『迷い猫、異世界を行く』
第13話
その夜、お部屋に戻って晩ご飯やお風呂を済ませた後でまた作戦会議だ。お風呂に入ってる時、アムシャは気持ちよさそうに目を閉じて毛づくろいしてた。ぼくはお水が怖いからちょっと離れてたら「きれいにしなきゃダメ!」ってアムシャにひっぱられて、ゴシゴシ洗われちゃった。大人の猫になったらお水も怖くなくなるのかな。でも濡れた身体をエインティアがタオルでくるんでそぉっとふいてくれたのは気持ちよかった。エインティアに身体をふいてもらいながら震えてるぼくを見て、アムシャは「お子ちゃまね」って笑ってた。お水が怖くなくなるのも、大人の猫になるのに必要なことなのかもしれない。大人になるってたいへんだなぁ。ぼくが落ち着いたところで作戦会議が始まる。テーブルの上のメモを指差してエインティアが話し始めた。
「明日はこの宿泊施設へ行ってみよう。短期滞在者向けの宿だからここにはもういないだろうけど、どんな様子だったかとか、ここからどこへ向かったとかわかるかもしれない。」
「でも半年も前の滞在客のことなんて覚えてるかしら?」
「そうなんだよな。繁盛してる宿みたいだし。でも今のところ手がかりはこれしかないから、行ってみるしかない。」
「そうね。図書館の人みたいに何か覚えてる人がいてくれるといいんだけど。」
明日はご主人が泊まってた宿へ行ってみるって聞いた。ぼくに作戦の話をしながら、アムシャはテーブルに積んだ本を見てる。
「ねぇ、その本から何か推測できない?」
エインティアが本をぱらぱらめくりながら何か考えてるみたい。ご主人が読んでた本から、何かわかるかな。
「そうだねぇ。言語と歴史の2冊と占術、ざっと読んでみたけど中身のレベルはまるで違う。子どもが学校で学ぶレベルの言語や歴史の本と、本職の占い師が勉強のために読むような本を同時に借りたのはなぜか。」
「確かに謎ね。どっちかは他の誰かのために借りた、ってわけでもなさそうだし。」
「異世界から来てこの世界のことを何も知らないから、大人がこのレベルから言語や歴史を学ぼうとしてるんなら筋が通るんじゃないか?」
「その説やたら推すわね。かと言って他に納得のいく説明も浮かばないけど。じゃあ、占術の本は何のためなの?」
「言葉も文化も何もかも違う世界に身一つで来てしまって、一人きりで生きていかなきゃいけないとなったら、自分の技術を生活の糧にするしかないんじゃないかな。この世界にもジュリさんのいた世界と似たような占いが存在すると知って、占い師として生計を立てようとしたんじゃないかと思う。」
「ジュリは占いに関心があるってルイが言ってたわね。」
「うん。それに占い師って誰でもなれるわけじゃないし、人気の高い職業ってわけでもない。占いの勉強をしてる若い女性っていうのも手がかりの一つだ。」
「それはけっこう大きな特徴ね。ジュリは以前から占い師だったのかしら?」
本を見ながらエインティアと話しこんでいたアムシャがぼくを振り返った。何かわかりそう?
「ルイ、ジュリは占い師の仕事をしてたの? それとも占いはただの趣味だった?」
「占い師の仕事?」
「そう、他の人の相談に乗って占いをしてお金をもらってたのか、それとも自分のために占いをしてたのか。」
ご主人がお仕事に行くって言った時のことを思い出してみる。朝から窮屈そうなお洋服を着て、小さなかばんを持って行ってたな。何か考えてる時に使ってた絵が描いてある紙はお家に置いて行ってたはず。あれが占いに使う道具なんだろう。ご主人が何か悩んでる時にあの紙をよく使って考え事してた。そうじゃない時には箱に入れてしまってあったし、他の人のためには使っていなかったんじゃないかな。
「お仕事に行く時は、占いに使ってた紙は持って行ってなかったと思う。それに、ご主人が何か悩んでる時にしか使ってなかったよ。」
「じゃあ占いは趣味だったみたいね。ジュリの占いって当たるのかしら?」
「うーん。よくわかんないけど、占いをしたら何日か後には悩み事がなくなったみたいだったよ。」
「なら精度の高い占いみたいね。本職の占い師を目指してもおかしくないかも。」
「本職の占い師?」
「そう。他の人の相談に乗りながら占いをして、その人が悩み事を解決する手助けをする仕事のことよ。ジュリの占いはよく当たるみたいだから、占いを仕事にしようと考えるかもしれないってこと。」
アムシャの話はところどころ難しくてよくわかんないけど、ご主人は今までのお仕事をやめて、占いで誰かを助けるお仕事をしようとしてるってことかな。この街の図書館で借りた本で占いのお勉強してたみたいだし。だから外国に来る必要があったってこと? お勉強ってお家じゃできないことなのかな? うーん、やっぱりよくわかんない。アムシャはエインティアと何か話し始めたから、おとなしく待ってよう。
「ジュリの占いって当たるみたいよ。本職を目指して勉強してるって説はアリかもしれないわね。」
「よし、じゃあその線で足取りを追ってみよう。」
占いを本格的に勉強してる人って珍しいから、宿の人が覚えてるかもしれないって聞いてどきどきする。ご主人の居場所、わかるといいな。作戦会議を終えてベッドに入ったけど、ちっとも眠くならなかった。アムシャとエインティアのこと、聞いてみようかな。
