『迷い猫、異世界を行く』
第10話
船の中でご飯を食べたり眠ったり、アムシャと一緒に船の中をお散歩したりしているうちに、船はようやく港についたみたい。丸一日かかったってエインティアが言ってたけど、ぼくにはもっと長く感じた。ぼくと小さな荷物を抱えて船を降りたエインティアは、肩のあたりを飛んでるアムシャとぼくを交互に見つめた。
「まずはこの街の拠点にする宿を確保しよう。ヴァスパタにも冒険者ギルドがあるから、ギルド直営の宿に依頼遂行中だって申請すれば格安で連泊できるんだ。」
「エインティアほどの冒険者ならもっといい待遇受けてもいいと思うんだけど。」
「いいんだよ、そんなのは。さぁ、行こう。」
宿を探すんだと教えてくれたアムシャはちょっと不満そうだった。もっと贅沢してもいいのになんてぶつぶつ言ってる。アムシャは贅沢したいのかな? そんなアムシャをそのままに、港を出て街へ入る。この街もたくさんの人がいる。ここにご主人がいるといいんだけど。エインティアに抱っこされて、広い道を進んで街の中へ向かう。食べ物を売ってるお店や、きれいなお洋服が並べられたお店がたくさん建ってる。なんとなく、ナルジェル達がいた街より整ってる感じがする。そう言うとそばを飛んでたアムシャが頷いた。
「そうね、テスカンダの街よりヴァスタパの方が高級で洒落てるわ。せっかくヴァスタパに来たんだから、きれいな宿に泊まって美味しいもの食べたいのに。」
アムシャが不満そうに鼻を鳴らしたけど、ぼくはナルジェル達が暮らす街の名前がわかって嬉しい。テスカンダっていうんだね。覚えておこう。
「ここがヴァスタパのギルドだ。宿が開いているか聞いてみよう。」
エインティアが立ち止まって示した建物は、テスカンダの街でエインティアと会った建物とよく似てる。テーブルと椅子が並んだ広いお部屋で、何人かの人がお話してる。奥の机で書き物をしていた男の人にエインティアが声をかけた。ぼくは床に降りてお話が終わるのを待つ。ずっとぼくを抱っこしてたから、きっと疲れてるよね。
「こんにちは、マスター。」
「おぉ、エインティアか。相変わらず飛び回って活躍してるらしいじゃないか。今日はどんな用件だい?」
「ある依頼を遂行中でね。直営の宿が空いてないか聞きに来たんだ。」
「おぉ、そうか。いまならいい部屋が開いてるぜ。」
「アムシャ、いい部屋空いてるって。」
「ギルド直営の宿じゃたかがしれてるでしょ。」
「失礼なこと言わないの。じゃあ、その部屋を押さえてほしい。しばらく滞在するから、よろしく。」
「了解。」
話し終わると、男の人から鍵を受け取ってエインティアがぼくたちをみつめる。
「部屋空いてたよ。ここを拠点にして、ルイの主を探そう。」
奥の階段を登って部屋に向かう。お外がよく見える広くて明るい部屋だ。大きなベッドが窓のそばにある。外から見た建物は石でできてたけど、お部屋の中は壁も床も木でできてて、寝そべったら気持ちよさそうだ。
「うん、いい部屋じゃないか。」
荷物を置いてエインティアも満足そうに部屋を見回してる。
「まぁ、ギルド直営にしてはいい部屋ね。」
アムシャも割と気に入ったみたいだ。
「じゃあ、食事を済ませてこれからの計画を立てよう。」
「わたし、海沿いのカフェに行きたい!」
「わかったよ。」
嬉しそうなアムシャと一緒に部屋を出る。アムシャ達はこの街に来たことがあるみたいで、はしゃぐアムシャは美味しいお店やお洒落なお店、きれいな景色が見れるところをたくさん教えてくれた。アムシャが行きたいと言った海の近くのお店は、いたずらしたり騒いだりしたら絶対に怒られそうな、静かできれいなお店だった。
「私はこういう店は落ち着かないよ。」
目を輝かせるアムシャと対照的に、エインティアはそわそわして苦笑いしてる。そういえば、ご主人もこんな感じのお店が好きだったなぁ。そう言うとアムシャはさらに目を輝かせた。
「あんたの主とは話が合いそうね!」
