『迷い猫、異世界を行く』
第7話
男の背を見送っていると兵士がぼく達に声をかけてきた。サトニルがピンと背中を伸ばして話しているから、きっと兵士の中の一番偉い人なんだろう。一番偉い兵士の後ろから大人の男の人が歩いて来るのが見えた。兵士はみんな同じ服装をしてるけど、この人は違う服を着ていた。街で見かけた大人の男の人と同じような、襟のついたシャツにゆったりしたズボンを履いている。ナルジェルとティオスがハッとした顔でその人を見た。その人は怒ったような怖い顔でぼく達に近付いて来る。
「お父さん……! 心配かけてごめんなさい!」
「オーフェウス、すまない! あなたの帰宅を待つべきだったんだが、急を要する事態で仕方なかったんだ。」
その人はナルジェルとティオスをちらりと見て怒った顔のまま小さく頷くと、兵士のふたりと何か話し始める。この人はどうして怒っているんだろう。戸惑っているとティオスが小声で教えてくれた。
「この人はオーフェウス、ナルジェルの父親だ。危ない事に飛び込んだのを話さなかったから、心配して怒ってる。」
そうか、ぼくのせいでナルジェルのお父さんにも心配をかけてしまったんだ。ここには来てないけど、ナルジェルのお母さんも絶対に心配してるだろう。言葉が通じなくてもちゃんと謝らなきゃ。兵士と話し終えたその人はぼく達を見て大きく息を吐いた。
「アナンセスからおおよその事は聞いた。詳しい話は家でゆっくり聞こう。馬車を待たせている。さぁ、帰るぞ。」
「あたしにも説明責任があります、同行させて下さい。」
「そうか、わかった。では一緒に来なさい。」
アトゥナの言葉に頷いてオーフェウスは歩き出す。兵士達に挨拶してぼく達も歩き出した。ナルジェルがぼくを抱く腕に力がこもっている。緊張しているみたいだ。オーフェウスは怖いお父さんなのかな。ナルジェルが怒られないようにきちんと謝らなきゃ。馬車に揺られてナルジェルのお家に向かう。
「悪い事したわけじゃないんだから、きちんと説明して、心配かけた事を謝れば大丈夫よ。あたしも何があったのか説明するから。」
隣に座ったアトゥナが緊張するナルジェルとぼくを励ましてくれる。ティオスもアトゥナの言葉に頷いた。でも、ナルジェルはまだ大人じゃなくて、この街にはたくさんの人がいて、その中にはあいつらみたいな悪い人もいる。そんな中でぼくのご主人を探していたら、また危ない目に遭うかもしれない。ナルジェル達に協力してもらうのは、もう無理かもしれない。緊張するぼく達を乗せて、馬車は夜の道をゆっくりと進んでいく。しばらくしてナルジェルのお家の前で馬車が止まった。恐る恐る家に入ると、アナンセスが駆け寄って来てナルジェルを抱きしめる。
「全く、無茶するんだから!」
「お母さん、ごめんなさい。」
「俺がついていながら、すまない。」
「ナルジェルが無理を言ったんでしょう? ティオスのせいじゃないから、気に病まないで。」
オーフェウスの後について、ぼく達はテーブルとソファのある広い部屋へ向かった。オーフェウスの向かいに、ぼくを抱っこしてナルジェルが座る。ティオスが隣に来て「心配するな」って言ってくれた。アトゥナもぼくを勇気づけるように頷いてくれる。オーフェウスがナルジェルとぼくを交互に見つめた。
「ナルジェル、お前がその仔猫に会ったのは昨日の事だな。」
「うん、主とはぐれて迷子になってて、かわいそうだから連れて来たの。」
「ルイは主を追ってて河に落ちたみたいでで、どうやら外国からここに流れ着いたらしい。だから言葉もわからなくて不安がってたんだよ。」
「そうか。ルイ、君が主とはぐれたのはいつの事なんだ?」
ティオスがオーフェウスは何て言ったのか教えてくれて、ここに来るまでの事を思い返しながら答える。夜遅くに突然ご主人が家を飛び出してしまって、慌てて追いかけた事。見失って焦っていたらいつの間にかお昼になっていて、いつこの街に来たのかもよく覚えていない事。街でナルジェルに会った事。ぼくの話をティオスがオーフェウスに伝えてくれる。
「……そんなわけで、俺達が主を探すのを手伝ってやるって約束したんだ。」
「なるほど。それで、どうしてあいつらに捕まったんだ?」
「見ての通り、ルイには生まれつき羽がないから、珍しい猫だって目を付けられたんだ。港でルイの主の情報を探していたら、奴らにルイを攫われてしまった。そこで先に攫われていたアトゥナと出会ったんだ。」
