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『月光遊戯』

〜第10話〜


「スラム街を潰してレジャー施設に、ですって?」
要の部屋へ呼ばれた怪盗は、切り出された話に眉をひそめた。
「そう。荒れているスラムの一帯を買い上げ更地にして、巨大な複合レジャー施設を作ろうっていう計画が持ち上がっている。治安の維持と街の更なる発展のため、だそうだ。」
要がテーブルに広げた数枚のビラに目を通すと、怪盗はテーブルをこつこつと叩く。
「住人達はどうなるんです?」
「強制退去させられるようだね。」
「そんなの何の解決にもならないじゃないですか!」
思わずテーブルを叩いた怪盗に要は静かに頷く。
「そうだね。絶対に阻止しなきゃいけない。ただ、庶民も含めて多くの人がこの計画に賛同している。『スラムは街の治安を悪化させている』とか『景観を損ねる』だとか言ってね。だから慎重に進めなきゃいけない。」
要の話に怪盗は唇を震わせる。
「私達は、住みたくてあそこに住んでるわけじゃありません。それに街で起きてる犯罪はスラムの住民だけが起こしてるんじゃない! 」
「わかっているよ、御剣。それにこの計画、どうもきな臭い気がするんだ。」
『都市計画』と書かれたビラの下、出資者や協賛企業の名が並ぶ欄を要の指が辿る。
「この計画、都市開発計画でありながら主導するのは政府でも役所でもない、民間人の一団なんだ。しかも成り上がりの者や新興の企業ばかり。」
「どういうことです?」
要は唇に指をあて考えをまとめながら話を続ける。
「民間人が勝手に都市開発を進めるなんてできないだろう。で、彼らはスラム一帯を自分達の私有地にするつもりのようだ。所定の手続きさえ済ませれば、私有地に何を建てようと誰も文句は言えないだろう。だけど放置されているとはいえ、役所に問い合わせればスラムであっても土地の所有者がわかる。所有者が死亡なり失踪なりしていて他に正統な所有者がいないとなれば、その土地は国の所有地になる。でも、この計画に政府や役所が関わっている様子は見られない。ということは、彼らは所有者不明で放置されているスラムを、金にものを言わせて私物化し計画を進めようとしているんだと思う。」
「だとしたら、何のためにそんなことを?」
「ここを見て。」
ビラの一部を指差し要は眉をひそめた。
「レジャー施設の中身は高級商店街や映画館、レストランにホテル、そして目玉はカジノだ。スロットマシンにポーカーやバカラ、ルーレットも揃えたかなり本格的なものとなっている。でもこの国ではカジノの運営は禁じられている。だからあくまでもお遊びの範囲で、施設内通貨を購入して遊び、現金ではなく景品を得るという仕組みだと説明されている。だけどそんな『お遊び』と謳うようなものをメインに据えるだろうか? 『お遊び』と謳うものをここまで本格的に作りこむだろうか?」
「本物のギャンブル場を作ろうとしている、ということでしょうか。」
「その可能性はあると思う。裏カジノを運営して良からぬことを企んでいるんじゃないかって気がしているんだ。レジャー施設の責任者である守屋哲仁って人物、どうにも正体のよくわからない人物だね。動ける範囲で調べてみたけど、大学を卒業したあと海外へ留学したらしい。だけどそこで何をしていたかが不明瞭なんだ。彼が立ちあげた企業はこの開発計画のためのものだという。彼は貧しくはないが裕福な家の出でもない。つまり、起業にあたって融資を受けられるほどの社会的信用は持ち合わせていないと思われる。おそらく、ここにある成金貴族達が出資したんじゃないかな。でも彼らとの繋がりが見えてこない。そこで彼と彼が興した企業、その周辺の情報を俊君に調べてもらっている。」
俊の名を聞き怪盗は心配げに眉を寄せる。
「俊君がそんな調査をして、危険じゃないでしょうか。」
「僕も心配ではあるんだけど、彼らに君の顔が割れるのは避けたいし僕は大っぴらには動けない。それに俊君も『自分の居場所を自分の手で守りたい』って意気込んでるんだ。充分に気をつけるようにと言っておいたけれど。」
要は怪盗を見据え言葉を続ける。
「君や俊君を危険な目に遭わせておきながら、僕は安全な所から計画を立てて指示するだけだ。本当に申し訳ない。でも、君達のことは僕が全身全霊かけて守る。」
「それは私も同じです。要さんは私が全力で守ります。」
「ありがとう、御剣。嬉しいよ。」
微笑んだ要のどこか淋しそうな目は、怪盗の脳裏に焼き付き離れなかった。

 その頃。
屋敷で同じビラに目を通し上条は顔をしかめていた。
「何が治安の維持だ、こんなことでスラムの問題が解決するとでも思ってんのか。」
何度も対峙した怪盗の、仮面の奥に見えた悲し気な目が蘇る。

 一方。
自宅でビラを眺めていた男・守屋哲仁は独りごちる。大きな事を成し遂げるには大きな力が必要だ。権力、財力、武力、それらを駆使できる力。そして力は表立って振るうものではない。表だって力を行使すれば反発を招き身を滅ぼす。謙虚で紳士的に、力など持っていないよう立ち振る舞う。そうして裏から人と金と物の動きを操り、世界を掌握するのが賢いやり方だ。昨今、ニュースになった犯罪やその計画が失敗しているのは、たいした力も無い輩が思い上がって分不相応な事をやろうとした結果だ。だが私は違う。長年かけて築き上げた人脈、そこから得られる財源、それらを活かして集めた最新の武力。私にしか扱えない強大な力だ。この世界は私のために在る。
「間もなく、だな。」


第10話 END
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