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『迷い猫、異世界を行く』

第6話

建物の奥にいる人の気配が増えてきた。みんな声を潜めて静かに動いてるけど、ぼく達にはわかる。あの一番強そうな男が戻ってきて、ぼく達のカゴを持ちあげた。
「お前達は今回の目玉だ、活躍してくれよ。」
「フン、目いっぱい活躍してやるから見てなさい。」
機嫌良さそうに何か言ってきた男にアトゥナが言い返してる。ぼくも言葉はわかんないけど精一杯に声をあげる。悪い奴らの思い通りになんてさせないぞ。ぼく達がいた所と競りの会場は分厚い布で隔てられていた。カゴのすき間から覗くと、壁の方に置かれた大きな机の前にたくさんの人が集まってる。ほとんどが男の人だ。薄暗い倉庫の中だけど、みんな嫌な感じの笑いを浮かべているのがわかる。男はぼく達を机と壁の間に下ろすと、机の前に立って集まった人達に何か呼びかけた。競りが始まるんだろう。ぼく達の周りには、他にもたくさんのカゴが置かれている。紙が貼ってあって何か書いてあるけど、ぼくには読めない。同じようにカゴから周りを観察していたアトゥナが怒った声を上げた。
「博物館から盗まれた化石に、捕獲や採取が禁止されてる生き物や植物だらけだよ。酷い奴らだ。」
「ティオスとナルジェルが兵士の人を連れてきたら、みんなもとの所に戻れる?」
「あぁ、もちろんだ。そのためにも目いっぱい暴れてやろう。」
ぼくに頷いたアトゥナは続けて驚いた声をあげた。
「あれは、ドラゴンの鱗に卵? あいつらにドラゴンから鱗や卵を奪う力量があるとは思えないな。あれは偽物だろう。もしかしたら他にも偽物がたくさんあるかもしれない。ルイ、こいつらを捕まえられたら大手柄だよ!」
ドラゴンって初めて聞く生き物だけど、アトゥナがああ言うならきっと強い生き物なんだろう。鱗や卵があるってことはお魚の仲間なのかな。外国には知らないものがいっぱいだ。
「うん、頑張ろうね!」
ぼく達が喋っている間に競りは進んでいた。男が威勢のいい声を上げながら、足元に置いたものをひとつずつ机の上に出していく。驚きの声に続いて短い叫び声がいくつも上がる。叫び声が途切れると男が机を叩く。ざわざわしている間に男が次のものを机に出して、また驚きの声に短い叫び声がいくつも上がる、そんなことが繰り返されている。そうしてついに、アトゥナのカゴに男が手を伸ばした。机の上に置かれたカゴからアトゥナが出されたみたい。
「さぁ、いよいよ本日の目玉商品! 貴重な4枚羽の猫と、世にも珍しい羽を持たない猫。まずは4枚羽の猫からご覧にいれましょう!」
男が何か叫ぶと今までよりずっと大きな声が上がった。アトゥナの4枚の羽ってやっぱり珍しいみだいだ。
「ご覧下さい、この美しい毛並み、気品のある表情、そしてめったにお目にかかれない4枚の羽! 極秘ルートで入手したたいへん貴重な品でございます。こちらは3000バドからスタート!」
「もっとよく見せてくれ!」
後ろの方から聞こえた声に、男は愛想良く応えている。
「えぇえぇ、よぉくご覧下さい!」
男が何か叫んだ瞬間、鳥が羽ばたいたような音がして、アトゥナの鋭い声が響き渡った。
「あんた達絶対に許さない……!」
「あっ! お前、下りて来い!」
男が慌てた声を上げる。羽が風を切る音がして、男達の悲鳴や叫び声が聞こえる。アトゥナが飛び回ってるんだ。ぼくも早くここから出なくちゃ!
「あっ、待てコラ! 鍵を返せ!」
男がアトゥナを追いかけて走っていく。カゴを開けようと焦っているとアトゥナの声が響いた。
「ルイ、今行く!」
カゴの前に滑るように飛んできたアトゥナが、鍵をくわえて口と前足で器用にぼくのカゴを開けてくれた。
「アトゥナ、ありがとう!」
「よし、思いっきり走り回って暴れてやりな!」
「うん!」
