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『Crossroad』 「 2.あなたが泣く事はない」


これは、私の罰――

 私の病気が発覚したのは、あなたと一緒に暮らし始めてから3ヶ月くらい経った頃だったかな。以来、私の分まであなたは一生懸命に働いていたね。短い時間でも働ける所を探そうとしたけど、「君の身体が心配だから、無理しないで。」って言ってくれたのは凄く嬉しかった。でも、医療費も生活費も全部あなたにおんぶに抱っこの生活はとても心苦しかった。だからせめてあなたの気持ちが休まるように、私は辛くても悲しくてもいつでも笑っていようと決めたの。
それからしばらくして、あなたは「大きなプロジェクトを任せられた」って少し不安げに、でも嬉しそうに話してくれたね。あの時のあなたの輝いた目が今でも忘れられない。でもあなたはどんどん忙しくなって、仕事のプレッシャーと疲れでいつも怖い顔をするようになった。些細な理由で怒る事が多くなって、いつも怖い顔をして笑ってくれなくなった。「いつでも笑っていよう」って気持ちが萎えてきて、でも辛いのは私だけじゃない、あなたの方がもっと大変なんだからと言い聞かせてた。
だけどね、私はあなたに見捨てられるのが怖かった。病気は少しずつ進行していて、でもこれ以上あなたに負担をかけちゃいけないと思った。あなたを失うのが怖くて言えなかった。些細な事で怒鳴られるのもずっと我慢してた。本当はそれじゃいけなかったのかもしれない。言いたい事はちゃんというべきだったんだろうね。だってそれって、あなたを信用してないのと同じ事だったんだって、今頃になって気づいたの。あなたのあの時の一言を、許してあげる事ができなかったから。気が付いたら家を飛び出してた。あなたが追ってきてくれる事を心のどこかで期待しながら、雨の降り出した町の中へ走り出した。何て幼稚な考えだったんだろうと今になって思う。胸が苦しかったのは、病気のせいだけだっただろうか。
俯いて走っているとクラクションの音が聞こえて眩しい光が射してきて、そして――


どうしてあの時あなたの顔を見もせずに家を飛び出しちゃったんだろう。
どうしてあの時あなたの言葉を笑って許してあげられなかったんだろう。
どうしてあの時あなたにきちんと自分の気持ちを言えなかったんだろう。
どうして、どうして……。


気がついた時、私は家に戻っていた。でもあなたに触れる事も声をかける事もできない。
あぁ、私ったら日記を出しっぱなしにしちゃってたのね。あなたに見られちゃいけないものだったのに。そこに書いてある通り、私はただ臆病で弱虫だっただけ。それなのに、あなたを理解してるフリをしていた。悪いのは、あなたの事を心から信用できずに、悲劇のヒロインなんか演じてしまった私。だからあなたが自分を責めて泣く事なんかないよ。あなたとちゃんと向き合って、自分の気持ちを伝えれば良かったと、後悔してももう遅すぎる。もう泣かないで。謝らなきゃいけないのは、怯えてあなたを信じ切れなかった私の方なんだから。
自分を責めて泣き続けるあなたを、ただ見つめている事しかできない。私はここにいるのに、想いを伝えられない。笑っていようと決めたのに、もう笑いかけることもできない。こんな事になって初めて気づいた自分の気持ちと、あなたの想いに涙が溢れる。
「修司君……。」


                    To be continued……

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