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『迷い猫、異世界を行く』

第2話

ぼくを見つけてくれた女の子はナルジェルっていうんだとティオスが教えてくれた。一緒にいた女の人はアナンセスといって、ナルジェルのお母さんだ。もう一人オーフェウスっていうナルジェルのお父さんがいて、3人とティオスでこのお家で暮らしているらしい。ティオスはぼくと同じように生まれた時からここの人達に育てられて、このお家の守り猫なんだって。すごいなぁ。ぼくもご主人を守れるようにならなくっちゃ。ナルジェルがくれたミルクを飲みながら、不思議に思ったことをティオスに聞いてみた。
「そういえば、どうしてティオスには鳥みたいな羽が生えてるの? 不思議だね。」
「そうか? 俺からしたら羽のないお前の方がよっぽど珍しいけどな。」
「そうなの? 外国の猫ってみんな羽が生えてるのかな?」
「ルイは海の向こうに住んでたのか? 俺は海の向こうへは行ったこと無いからわからんなぁ。」
そうか。じゃあ今度ご主人に聞いてみよう。
「ルイはどこに住んでて、主はどんな奴なんだ?」
「ぼくは海の近くにご主人と一緒に住んでたんだ。ご主人はジュリって名前で、ナルジェルよりは大きくて、髪の長い優しい人だよ。」
「そうか。大人の女性なんだな。夜遅く急に家を出たって言ってたけど、その辺のこともう少し聞かせてくれ。何か家を出るきっかけは無かったのか?」
「あの時、ご主人は誰かと電話でお話してたんだ。ご主人、ぼくに見えないように泣いてた気がする。」
「ちょっと待った。デンワって何だ?」
外国には電話って無いのかな?
「ぼくもよくわかんないけど、遠くにいる人とお話できる道具だってご主人が教えてくれたよ。」
「ふーん。外国には俺の知らないものがたくさんあるんだなぁ。それで?」
「えっとね、お話しが終わった後、すぐに外へ出て行っちゃったんだ。慌てて追いかけたんだけど、河の近くまで来て見失っちゃったの。それで、気が付いたらここにいてナルジェルに会ったんだ。」
「主は泣きながら家を出たらしい、か。河に落ちたのかもしれないな。それで、追いかけたお前もここまで流されたか……。うーん。だとしたら別の所に流された可能性もあるなぁ。」
「そうなの?」
ご主人はここにいないかもしれないの? もうご主人に会えないの?
「そんな顔すんな。世界はあんがい狭いもんだ。お前が主に会いたいって強く願えば、絶対に会える。」
「うん、ありがとう。」
「今日はもう休んでおけ。河を流されて来たんならかなり体力消耗してるはずだ。
「ぼく大丈夫だよ。今すぐご主人を探しに行きたい!」
「知らない所に来て主もいなくて、気ぃ張ってるから気づかないだけだ。長期戦になるかもしれないから、休める時に休め。ナルジェルに寝床用意させるから。」
「うん。そうする。」
「心配すんな。その首輪、主の手作りなんだろう? 絆を示す物があれば、離れたって自然と引き合うもんだ。」
「そうか、そうだね。」
ティオスの力強い言葉はぼくを安心させてくれた。ぼくも大きくなったらティオスみたいになりたいな。ミルクを飲み終えた頃、ナルジェルがぼくをお布団へ連れて行ってくれた。ティオスと一緒に毛布の上で丸くなる。少しも眠くないって思ってたけど、やわらかい毛布につつまれてるとすぐに眠くなってきた。ご主人はちゃんと眠れてるかな。早く一緒にお家へ帰ろうね。
 翌朝。ナルジェルとティオスと一緒に街へ出た。ぼくを抱っこしたナルジェルの背はご主人の半分くらいの高さで、ティオスは羽をぱたぱたさせながらナルジェルの肩の辺りに浮かんでる。すれ違う他の猫も羽が生えてて宙を飛んでる。やっぱり不思議だ。ティオスが夕べのぼくの話をナルジェルに聞かせてる。ナルジェルとティオスはすごくすらすらお喋りしてて、やっぱり大人の猫は違うなぁ。
「ねぇティオス、ぼく、みんなが何て言ってるかわかんないから、教えてね。」
「え? ルイ、人間の言葉がわからないのか?」
「ご主人の言葉ならだいたいわかるけど、ナルジェルやアナンセスの言葉は全然わかんないんだ。外国の人の言葉って違うみたい。」
