『迷い猫、異世界を行く』
第4話
どこか外へ出られるような隙間はないかと薄暗い部屋を探索してみる。ティオスもナルジェルもきっと助けに来てくれると思うけど、ティオス達だけじゃ悪そうな大人の人間を相手にするのは危険だ。危ない目には遭わせたくない。何とかして自分でこの建物から出なくちゃ。でも部屋中の嫌な臭いに気分が悪くなってきた。窓がないのかな、お外の匂いが全然しない。ふらふらしながら壁際に座り込んだら、頭の上の方から声がした。
「ここ、空気悪いよな。大丈夫かい?」
頭を上げると、ぼくより少し大きい猫が心配そうにぼくを見てた。
「うん、大丈夫。ありがとう。」
「あんたも攫われてきたの? 全く、猫を競りにかけようだなんて身の程知らずの人間め。」
凛々しい声をした大人の猫だ。ぼくの背中を珍しそうに見つめてる。
「羽が無いから狙われたか。あたしとは逆だな。」
逆って何のことだろうと見上げると、その猫の背中にはティオスと同じ鳥みたいな羽が生えている。ティオスと違うのはその羽が4枚あることだ。これも外国じゃ珍しいのかな。
「きれいだね。」
「ありがと。」
思わずそう言うとその猫は嬉しそうな声を上げた。
「これのせいで色んなトラブルにも遭ったけど、それでもこの羽はあたしの自慢なんだ。」
そう言って得意げに背中を伸ばし羽を広げて見せてくれる。大きな羽が2枚と、それより少し小さな羽が2枚。きっと高く遠くまで飛べるんだろうな。今まで、羽が無くて困ったことなんて一度も無かったけど、今は羽があったらいいなって思った。そうしたら、ここから逃げることも、ご主人を探すことも、もっと簡単にできるんじゃないか。ご主人はどこにいるんだろう。ナルジェルとティオスが優しくしてくれたから気持ちがまぎれていたけど、急に淋しくて心細くなった。
「そんな顔しないで。帰る方法を一緒に考えよう。」
心配そうな声に慌てて顔を上げる。泣いてる場合じゃない、落ち着いてどうしたらいいか考えなきゃ。
「うん、ぼく頑張る。」
「よしよし、気概を取り戻したね。いい子だ。あぁ、まだ名乗ってもいなかったね。あたしはアトゥナだ。君は?」
「ぼくはルイだよ。ご主人とはぐれちゃって、探してるところなんだ。」
「そうだったのか。なら尚更、こんな所早く出ないとな。」
アトゥナはそう言いながらぼくの首輪をじっと見つめている。
「猫の守り羽根を持っているね。それがあるなら大丈夫。」
ティオスが飛ばしてくれた羽根のことかな。ひとりでに首輪の隙間に入っていったけど、これって何なのかな? ぼくがきょとんとしてるからだろう、アトゥナは優しく笑った。
「あぁ、まだ幼いから知らないのか。強いものが弱いものを守る、これは当然のことだ。守るべき対象に自分の羽を抜いて与えるのは加護の証、わかりやすく言えばお守りだ。その猫が強ければ強いほど、お守りの効力は高い。色んな奇跡を起こせるんだよ。」
「そうなんだ。」
ティオスの羽根があるところはほんのりとあったかくて、何だか安心する。よし、気持ちが落ち着いたところで、アトゥナと作戦会議だ。
「ここ、窓がないみたいだね。どうやって出たらいいんだろう?」
「そうだなぁ。出入り口はあのドアだけだし、一旦おとなしくして競りの会場まで移動した方がいいかもしれないね。」
「競りってなぁに?」
「たくさんの客に値段を付けさせて、一番高い値段を付けた客にその商品を売るっていう売り方だ。ただし、あいつらは盗んだものや売買が禁止されているものを競りにかけてる。」
「やっぱりあの人達は悪い人なんだね。」
「あぁ。何たってあたし達を競りにかけようっていうんだから。」
「ぼく達売られちゃうの!?」
そんなの困る! ご主人を探しに行けなくなっちゃうじゃないか!
