『迷い猫、異世界を行く』
第8話
翌日。朝ご飯を済ませて、みんなで馬車に乗り込んだ。ナルジェルはご飯を食べてる時からずっとぼくを抱っこしてくれてる。淋しそうな、でも頑張って笑おうとしてるナルジェルに顔をすり寄せると、嬉しそうに笑ってぼくの頭をなでてくれた。馬車は港とは違う方向へ向かってるみたいだ。窓が開いてるけど海の匂いがあまりしてこない。でも港と同じようにたくさんの人の声がする。街の中心部に向かってるんだってティオスが教えてくれた。そこにはぼく達が目指してる冒険者ギルドとか、旅に必要なものを売るお店なんかがいっぱいあって、港と同じくらいにぎやかな所らしい。冒険者ギルドってどんな所なんだろう。ぼく達が住んでる所にはないものだ。到着する前に少し情報を集めておかなくちゃ。
「ティオス、冒険者ギルドって初めて聞くんだけど、どんな所なの?」
「あぁ、ルイの街には無いのか。そうだな、世界中を旅してる流れ者の剣士とか、職を引退した元衛兵とか、山賊稼業を辞めたはいいが定職に就けずにいる元山賊なんかが、その場限りの仕事を請け負って金を稼ぐ所だ。ギルドに所属して仕事を受けてる人達をまとめて冒険者って呼んでる。仕事の内容は街の人からの依頼で人探しとか害獣退治、行商人や旅芸人の護衛とか、色々だな。冒険者は荒っぽい奴が多いっていうのがオレの印象だけど、オーフェウスが間に入ってくれるなら大丈夫だろう。」
「そうね、この街のギルドはしっかりしてるって前の主が言ってたし、ナルジェルのお父さんが仲介してくれるなら、腕も人柄もいい人と出逢えると思う。」
ティオスとアトゥナがそういうなら安心だ。あとはぼくが頑張らなきゃ。
「さぁ、着いたぞ。」
オーフェウスの声にぼく達は馬車を降りた。ナルジェルに抱っこされながら目の前の建物を見上げる。石でできた二階建ての大きな建物だ。ナルジェルのお家よりも大きい。ドアが大きく開いていて、外から建物の中が見える。テーブルと椅子がいくつか置いてあって、何人かの人がおしゃべりしていた。ここにぼくと一緒にご主人を探してくれる人、いるかなぁ。オーフェウスについて建物に入って行くと、入り口の傍で机に向かっていた男の人が顔を上げた。
「あれ、オーフェウスじゃないか。珍しいな、あんたがここへ来るなんて。」
「娘の頼みでな。条件に合う冒険者を紹介してほしいんだ。ナルジェル、こっちへ。」
オーフェウスに呼ばれてナルジェルはぼくを机の上に座らせる。ふっくらした男の人がぼくを見下ろした。オーフェウスがぼくの頭をそっと撫でる。
「この仔猫の主を探してほしいんだ。」
「里親探しかい? 羽の無い猫とは珍しいね。」
「いや、主とはぐれたらしくてね。外国から来たそうで、さっぱり手がかりがなくて困っているんだ。」
ティオスがオーフェウス達の話を教えてくれる。ナルジェルみたいないい人に会えるといいんだけど。それに早くご主人を見つけてお家に帰りたいよ。
「主と一緒に河に落ちたらしい、か。人が港に流されて来たって話は聞かないなぁ。」
「ここにも届いていない話なら、この街にはいないだろうな。なら、旅人で人探しを生業にしている冒険者を紹介してほしい。」
「あっ、そうだ、お父さん!」
「こら、口を挟まないって約束だぞ。」
「あのね、猫を連れてる人がいいと思うの。ルイはこの国の人の言葉が分からないから。」
「そうだな、ルイには通訳が必要だ。コミュニケーションが取れないと人探しは困難だろう。」
「なるほどね。ちょっと待ってな。」
ナルジェル達の話を聞いてその人はノートを取り出した。猫を連れてる人を探してくれるってティオスから聞いて安心する。おしゃべりできないと探してもらうの大変だもんね。
「お、条件に合う奴が今待機中だ。上の宿にいるから呼びに行かせよう。」