「そうなのか……? 羽も無い言葉も通じないじゃ厳しいな。俺達から離れるなよ。」
難しい顔になったティオスに不安になる。もしもぼくを最初に見つけたのがナルジェルじゃなかったら。悪い人だったら。そんな想像をしてしまって泣きそうになった。ティオスの言葉を聞いたナルジェルが心配そうにぼくを見る。
「無口な子だと思ってたら言葉がわかんなかったんだ。不安だよね。早く主に会えるように私達も頑張るからね。」
何て言ったのかわかんないけど、僕を抱く腕に少し力がこもって、ぼくをすごく心配してくれてるんだってわかってちょっと安心する。
「ルイは海の向こうから来たの? それじゃ、港の方に行ってみようか。ルイの主を見た人がいるかもしれないね。」
「それがいいな。他の場所へ流されてたとしても、目撃情報は聞けるかもしれない。」
ティオスが僕の方を向いた。
「港へ行ってみようと思うがどうだ? ルイの主を見た人がいるかもしれないし、他の場所に流されてたとしても、そっちで見た人の話が聞ける可能性もある。」
「うん、わかった。2人とも、よろしくお願いします。」
「気にすんなって。」
ティオスがまた力強い笑みを見せてくれる。ナルジェルの声も優しい。2人に会えて良かった。港へ近づいたみたいで海の匂いが強くなってきた。風も強くなってきて、ティオスは飛ぶのを止めて歩いている。港にも人がいっぱいだ。荷物を運んでる人達の荒々しい声が響いている。大きな布をつけた船がいくつも浮かんでるのが見えた。お家の近くで見たのとは全然違う船だ。
「ルイ、どの辺りに流されたのか覚えてるか?」
ティオスの言葉に港を見回してみたけど、よくわからない。ご主人を探して夢中で走って、知らない街にいることすらナルジェルと会うまで気が付かなかったから。そう言うとティオスは「それもそうだな」って頷いてナルジェルと何か話している。
「潮の流れからルイが流された場所とか、どっちから流されたとかわからないか?」
「むずかしいなぁ。昨日の海は穏やかだったけど、ルイと主が何日漂流してたのかもわからないよね。」
「ルイの話から推測するとそんなに長時間じゃなかったみたいだけどな。」
「そうなの? だって一番近い海の向こうの街だってあんなに遠いんだよ?」
「うーん。河に落ちて気を失ってたのかもしれないな。」
「ちょっと聞いてみようか。」
ナルジェルが周りを見回して、休憩中らしい男の人に近付いていく。
「すみません、ちょっと聞きたいんですけど。」
「あん? 何だ?」
「海を越えて一番近い街に行くのに何日くらいかかりますか?」
「そうだなぁ。天候にもよるが、こっから見える街だったら、俺らの船で早けりゃ2日かからないくらいじゃないか?」
「そうなんですね。休憩中にすみません、ありがとうございました。」
男の人に頭を下げてまたナルジェルとティオスは港を歩き回る。ぼくをずっと抱っこしてるナルジェルはそろそろ疲れてるんじゃないかな。2人ともぼくのためにいろいろ考えたり話を聞いたりしてくれてるのに、何にもできない自分が情けない。
「ちょっと休憩しようか。」
ナルジェルがベンチに座ってぼくを膝の上に下ろす。大丈夫? 疲れたでしょ? ナルジェルの腕に額を寄せてすりすりする。ご主人が疲れてる時、こうすると喜んでくれたんだ。ナルジェルもやっぱり喜んでくれたみたい。
「ありがとう、ルイ。優しいね。」
ナルジェルの嬉しそうな声に重なって、ティオスの緊張した声がした。
「ナルジェル、あまりルイの背中を他人に見せるなよ。『羽の無い珍しい猫がいる』って騒いでる奴がいた。」
ナルジェルが慌ててぼくを抱き寄せる。周りを警戒しながらティオスがぼくを見つめる。
「ルイ、俺達から絶対に離れるなよ。ここでは羽の無いお前は珍しい存在だから、悪い奴に狙われやすい。うかつだったな、もっと早くその事に気付くべきだった。」
ぼくを抱き寄せたナルジェルに慌てて身体を寄せた。
「一旦、家に戻ろう。」
ティオスの言葉にナルジェルもぼくも頷く。ティオスの羽がさっきより大きくなってる気がした。


続く



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