「気づいてなかったのかい? あいつらは珍しいものや高価なものを盗んだり、捕獲が禁止されているものを捕まえたりして、違法な競売をやってるんだ。あいつらの上客に有力貴族がいるっていう噂でね。衛兵にもなかなか尻尾を捕まえられないらしい。」
「悪いことしてるのに捕まらないの?」
「上客の貴族が捜査を密かに妨害してるらしいんだよ。あたしの主は衛兵だった。『圧力がかかって捜査できない』って悔しがってたよ。」
アトゥナの話はところどころ難しいけど、お金持ちで偉い人の中に、悪い人を手助けしてる人がいるってことみたい。
「ぼく達で悪い人をやっつけたいね。」
「あぁ、そうだな。」
アトゥナは力強い笑顔で頷いてくれたけど、何だか泣きそうな顔をしたようにも見える。そういえば、アトゥナのご主人は衛兵『だった』って言った。今は違うのかな。でも聞いちゃいけないことのような気がして、ぐっと我慢する。アトゥナはぼくの首輪を見て何か思いついたみたいに目を輝かせた。
「ルイに守り羽根を与えた猫はどのくらい強いんだ? 力の強い猫なら、守り羽根を通して思念を送り合える。居場所を伝えて、違法な競売をぶち壊せるかもしれないよ!」
ティオスがくれた羽根はやっぱり凄いものなんだ。でもティオスとは知り合ったばかりだ。強い大人の猫なんだっていうのはわかるけど、どれくらい強いのかなんて見当もつかない。
「ティオスとは知り合ったばかりだから、どれくらい強いかってよくわかんないんだ。」
「え? ティオスの主とルイの主は違う人なのか?」
「うん。ぼくのご主人は外国から来てるんだ。ティオスはこの国の猫で、ナルジェルっていう女の子の家族と一緒に暮らしてるんだって。ご主人を追いかけて探してたところで、ナルジェルと会ったんだ。港でご主人を探すのを手伝ってもらってたんだけど……。」
思い出すと悔しくてたまらない。困った顔して近付いてきて、ナルジェルを騙して突き飛ばしたあいつは絶対に許せない。
「そこで奴らに捕まったのか。大変な目に遭ったな。よし、ティオスと合流できるまではあたしがルイを守ってやるよ。これ、持ってな。」
アトゥナが羽根を抜いて首輪の間に入れてくれた。会ったばかりなのにみんな優しい。ぼくも頑張らなきゃ。
「ありがとう。ぼくも頑張るよ。」
背中を伸ばして答えるとアトゥナはにっこりと笑った。
「頼もしいねぇ。よし、じゃあティオスと連絡をとってみよう。」
そう言ってアトゥナはぼくの首輪におでこをくっつけた。連絡をとるってどうするんだろう? アトゥナはまるでそこにティオスがいるみたいに話し始めた。
「あたしはアトゥナ。ティオス、聞こえるかい? 今ルイと一緒にいる。力を貸してほしい。」
「ルイ!? そこにいるんだな!」
突然、心配そうなティオスの声が聞こえてびっくりした。ティオスがここにいるの?」
「うん、アトゥナと一緒に閉じ込められてるんだ。ティオス、そこにいるの?」
「いや、今は離れた所にいる。でもすぐに助けに行くからな!」
「ナルジェルは大丈夫?」
「あぁ、ちょっとひざを擦りむいた程度でたいしたケガじゃないから、心配すんな。」
「良かったぁ。」
「あたし達がいる場所、わかりそうかい?」
「あぁ、おおよそはつかめた。やっかいな所に連れ去られたな。」
「奴らはあたし達を競りにかけるつもりだ。競りの会場へ移動してから合流する方がいいだろう。」
アトゥナとティオスが話を続けてる。姿は見えないけどティオスと話ができる、不思議だなぁ。この羽根ってご主人が持ってた電話みたいなものなのかな。
「わかった。ルイを頼む。」
「任せてくれ。会場へ着いたらまた連絡する。」
「了解だ。」
ティオスの声が聞こえなくなって、アトゥナが顔を上げてぼくを見る。
「ひとまず、競りの会場へ行くまではおとなしくしていよう。あっちの方が暴れがいがあるしな。ティオスが守り羽根の思念を追って合流するから、みんなでひと暴れしてやろう。それまであたしから離れるなよ。」
「うん。みんなであいつらをやっつけようね!」
ティオスがどうやってぼく達を見つけるのかよくわかんないけど、きっと大丈夫だと思えた。優しいナルジェルを騙したあいつをやっつけてやるんだ。
続く
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