アムシャの話を聞いたエインティアはぼくを見て笑ってくれる。
「お、それはなかなか有益な情報だよ。足取りをたどる参考になる。」
エインティアの役に立てたみたいで嬉しくなる。助けてもらうばかりじゃいられないからね。しばらくしてテーブルに並べられた食べ物は見たことないものばっかりだったけど、どれもあったかくてとってもいいにおいがする。スープに入ったお魚の身はやわらかくて食べやすいし、思わず夢中で食べちゃってアムシャに「お行儀悪いわよ」って叱られちゃった。そんなアムシャもすごい勢いで食べてるけど。もりもり食べるぼく達を、エインティアはにこにこしながら見つめてる。エインティアはお腹空いてないのかな。自分の前にあったお皿をぼく達の方へ置いた。遠慮なく食べようとするアムシャを止める。
「それ、エインティアの分じゃないの?」
「いいのいいの。エインティアはお酒が飲めればそれでいいんだから。」
「そうなの?」
エインティアを見上げると、にっこり笑って自分のお皿をぼくの前に置いてくれる。いいのかな。じゃあ、いただきます。
「美味しいね。こんなの初めて食べたよ。」
「でしょ? 店内はお洒落だし料理は美味しいしサイコーだわ!」
すっかりお腹いっぱいになってエインティアを見上げる。ごちそうさまでした。
「美味しかったかい? なら良かった。」
ぼくを見てにっこり笑ったエインティアはアムシャの方を向いた。
「じゃ、私の買い物にも付き合ってもらおうかな。」
「はいはい、お酒買いに行くんでしょ。しょうがないから付き合ってあげる。」
お店を出ると夕方になっていた。まだたくさんの人がお買い物したり、外に並べられたテーブルで飲んだり食べたりしてる。羽の生えた猫もあちこちにいてお喋りしてる。ぼくを抱っこしてにぎやかな通りを抜けると、エインティアは大きなお店に入った。ここにもたくさんの人がいて、お野菜やくだもの、まだぴちぴちしてるお魚や大きなお肉のかたまり、いろんな大きさのビンや箱がいっぱいに並べられてる。
「ねぇねぇ、デザート買ってよ。」
「そんなに食べたら太るよ。最近、高く飛べないんじゃないか?」
「むぅ。そんなことないもん。」
何か楽しそうに言い合いながら、エインティアは広いお店を迷わず歩いていく。ビンがたくさん並んだ棚の前に来ると、細いビンに書かれた文字を真剣な顔で読んでる。ぼくはお買い物の邪魔にならないようにエインティアの肩につかまって、エインティアの手元を覗き込む。何が書いてあるんだろう。
「そうだ、ルイの主はお酒飲む人かい?」
アムシャが教えてくれたエインティアの質問を聞いて思い出してみる。お酒を飲んでたことはほとんど無かった気がする。そういうとエインティアはちょっとだけ残念そうに頷いた。
「そっかぁ。なら酒場の情報網はあまりあてにできないかな。行ってみる価値はあるけど、やっぱり迷子札の文字からあたる方がよさそうかな。」
「エインティアは飲み友達がほしいんじゃないの?」
「私は一人で静かに飲む方が好きなんだよ。」
「さみしいわねぇ。」
「うるさい誰かさんがいるからちょうどいいさ。」
お酒を選びながらエインティアはアムシャと楽しそうに喋ってる。ぼくもご主人とこんな風にすらすらお喋りできたらいいのに。それに、ぼくはこうして優しい人達に会えて、助けてもらってるけど、ご主人はどうしてるだろう。ひとりぼっちでたいへんな思いをしてないかな。悪い人に会っちゃって辛い思いしてなければいいけど。早く会いたい。淋しいよ。こんなに長い時間、離れ離れになるなんて初めてだ。しかもどこにいるのかわからないなんて。悲しい気持ちが湧いてきて、振り払うように首を振る。心配して悲しい気持ちになっててもしょうがない。
「さて、買い出し終わり。ごめんね、ルイ。ほったらかしちゃって。今日は疲れただろう。宿に戻ってゆっくりしよう。」
「ん? あんた悲しい顔してどうしたのよ?」
「な、何でもないよ!」