「ねぇ、アムシャ。」
「んー、なぁに?」
眠たそうだったけどアムシャが返事をしてくれたから聞いてみる。
「アムシャはどれくらいエインティアと一緒にいるの?」
「そうねぇ。わたしがルイよりもう少し大きい頃だったかしら。もうだいぶ経つわね。」
「その時からエインティアは冒険者だったの?」
「そうよ。わたしの前の主のところには猫がたくさんいてね。相棒になる守り猫を探してたエインティアに引き取られたの。」
「そうだったんだ。前のご主人と離れるのって淋しかった?」
「そうでもなかったわね。大勢の猫を面倒見きれなくなって引き取り手を探してたくらいだし。それにエインティアと会った瞬間、ビビッときたの。『この人はわたしの主に相応しい』ってね。運命の出会いってやつ。」
「会った瞬間にわかったってすごいね。じゃあ、エインティアが急にいなくなっちゃったりしても、どこにいるかわかるの?」
「それはさすがにわかんないわよ。行きそうな場所の心当たりくらいはあるけど、エインティアはずっと旅してるし、知らない街でいなくなったら探せないわ。」
「そっかぁ。」
「でも、エインティアが居場所を告げずにいなくなるなら、それなりの理由があるはずね。探さないでくれってことかもしれないし。もしそうなったら、無理して探さずにまた会えるのを待つわ。」
アムシャの言葉に驚いた。ぷりぷり怒ったり言い争いしてるみたいなお喋りしたりしてても仲良しなんだってわかるから、いなくなったら必死で探すんだろうと思ったんだけど。
「探さないの!?」
「そうね。エインティアなら大丈夫って信じてるし、エインティアもわたしを信じてるから。」
「そうなんだ……。」
ぼくはいなくなっちゃったご主人が心配だ。ちゃんとご飯食べてるかな、ゆっくり眠れてるかな、悪い人に会っちゃって辛い思いをしてないかなって。ぼくは、ご主人のことを信じていなかったんだろうか。どうやったらご主人は大丈夫って思えるんだろう。黙っちゃったぼくにアムシャは慌てた声をあげた。
「あ、でもエインティアとジュリは全然性格が違うから、今の話はあまり参考にならないわよ。主と猫は似るっていうし、ジュリもルイを心配して探してるに違いないから、そんな顔しないの。」
「うん、ありがとう。」
「もう遅いから寝なさい。明日は早起きだし、寝不足は健康にも美容にも良くないわ。」
「うん。お話してくれてありがとう。おやすみなさい。」
「おやすみ。」
翌朝。あんまり眠れなくて眠たいけど、背中を伸ばして頑張って目を覚ます。今日こそご主人のいるところがわかるといいな。エインティアに抱っこされながら、ご主人が泊まってた宿に向かう。ギルドの宿からは遠い所みたいで、ぼく達は馬車に乗ることにした。今日乗った馬車は、テスカンダの街でナルジェル達と乗った馬車よりも大きい。そう言うと、アムシャがこれは乗り合い馬車っていって、たくさんの人を同時に乗せて同じ道を行ったり来たりして走ってるんだって教えてくれた。自分の目的地に近いところで止まった時に降りるんだって。ご主人がぼくを病院に連れて行く時に乗った、バスって乗り物と同じなのかな。ナルジェル達と乗った馬車は辻馬車っていって、目的地まで乗せて行ってくれる、お金に余裕のある人が使う馬車だとも教えてくれた。エインティアはケチだから辻馬車は使わないんだって言ってたのは聞かなかったことにしよう。ちょっと長い時間乗って、いつ降りるんだろうって心配になり始めた頃にやっと馬車を降りた。見回すと石でできた建物がたくさん並んでる。お買い物してる人やおしゃべりしてる人、道で歌ったり踊ったりしてる人達がいてにぎやかだ。この辺りは隣の国との国境に近いから、短期間であちこち旅する人に向けての宿泊施設やレストラン、食料品店や雑貨屋がたくさんあるんだってアムシャが教えてくれた。エインティアは仕事の都合で一か所に長くいるから、アムシャもエインティアもこの辺りには来たことがないって言ってた。エインティアがメモを見ながら、ご主人が泊まってた宿を探してくれる。
「あれかな?」
この辺りで一番大きな建物が見えてきた時だった。少し先で広い道を反対側に渡る人の中に、ご主人とよく似た人が歩いてるのが見えた。肩くらいまで伸びたふわふわした髪。ご飯ちゃんと食べてるのか心配になるくらい細い身体。お洋服も、ご主人がお休みの日に来ていた服とよく似てる。きっとご主人だ! 道にはたくさんの人が歩いてたり立ち話したりしてる。だめだ、このままじゃ見失っちゃう! 慌ててぼくはエインティアの腕から駆け下りてご主人のところへ走った。
「ご主人!」
「あっ、ルイ!?」
「ちょっと、待ちなさいよ!」
慌てたエインティアとアムシャの声が聞こえたけど、ごめん。ご主人を見つけたんだ。きっとぼくを探してこの街に戻って来たんだよ!
「だめだ、追いつけない! アムシャ、ルイを頼む!」
「任せて!」
続く
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