今日は晴れていて良かった。叔母さんの家で暮らしてる鈴香を迎えに行く車の中で僕は上機嫌だった。鈴香は先日、難しい手術を見事に乗り越えて生まれつきの病気を克服したんだ。そして今日は手術前に約束した、鈴香を遊園地へ連れて行く日。叔母さんの家に着くと鈴香は「お兄ちゃん!」って満面の笑顔で駆け寄ってくる。「行ってらっしゃい。」と微笑み手を振る叔母さんに手を振り返して僕達は遊園地へ向かう。車の中でも鈴香はとてもはしゃいでいて、もうすっかり元気になったんだと僕を安心させてくれた。
遊園地のゲートをくぐるとそこは別世界だ。たくさんの人で賑わっていて、楽団やピエロが皆に手を振っている。鈴香は僕の手を引いてジェットコースター乗り場へ向かって早足で歩き出す。僕はジェットコースターは苦手なんだけど「もしかしてお兄ちゃん、怖いの?」って聞いてきた鈴香に「怖くなんかないよ。」なんて強がってみせた。凄いスピードで走り抜けるコースターに僕はびびりっぱなしだったけど、鈴香は意外にも両手をバーから離して楽しそうな歓声を上げてた。コースターを降りて「面白かったねー!」と笑う鈴香に僕は辛うじて笑い返した。ホントはふらふらだったんだけどね。「次はあれに乗ろう!」と鈴香は大きな観覧車を指差す。ちょっとホッとしながら観覧車へ向かう。観覧車前の広場ではピエロが細長い風船を器用にひねって動物や花を作っている。「すごいねぇ。」って目を輝かせる鈴香に気が付いたピエロはスキップしながら近付いてくると、ピンクと黄緑の風船を取り出し膨らませてあっという間に風船の花を作った。そして鈴香の前に膝を付いて、まるで騎士がお姫様に捧げるみたいにその花を鈴香に差し出したんだ。鈴香は絵本のお姫様みたいにスカートを広げ膝を曲げて「ありがとう。」ってお辞儀をして花を受け取った。ピエロは嬉しそうに両手を広げるとまたスキップしながら歩いて行く。「可愛い!」って嬉しそうに風船の花を抱える鈴香に「良かったな、失くすなよ。」って笑いかける。観覧車に乗り込むと鈴香は少しずつ上がっていくゴンドラの窓から外を熱心に見つめてる。ゴンドラから手を振ると、観覧車を見上げていた知らない人達が何人か手を振り返してくれる。「お兄ちゃん、今度はあれ乗りたい!」ゴンドラから鈴香が指差したのは、フリーフォール。鈴香は絶叫マシンがお気に入りみたいだ。僕は苦笑いしながら頷く。観覧車を降りてジュースとポップコーンを買って一休み。僕はアイスコーヒーを飲みながら「鈴香、楽しい?」って聞くと鈴香は満面の笑顔で「うん、凄く楽しいよ!」って答えてくれて僕は安心した。鈴香はもうどこへでも行ける、僕がこれからどこへでも連れて行ってやろうと誓ったんだ。フリーフォール乗り場まで手を繋いで歩く。鈴香は夏の日差しにも負けず元気いっぱいにはしゃいでる。うだるような暑さも忘れて僕は……
「お兄ちゃん。」
話し続ける僕に鈴香は静かに口を開いた。
「お兄ちゃん、私、眠くなってきちゃった……。」
僕はそっと鈴香の手を握り返し目を開ける。朝の病室。ベッドに横たわる鈴香。今日は鈴香の手術の日だった。全身麻酔が効き始めるまでの間、僕は鈴香を勇気付けるべく元気になった鈴香をイメージして「退院したら遊園地へ連れて行く」という約束を果たした話を聞かせていた所だった。鈴香の手術は「成功したら奇跡」だと言われている。そしてそれを悟ったのか、鈴香は生きる事を諦めるような発言をするようになった。両親を早くに亡くした僕の、唯一の家族。僕より10歳も年下の妹。死なせたくなんかない、生きていてほしい。鈴香が心から生きたいと願えば、奇跡は起きるんじゃないかと思った。だから僕は、鈴香が退院した後にしてあげる事をたくさん約束した。そして両親の死後、ずっと僕達の面倒を見てくれた叔母さんも同じ思いで鈴香に接していてくれた。後ろで僕が鈴香に話しかけるのを聞いていた叔母さんは、そっと立ち上がり鈴香の顔を覗き込んで微笑む。
「鈴香ちゃんが退院したらやっと一緒に暮らせるわね。真一君が独り立ちしてから叔母さん一人で淋しくって。」
最後の言葉は僕の顔を見て言った叔母さんの気持ちにとても感謝していたし、本心から鈴香と暮らす事を願ってくれている事が嬉しかった。やがて病室のドアが開き、看護師が姿を現す。僕達に一礼し手早く鈴香の状態を確認すると手術室へ鈴香を移動させる。その間も僕はずっと鈴香の手を握っていた。手術室の前に担当医師が立っている。鈴香はうっすらと目を開けて小さく呟いた。
「……お兄ちゃん、ありがとう……。」
まるで別れの言葉みたいに聞こえて僕は思わず鈴香の手を強く握る。
「鈴香! 諦めちゃ駄目だ! 生きてくれ!」
「……大丈夫だよ。お兄ちゃん、叔母さん、待ってて、ね……。」
ゆっくりと鈴香の手から力が抜けて僕はそっと手を離す。鈴香は看護師達と共に手術室に入って行った。僕達に会釈した医師に僕は頭を下げる。
「妹を、よろしくお願いします!」
「最善を尽くします。」
医師の真摯な眼差しに全てを託し、僕はすぐ側のソファに崩れるように腰を下ろした。「手術中」の赤いランプが点る。叔母さんは隣に座り僕の肩に手をかけた。
「大丈夫よ、真一君。先生を、鈴香ちゃんを信じましょう。」
僕は何度も頷きながら、縋るように叔母さんの温かい手を握った。
どれくらいの時間が経ったのだろう。僕達はその場から離れられずにいた。永遠にこの時間が続くんじゃないかと何度も思った時、赤いランプが消えた。弾けるように僕達は立ち上がる。ゆっくりと扉を開けて医師が姿を現した。
「先生、妹は、鈴香は……!」
医師は疲れたように眉間を揉みそっと顔を上げる。
「お兄さん、安心して下さい。手術は成功しました。今はまだ眠っていますが、もうすぐ目が覚めるでしょう。顔を見せてあげて下さい。」
「……ありがとうございます!」
深々と頭を下げる僕達に医師は微笑む。
「いや、妹さんの『生きたい』という意志の力ですよ。医療技術だけでは極めて難しい手術でした。生命の奇跡です、素晴らしい。」
興奮気味の医師に再び頭を下げ僕達は鈴香の様子を見に行った。手術室から戻った鈴香は穏やかな寝息をたてている。鈴香の側に僕はそっと座る。手を握り鈴香が目を覚ますのを待つ。叔母さんは僕達を見つめ「良かった、良かった。」と言いながら目を真っ赤にしている。外はすっかり暗くなっていた。
「……お兄ちゃん。」
はっとして僕は顔を上げる。いつの間にか眠ってしまったらしい。
「お兄ちゃん、私、約束守ったよ。今度はお兄ちゃんが約束守ってね。」
微笑んだ鈴香の顔が涙で滲む。僕達の想いは、奇跡を起こしたんだ。
「もちろんだよ。」
涙に気付かれないように満面の笑みを浮かべ、僕は力強く頷いた。
END
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