へ返して!」
ピエロはそれまでの無邪気な笑みを消し邪悪そのものの笑いを浮かべた。
「彼らは現実世界で辛い思いをしていた可哀相な子供達さ。だから僕がこっちへ連れて来てあげたんだよ。」
そして部屋の中の子供達を振り返って再び無邪気な笑みを浮かべた。
「人間って本当に我が儘だよね。現実世界を激しく拒んでいながら、僕がこっちへ連れて来てあげると「帰りたい」って騒ぐんだもの。でもここにいるうちに向こうの事なんか忘れちゃうんだ。」
少女へ視線を戻しピエロは言葉を続ける。
「君もここにいれば辛い現実世界なんかきれいさっぱり忘れられるよ。」
少女は逃げ道を探して後退りする。
「私は別に現実を拒んでなんかいない。どうでもよかっただけよ。ねぇ、私を元の世界へ返して!」
後退りする少女の腕をピエロは強く掴む。
「だめだよ。一度入ったら僕のテリトリーから逃げられない。君が僕を呼んだんだから。」
ピエロは無邪気に微笑みながら少女の腕を掴む手に力を込める。
「君の淋しい、辛い、逃げ出したいって気持ちが無ければ僕は君の前に現われる事は出来なかったんだからね。君は現実世界を拒んだ、そして僕の世界に来る事を拒まなかった。だから君はもう帰れない。この城の住人になるんだよ。そうしてみんなで永遠に遊ぶんだ!」
少女は泣きながら叫ぶ。
「お願い、私を帰して! あなたは私を騙してここへ連れて来たんじゃない!」
ピエロはおどけたポーズで眉をひそめる。
「騙した? 人聞きの悪い事を言わないでほしいなぁ。僕が「友達になろう」って言ったら君は「ありがとう」って言って手を握ったじゃないか。契約成立だよ。」
泣きじゃくる少女の腕を引いて部屋へ連れて行くと、ピエロは優しげな声で言った。
「さぁ、もう泣かないで。今日から君はたくさんのお友達が一緒なんだから。何も辛い事なんかないよ。」
少女を部屋に入らせ扉を閉める。大勢の子供達がそっくりな笑みを浮かべて泣いている少女を取り囲むのがちらりと見えた。廊下で一人、ピエロは呟く。
「ふふっ、たやすいもんだね。淋しい子供達がいる限り僕ら悪魔(ピエロ)は餓える事は無い。ピエロは子供達のヒーローだもんね。大人達は教えなきゃだよ。「遊園地ではピエロのお誘いに気をつけろ」ってね。」
楽しそうな笑い声を上げピエロは姿を消した。


                      END

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