慌てて背筋を伸ばしてそう言ったけど、アムシャはお見通しみたい。
「もしかしてわたし達がお喋りしてるの見て淋しくなった?」
「そんなこと、ないもん。」
思わず顔を伏せたぼくのおでこに、やわらかいものがあたった。アムシャがおでこをぼくにすり寄せてる。
「大丈夫よ。わたしとエインティアが、すぐにルイの主を見つけてあげるから。」
「うん、ありがとう。ぼくも、ぼくにできること何でもするから言ってね。」
翌朝。ご飯を食べながらエインティアはご主人探しの計画を話してくれる。
「酒場とか食料品店とか、人が集まるところで聞きこみもするけど、やっぱりルイの迷子札が大きな手がかりになると思うんだ。だから図書館へ行ってその文字について調べてみようと思う。その文字がどこで使われてるのかわかれば、ルイと主が住んでる地名がわかるし、その近くにルイ達が落ちたらしい大きな河があれば、辿り着いた先が絞り込めるんじゃないかな。」
アムシャからエインティアの話を教えてもらってぼくも気を引きしめる。自分の住んでる街の名前くらいわかるようにならなくっちゃ。ぼく達は朝ごはんを済ませて街の図書館に向かった。たくさんの本が置いてあって、誰でもそこで本を読んだり、借りて持って帰ったりもできる場所だって聞いた。そういえばご主人もよく本を読んでいたなぁ。図書館は海とは反対側にあるみたい。昨日行った、お店がたくさんある海沿いとは少し違う感じのところだ。エインティアに抱っこされながら周りを見回してみる。建物がいっぱいあって人もたくさんいるけど、あんまりにぎやかじゃない。ぼくがそう言うとそばを飛んでるアムシャが頷いた。
「そうね。ヴァスタパは学術都市でもあるから、この辺りにはお勉強したい人が集まってるの。わたしには縁のない場所だわ。」
エインティアが大きな建物の前で立ち止まった。ここが図書館かな。ギルドの建物よりもずっと大きくて、見上げても屋根の上が見えないくらい高い。
「さぁ、着いたよ。アムシャ、騒いじゃダメだからね。」
「わかってるわよぉ。」
建物の中は静かで空気がひんやりしてる。大きな本棚が並んでて、机に向かって本を読んでる人や書き物をしてる人がたくさんいた。エインティアは入り口近くの机にいた女の人に声をかけた。ぼくの迷子札を外して女の人に見せる。
「すみません、この文字について調べたいんですが。」
「言語学なら二階の右奥になりますが、見たことない文字ですね。暗号か何かですか?」
「いや、この子が暮らしてる地域で使われてる文字らしいんです。」
机の向こうの女の人が困ったような顔でぼくの迷子札を見てる。図書館でお仕事してる人でも知らないところなのかな。女の人に手招きされて他の男の人が近づいてきた。
「こんな文字見たことあります?」
「知らない文字だね。あ、でも似たような文字を書いた人に覚えがあるな。少々お待ち下さい。」
男の人がぼく達に何か言って奥の棚に向かった。しばらくして厚い紙の束を持って戻ってくる。まとめられた束をめくって一枚の紙を机の上に置いて見せてくれた。
「利用者の記録簿なんですけど、この文字と同じような字を書いて修正してあるでしょう?」
「本当だ。この文字が共通言語じゃないって気づいて書き直した、ってところでしょうか。」
「修正された文字の形が同じだ。ルイの主がここに来たかもしれない! この人のこと覚えてますか?」
エインティアが興奮して図書館の人に何か聞いてる。何かわかったのかな?
「うーん。ここは大勢の利用者がいますからね。」
「何かちょっとしたことでもいいんです。」
「この見たことない文字が印象に残ってはいますけど、若い女性だったってことくらいしか覚えてないですね。それに、この方がここを利用したのは半年前のこの日一度きりですよ。」
「え?」
続く
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