『迷い猫、異世界を行く』
第11話
「半年も前ってどういうことよ!?」
「アムシャ、大きな声出さないの。えぇっと、名前はジュリ・クスキ。ルイの主の名前と同じだ! この人が半年前に一度来たきりっていうのは確かですか?」
「えぇ。この方は会員証の発行を希望していません。会費を払って当館の会員になれば、来館の度に利用者記録簿へ記入する手間が省けますし、何より閉架図書の利用も可能になるのでお勧めしているのですが。」
「この人が読んだり借りたりした本がどれかわかりますか?」
「貸し出しの記録はまた別の書類になります。ところで、あなた方はどういった事情でこの方を調べているのですか?」
「あぁ、ごめんなさい。それを説明するのが先でしたね。私はギルドに所属する冒険者でエインティアといいます。この子が主とはぐれてしまって、行方が分からないんです。それでギルドを通して依頼を受け捜索しているんです。」
「そうでしたか。それなら何とかお力になりたいのですが、この方の情報はここにある限りしか無いですね。記入された住所は宿泊施設のものですから、もう引き払っている可能性が高いですね。手がかりになるか分かりませんが、貸し出しの記録を見てみましょう。」
男の人が困ったような顔をしながらまた奥の棚の方へ向かっていった。アムシャはなぜか怒った顔でぼくを見る。
「ルイ! あんたウソついてたの!?」
「えぇっ! ウソなんかついてないよ!」
急に怒られてわけがわかんなくて、思わず叫んだらエインティアが慌ててぼく達を見て指を口の前に立てる。
「こら、アムシャもルイも静かに!」
大きな声出したら叱られちゃった。ごめんなさい。でもなんでアムシャは怒ってるんだろう? 首を傾げてるうちに男の人が紙の束を持って戻ってきた。さっきと同じように束をめくって中から1枚出して見せてくれる。みんなと一緒に覗き込んだけど、ぼくには何が書いてあるのかわかんないからおとなしくしてよう。
「お待たせしました。これがこの方の貸し出し記録です。」
「言語学に歴史書に占術書か。何を調べようとしてたんだろう。」
「これって難しい本なの?」
「言語学と歴史書に関しては、子供達が学校で学ぶ範囲のものですね。この占術書の方は専門的な知識を要するものになります。3冊とも10日後に返却に来られました。半年分の利用記録をざっと調べましたが、これ以降の利用はありません。」
「そうですか。お忙しいところありがとうございました。」
「たいしてお役に立てず申し訳ないです。早く見つかるといいですね。」
紙の束をまとめて奥へ戻っていく男の人に頭を下げながら、エインティアは別の紙に何か書いてる。その紙を最初に声をかけた女の人に渡すと、エインティアはぼくとアムシャに手招きして奥へ入っていく。ねぇ、何かわかった?
「ルイの主が借りて行った本を探すの?」
「うん。それと、ちょっと気になることがあってね。今のやり取りをルイにも説明してあげてから、ゆっくり考えよう。」
本を3冊探し出して、ぼく達は小さなお部屋に入る。「個室も借りておいた」って聞いた。エインティアがいすに座ってテーブルの上に本を広げる。ぼくとアムシャはテーブルのすみっこに座って本を覗き込んだ。
「さて、さっきのやり取りで推測できることは、ルイの主はジュリ・クスキって名前らしいこと。半年前にこの街で本を借り、言語と歴史については子供が学ぶ範囲のことを調べていたが、占術については専門知識を持っているらしいこと。この街では宿泊施設に滞在していたようだから、後に部屋を借りたか、あるいはこの街にはもういない可能性もある。勉強するには便利な図書館会員になっていないというのも合わせて考えると、この街にはいない可能性の方が高いと思う。」
アムシャに教えてもらったエインティアの話にぼくは頷いた。
「うん、ご主人を『くすきさん』って呼ぶ人もいたよ。せんじゅつって何?」
「もっと簡単に言えば占いのことね。自然現象を見たり道具を使ったりして、将来のことや運勢を判断する技術のことよ。主は占いに凝ってたりした?」
「そういえば、本に載ってる星占いってやつをよく見てたと思う。あとは何か絵が描いてある紙を使って考えごとしてることもたくさんあったよ。」
ぼくの話を聞いたエインティアの目が輝いた。ぼくの話、役に立ったのかな。
「趣味の範囲なのか職業にできるほどの技術なのかはわからないけど、ジュリさんは占いの専門知識を持っていて、ここでも占いの勉強をしていたのかもしれない。何のためなのかはまだわからないな。」
「それはいいとして、ここに来たのが半年も前ってどういうことなの?」
「それが解せないんだよなぁ。」
「ルイ、あんた本当にウソついてないんでしょうね?」
「ウソなんかついてないよ。どうして?」
「あのね、ジュリって人がここに来たのは半年も前だって記録されてるの。あんた、主を見失ってすぐにナルジェル達に会ったって言ったわね。矛盾してるのよ。」
「半年も前、って?」
「つまり、あんたがナルジェル達に会うよりもずっと前にジュリって人はここに来てたの。」
「えっ!? どうして? ぼくがナルジェル達に会ったのはついこの間だよ。」
「だからおかしいって言ってるのよ。」
どういうことなんだろう。ぼくは間違いなくご主人が出て行っちゃった後すぐに追いかけた。ナルジェル達に会ったのは、ご主人を見失っちゃってすぐだったはずなのに。ぼくとアムシャの話を聞いたエインティアは、借りてきた本をぱらぱらめくりながら難しい顔をしてる。
「ルイとジュリさんは河に落ちたと考えてたけど違うのかもしれない。ルイ、ジュリさんを見失った直後に何か変わったことが起きたり、変なところは無かったかな?」
アムシャからエインティアの質問を教えてもらって思い出してみる。そういえば、ご主人がお家を飛び出して行っちゃったのって真っ暗な時間だったのに、ナルジェルと会ったのはお昼ぐらいだった。それにお家を出てからそんなにたくさん走っていないはずなのに、全然知らないところにいた。変だなって思ったのを覚えてる。それを聞いたエインティアはおでこに手を当ててうんうん唸ってる。
「見たことのない文字、通じない言葉、羽を持たない猫、半年の空白。これはもしかすると……。いやまさか。あんなのただのお伽話だ。そんなこと本当に起きるのか?」
「何ぶつぶつ言ってるのよ。」
「アムシャ。もしかしたら、ルイとジュリさんは異世界から来たのかもしれない。」
「……はぁ?」
続く
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