「あいつらは盗品や、捕獲に採取が禁じられた動物や植物を集めて非合法な競りをしたり、違法な貿易をしたりしているんです。あたしの以前の主が奴らを追っていたんですが、なかなか尻尾を掴ませないと嘆いていました。あたしはその主を亡くして彷徨っていた所を奴らに捕まって、閉じ込められた建物で同じように捕まったルイと会いました。ティオスの守り羽根をルイが持っていたので連絡を取り合って、衛兵の詰め所にいるって聞いて、前の主の友人がそこにいるはずだから探してほしいって頼みました。それであんな騒動を起こしてしまったんです。もっと慎重に行動するべきでした。娘さんを危険な事に巻き込んでしまって、申し訳ありませんでした。」
「衛兵に助けを求めに行ったんだけど、俺とナルジェルだけじゃ話を聞いてもらえなかったんだ。アトゥナの主の友人がやっと話を聞いてくれて、競りが終わってしまったらもうルイを助けられなくなってしまうって焦っていたんだ。オーフェウスに相談できなくて申し訳ない。」
ぼく達の話を聞いたオーフェウスはため息を吐くと、困った顔でナルジェルを見た。
「お前はまだ子供だし、ティオスも成猫としてはまだ若い。この街には大勢の人がいる。旅行者や流れ者も、悪い人間も大勢だ。そんな中で人を探すのは、子供達だけじゃ無理だ。お前達を危険な目に遭わせたくはない。」
「お父さん、ルイを見捨てろって言うの!?」
大きな声を上げて立ち上がったナルジェルに、オーフェウスは座るように手を振る。オーフェウスの話をティオスから聞いて、不安になった。やっぱりそうだよね、ナルジェルもティオスも優しいから思わず甘えちゃったけど、これはぼくの問題だ。でも、言葉も街の様子もわからないここで、ぼくだけでご主人を探せるだろうか。
「ナルジェル、話は最後まで聞きなさい。」
オーフェウスはナルジェルを座らせてぼくを見た。困った顔をしてるけど、優しそうな目はナルジェルとよく似てる。
「ルイ、主とはぐれて見知らぬ街に来てしまって不安だろう。だけど今ナルジェルにも言ったように、子供達だけじゃこの広い街で人を探すのは無理だ。しかし、一度君と約束した事を途中で投げ出させるわけにはいかない。そこで一つ提案がある。私に任せてくれ。」
ティオスが教えてくれるオーフェウスの言葉に頷く。ナルジェルを危ない目に遭わせてしまってごめんなさい。ナルジェル達をもう危ない目に遭わせたくない。ぼくとナルジェル、ティオスを順番に見ながら話すオーフェウスの話を、ティオスが同時に教えてくれる。
「私の友人に冒険者ギルドで取次ぎをしている者がいる。彼に相談して、人探しを得意としている冒険者をあっせんしてもらおうと考えている。」
「それがいいだろうな。」
「でも……。」
「詰所の兵士達の態度を見ただろ? あいつら、『ここは子供の来る所じゃない』って全然相手にしてくれなかったじゃないか。アトゥナがルイと一緒にいなかったら、アトゥナとサトニルが知り合いじゃなかったら、俺達にはどうにもできなかった。ルイを救出してあいつらを捕まえられたのは、運が良かっただけなんだ。」
「あたしもそれがいいと思う。自分の力が及ばない悔しさはとってもよくわかるけど、信頼できる大人に任せる方が確実よ。」
渋々頷いたナルジェルはぼくをぎゅっと抱きしめる。その腕が小さく震えていた。
「約束したのに、こんなに早く破っちゃってごめんね。」
泣きそうなナルジェルのほっぺにおでこを寄せる。ぼくの方こそ、危ない事に巻き込んじゃってごめんね。会ったばかりなのに、優しくしてくれてありがとう。ナルジェルはぼくの背中を撫でながらオーフェウスに頷いた。
「そうする。ルイをよろしくね、お父さん。」
「よし。じゃあ明日、朝食を済ませたらギルドに向かおう。」
「わたしとティオスも一緒に行っていい?」
「もちろんだ。ただし、口は挟まず私に任せてくれるな?」
「うん、わかってる。」
オーフェウスは安心したように大きく息を吐いてぼく達を見回した。
「今日は疲れただろう。食事を済ませたら、今夜は早く寝なさい。」
アナンセスが用意してくれたご飯は、見た事ないものだったけどとっても美味しくて、みんなでお腹いっぱいに食べた。ご主人もそうだけど、美味しいご飯を作る人は優しい人だって思う。その夜はナルジェルのベッドで一緒に眠った。アトゥナとティオスも傍にいる。ナルジェルの腕はご主人より小さいけどあったかくて、会ったばかりなのにもうずっと仲良くしているような気持ちになる。明日にはお別れなのがとっても淋しくて、ぎゅっとくっついて眠った。
続く
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