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『迷い猫、異世界を行く』

第12話

「呆れ果てた目で見るなよ。」
「だって何なのよそれ。異世界とか意味わかんないんだけど。」
「子供の頃におばあちゃんから聞いた話でね。突然の事故とか、自ら生命を絶とうとしたとかで、今死ぬ運命じゃない人が死んでしまった時、神様がとっさに別の世界の扉を開けてその人を生き永らえさせることがあるっていうんだ。父さんも母さんもそんなのお伽話だって言ってたけどね。」
「じゃあ、ルイもジュリも元いた世界で死んじゃって、神様がこっちに連れて来たってこと?」
「かもしれない。この世界とルイ達の世界で時間の流れる速さが違うと仮定する。事故なりなんなりでジュリさんが息絶えてしまった瞬間と、ルイのその瞬間には差があっただろう。ルイがジュリさんを見失ってからナルジェルと会うまでの『少しの時間』に、ジュリさんは半年間をこっちの世界で過ごしていた、となれば空白の半年は説明がつくだろう?」
「でもそんなことあり得るの?」
「それにだ、ルイの周りには羽の生えた猫はいなかったって言ってただろ? 生まれつき羽のない猫って私は見たことないよ。悪党が狙うほどの珍しさだ、そんな猫がたくさんいる地域があれば話題になるだろう?」
「それもそうね。」
「それにルイは羽の生えた猫を見たことが無いとも言った。つまり、ルイがいた場所の猫の生態とか、使われてる言葉や文字はこことは全く違う世界のもの、と考えれば今まで不思議に思っていたことは説明がつくだろう? それに、ジュリさんは家を飛び出す直前に誰かと話して泣いていたって言ってた。ショックで衝動的に死んでしまおうとしたか、飛び出した先で事故に遭ったかして、この世界へ来た。」
「それはそうだけど、だとしたらルイもジュリも……。」
「ルイには言うなよ、まだ仮定の話だ。」
「わかってるわよ、言えるわけないじゃない。」
「それにこれが事実だったとしても、この世界でちゃんと生きてる。」
「そうね、あんまり悲観することはないかもしれないわね。」
エインティアとアムシャが難しい顔して話し合ってるから、ぼくはおとなしく待っていた。アムシャが首を傾げたり、何だか悲しそうな顔を時々してる。どうしたんだろう。ふたりの話はまだ終わりそうにないから、ぼくなりにご主人のいそうなところを考えてみよう。ご主人はここで本を借りてお勉強していたみたい。お家でもよく本を読んでいたな。ここに本を返してからは一度も来てないって言ってたけど、知りたいことはわかったのかな? ご主人はこの図書館ってところや、昨日アムシャ達と行った海沿いのお店みたいに、静かなところが好きなんだと思う。ぼく達が住んでたお家のまわりも、道を走る車やにぎやかなお店は少なくて、たくさんのお家と木がいっぱいある静かなところだった。この街は車は全然通らないけど、馬車って乗り物がたくさん通って木は少なくて、にぎやかなお店も人もたくさんだ。たとえ急に外国に行きたくなっても、ご主人が行こうと思う街じゃないような気がする。エインティアも「この街にはもういない可能性が高い」って言ってた。だとしたらこの街からどこへ行っちゃったのかな。でも何より気になるのはアムシャが言った、ご主人がここへ来たのは半年も前ってことだ。半年っていったら、たしか寒い冬から暑い夏になるぐらいの時間だ。そんなに長い間、離れ離れになってたの? でもご主人を見失っちゃってからナルジェル達に会うまでって、そんなに長い時間じゃない。ぼくはまだ小さいけど、それくらいはわかる。ここにご主人が来た日と、ぼくがナルジェル達に会った日が、どうしてそんなに違うんだろう。どんなに考えてもぼくにはわからない。
「ごめんね、ほったらかしで話しこんじゃって。」
エインティアがぼくの方を向いた。何かわかったのかな。
「今アムシャと話してたんだけど、ジュリさんがここに来たことは間違いないだろう。その後どうしたのか。ヴァスタパに留まっている可能性も捨て切れないし、むやみに移動しても仕方ないからもう少しここで情報収集してみよう。今度はジュリさんが泊まっていた宿泊施設へ行こうと思う。」
アムシャが教えてくれるエインティアの話に頷く。ここはご主人好みの街じゃなさそうだけど、だからってここからどこへ行ったのかなんて全然わかんないもんね。
「それとジュリさんが借りたこの本、占い師を目指す人が読むような本格的なものだ。ジュリさんも占い師を目指してたのかな。この辺りもジュリさんを探す情報になるかもしれないね。」
「もしかしたら、占いではぐれたルイを探してるのかも。人探しに占いを使うこともあるんでしょ?」
「私にはその方面はさっぱりわからないけど、それも充分あり得るね。だからやたらと移動するよりも、ここに腰を落ち着けてジュリさんの足取りを探ってみる方がいいと思うんだ。」
ご主人もぼくを探しているかもしれないって聞いてちょっと安心する。やっぱりそうだよね、ぼくを置いてどこかへ行っちゃったりしないよね。そう言うとアムシャが大きく頷いた。
「あったり前じゃない。とくにルイはまだまだちーっちゃいんだから、置いて行くような主なんていないわよ。」
「そんなに力いっぱい言うほど小さくないよ。」
「はいはい、そういう事にしといてあげる。」
「アムシャのいじわる。」
「ほらほら、ルイをからかわないの。じゃあ、今日は宿に戻って作戦会議しよう。」
「その前にお腹空いたぁー。図書館って頭使うからエネルギー消費が激しいわよ。」
「どっちがちっちゃい子なんだか。」
「何よぉ。」
「拗ねないの。この本ももっとよく読んでみよう。ジュリさんの考えたことや、やろうとしてたことを推測する材料になるだろう。」
「こんな分厚い本読むなんて、ジュリって頭良い人なのかしら。エインティアに読めるの……って痛ーいっ! もう、暴力はんたーい!」
「分厚い本が難しい本とは限らないよ。お子ちゃまなアムシャにはわかんないだろうけどね。」
「ルイー! エインティアってばひどいのよー!」
ぼくの後ろに隠れたアムシャがエインティアを見上げてぷりぷり怒ってる。でもエインティアは声を出さずに笑ってる。よくわかんないけど、今のはアムシャが悪いんじゃないかなぁって気がする。エインティアとアムシャはよく言い争いしてるみたいな感じで話してるけど、すごく仲がいいんだっていうのがわかる。ぼくとご主人も仲良しだと思うけど、アムシャ達みたいに話したことは無かったな。仲良しの形って色々なんだね。
「よし、宿へ戻ろう。」
エインティアが本を鞄にしまってぼくを抱っこしてくれた。アムシャはまだぷりぷりしながらエインティアの周りを飛んでる。入り口近くの机ところにさっきの女の人がいたから、みんなでありがとうって頭を下げて図書館を出た。外は少し暗くなり始めていて、エインティアの腕のあったかさが気持ちいい。優しい人の腕は居心地がいい。アムシャもきっと、エインティアの腕のあったかさを知ってるから、ぷりぷり怒ってても仲良しなんだろう。アムシャなら、エインティアが急にいなくなっちゃってもどこへ行ったかわかるんだろうな。ご主人がどこへ行っちゃったのか、どうしてぼくが「待って!」って言ったのに行っちゃったのか。ぼくにはご主人のことなんにもわからない。自分が情けなくなっちゃう。ぼくが大人の猫になったら、ご主人とすらすらおしゃべりできるようになるのかな。ご主人のことちゃんとわかるようになるのかな。早く、ご主人に会いたいよ。


続く



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