カゴから出たぼくは全力で集まった男達の足元を走りまわる。暴れるといっても何をしようか。そうだ、さっき見た生き物達を逃がしてあげよう。ぼくを捕まえようと伸びてくる手を思いっきりひっかいてやりながら、きれいな虫達がいるガラス瓶を見つける。ちょうちょみたいな青い羽とミツバチみたいな針をもった虫だ。この針には毒があるってアトゥナが教えてくれたから、逃がしたらきっと大騒ぎになるだろう。ジャンプして前足で棚から瓶を落とすと、大きな音を立てて瓶が割れ中から虫達が飛び出してくる。予想通り、集まった男達は悲鳴を上げて逃げ回る。やったね。
「いいぞ、ルイ。その調子だ!」
「うん!」
他にも角が生えたヘビやコウモリみたいな羽のあるトカゲ、綿毛のかたまりみたいな生き物を、瓶を割ったりつながれた紐を噛みちぎったりして次々と逃がしていく。逃げ出した生き物達はぼくを見て頭や尻尾を軽く振ると、他の生き物を逃がしたり男達に噛みついたりと暴れ始めた。違う生き物で言葉は通じなくても、気持ちはひとつなんだ。
「お前らやめろ、やめてくれ!」
あの強そうな男が悲鳴みたいな声をあげてぼくとアトゥナを追いかける。集まってた男の何人かが、強そうな男に何か怒鳴っている。毒を持った虫から逃げようとした男が何人か出入り口へ向かっている。たいへんだ、逃げられちゃう! 慌てて出入り口へ向かった時、向こうから誰かの声が響いた。
「そこまでだ!」
開け放たれた出入り口に、男の人が立っていた。背が高い若い男の人だ。もしかして、この人がアトゥナの主だった人の友達なのかな?
「サトニル!」
「アトゥナ! 良かった!」
叫んだアトゥナを見て安心したようにその人は笑った。やっぱりこの人がそうなんだ。ということは、ティオスとナルジェルもここにいるのかな。
「ルイ、無事か!?」
逃げようとした男を羽を広げて威嚇しながらティオスが叫ぶ。ティオスの後ろに、心配そうな顔のナルジェルがいる。他にも大勢の大人の人達がいる。良かった、みんなで無事にここを出られそうだ。
「うん、大丈夫だよ!」
サトニルって呼ばれた兵士の人が、他の兵士の人達と一緒に男達を捕まえたり、売られそうになっていた生き物達を保護したりしている。ぼく達は外に出てそれを見つめていた。ぼくを抱っこするナルジェルの腕が震えている。ぼくも怖かったけど、ナルジェルも怖かっただろう。ナルジェルを安心させようと腕に顔をすり寄せる。ティオスがしょんぼりした顔でぼくを見つめた。
「俺がついていながら、危険な目に遭わせてすまない。」
「ううん、ぼくも油断していたんだから。助けに来てくれてありがとう。」
「俺は何もできなかったよ。ルイ、お前の勇気とアトゥナの協力のおかげだ。」
傍でサトニルと話していたアトゥナがぼく達を振り返った。
「ルイはよく頑張ったよ。強い子だ。きっと立派な大人になれるよ。」
アトゥナみたいに強くてきれいな猫に褒められると照れちゃうな。でもぼくだけじゃ怖くてなんにもできなかった。ナルジェルとティオスにアトゥナがいてくれたから、頑張れたんだ。
「みんながいてくれたから、ぼく頑張れたよ。ありがとう。」
「ルイはいい子だね。」
「心根がいい奴の周りには、自然といい奴が集まってくるもんだ。」
ナルジェルとティオス、アトゥナに会えて本当に良かった。兵士に連れて行かれる男達を眺めながらふと思った。この人達には、助けたいとか守りたいって思える人が周りにいなかったのかな。それってちょっとかわいそうかも。そう言うと、アトゥナはちょっとだけ怒った顔をした。
「それはね、自分の運命が不満で目も耳もふさいでいたからだよ。運命は自分で切り開くものなのに。」
ちょうど目の前をあの強そうな男が兵士に連れて行かれるところだった。男はぼく達を見て立ち止まる。
「お前らは仲間がいていいな。俺には生まれた時から誰もいなかったのに。」
「あんたがヤケを起こして勝手に孤独になって悲劇の主人公気取ってるだけだろう。」
アトゥナと男が何を言ったのかわからなったけど、アトゥナの言葉を聞いた男が淋しそうに笑って去って行くのを見て、ぼくの背を撫でた男の硬いけど優しい手を思い出した。あの男達がした事は許せないけど、これからは目と耳をふさがずにいられればいいのになって思った。

続く



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