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『Crossroad』 「1.永遠の謎」


これは、僕の罪――

 君がいなくなってから、もうすぐ半年になる。
あの頃僕は、大きな仕事を任された忙しさとプレッシャーでピリピリしてた。君にも当たり散らしてた。それでも君はいつも笑ってくれていたのに、どうして僕はその事に気付かなかったんだろう。君がどんな気持ちで笑ってたのか、今更知った所でもう遅すぎる。君が本当は泣いているとも知らず、僕は君に甘えていたんだ。
あの時、君に言ってしまった言葉は、どんなに謝った所で許してもらえるものじゃない。君の抱えていた傷を抉り出して、さらに深い傷を負わせてしまったんだ。僕の言葉に、君は初めて腹を立てた。いや、腹を立てた事を隠せなかったんだろう。両手でテーブルを強く叩いた後、君は家を飛び出してしまった。顔を伏せていたのは、涙を見せまいとしていたんだろうと、今になって思う。だけど僕は君を追わなかった。後になって、死ぬより辛い後悔に日々苛まれるとも知らず、僕は呆然とその場に座り込んでいた。
ふと、居間の片隅に置かれたノートが目に入って、見慣れないそれを拾って開くと、君の字が飛び込んできた。そのノートは君の日記だったんだ。毎日苛立っている僕に対する不満が綴られていて、だけど病気で働けない身体になってしまった自分のために僕が懸命に働いているのだからと、自分を戒める言葉で必ず締められている日記。君の笑顔の底に秘められていた想いに、僕は涙が滲んだ。君を守ると決めたのに、君のために生きると決めたのに、仕事に忙殺されるうちに、何のために働いているのか忘れてしまっていた。君を探して謝らなきゃ、慌てて日記を置いて立ち上がった僕の耳に救急車のサイレンが聞こえてきた。やけに近くに止まったその音に、僕の心臓が跳ね上がる。まさか――


どうしてあの時すぐ君を追いかけなかったんだろう。
どうしてあの時あんな事を言ってしまったんだろう。
どうしてあの時君の事を思いやれなかったんだろう。
どうして、どうして……。


あの日から僕は、生きる理由を失った。
ただただ目の前にある仕事を機械的にこなし、流れていく時間に流されてく。
「生ける屍みたいだ」と同僚に言われたが全くその通りだ。
君を追って本物の屍になる度胸も無い僕は卑怯者だ。
枯れる事のない涙と共に、許してくれる人のいない懺悔を繰り返す。
失って初めて気づくなんて言い古された表現だけど、そんな言葉ほど真実をついているのかもしれない。どれだけ悔いても、君は戻ってこない。もうどこにもいない。
君はどうしてこんな僕に笑顔をくれていたの? どんな思いであの日記を書いていたの? もう答えは永遠にわからない。こんな情けない卑怯者の僕は、君に愛される資格なんて無いのに。
「結衣……。」


             To be continued……

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