その人は誰かを呼んで二階を指差している。呼ばれた若い男の人が頷いて奥の階段を登っていった。今あそこにいる人が、これからぼくと一緒にご主人を探してくれるんだろう。ちょっとどきどきする。しばらく待っていると、奥の階段からさっきの若い男の人と背の高い女の人が下りてきた。女の人は呼びに行った若い男の人よりも体格がいい。強い人なのかな。女の人の肩に猫がいる。ティオスと同じくらいの歳だと思う。
「じゃあ、向こうで詳しい話を。」
男の人に連れられてぼく達はテーブルを挟んで座る。
「初めまして。私はエインティア、こちらは相棒のアムシャです。」
「どうも初めまして。私はオーフェウス、娘のナルジェルとうちの守り猫のティオスに、仲間のアトゥナ。そしてこの子がルイです。」
「仔猫とはぐれた主を探してほしいという依頼でしたね。」
みんなが話してる間、女の人と一緒にいる猫が、何か言いたくて仕方ないって感じでそわそわしながらぼくを見てる。そんなにじろじろ見ないでよ。落ち着かないなぁ。
「では成功報酬と出立の資金はこちらで用意します。乗船券の手配はギルドに頼んでいいのかな?」
「あぁ、任せてくれ。」
「報酬はここへ受け取りにくればいいのかしら?」
「うん、頼むよ。」
「では無事に見つけられたらこちらのギルドにお伝えします。進捗も手紙でギルドにお伝えしますね。やむを得ず他の冒険者に引き継ぐ事もあるかと思いますので、その時にも詳細をお伝えします。」
「わかりました。」
「旅立の準備はいつでもできていますから、手配が済み次第出発しましょう。」
「よろしくお願いします。」
みんなの話が終わったみたいで、オーフェウスとナルジェルが女の人に頭を下げた。オーフェウスと男の人が入り口の机に戻って何か話してる。若い男の人がぼく達に飲み物を持って来てくれた。オーフェウス達の話が終わるのを待つみたいだ。色々準備しなきゃいけないのかな。ご主人を探すの、引き受けてくれたんだね。ぼくも女の人にお辞儀した。これからよろしくお願いします。
「ねぇねぇ、エインティア、お話終わった?」
「うん。準備ができたらここを引き払って出発するよ。」
女の人と一緒にいる猫が目を大きく開けてぼくに近付く。な、何?
「ホントに羽が無いのねぇ。ケガして無くしたの? それとも病気?」
「もともと無かったよ。ぼくの住んでたところでは羽の生えた猫っていなかったから、病気でもないと思う。」
「そぉなの? 色んな形の羽があるけど、羽の無い猫って激レアだよー!」
目をきらきらさせてその猫がぼくの背中に鼻を寄せてくる。くすぐったいってば。
「こら、アムシャ。嫌がってるから止めなさい。」
「でもでも羽の無い猫って見たことないよー!」
「じゃれるのは仲良くなってから。ちゃんと自己紹介して。私にもその子の事教えてね。この子、人の言葉は分からないらしいから。」
「えぇー、何それメンドクサイんですけどぉ。」
「そんな事言ってるとおやつあげないよ。」
「むぅ。しょうがないなぁ。」
女の人と何か言い合ってた猫がぼくの方を向いた。
「わたしはアムシャ。この人はわたしの主でエインティア。あんた、名前は?」
「ぼくはルイだよ。」
「そう。よろしくね、ルイ。主とはぐれたんだって? どんくさいわねぇ。」
「夜中に急に家を飛び出しちゃったから見失っちゃったんだよ。」
エインティアって人は優しそうだけど、アムシャは何だか意地悪だ。
「なんかワケありっぽいわねぇ。まぁ、エインティアは人探しが得意だから、どーんと任せておきなさい。」
自慢げに胸を逸らしてるけど、アムシャが得意げに言う事じゃないんじゃないかなぁ。
「エインティアさん、ルイをよろしくお願いします。」
ナルジェルとティオス、アトゥナもエインティアに頭を下げてくれてる。ぼくも頭を下げる、ありがとう、みんな。
「うん、任せてくれ。出発前にルイや主の事をもう少し詳しく聞かせてほしいな。」
ティオス達にした話をエインティアにも話す。ティオスがそれを伝えてくれて、エインティアが小さなノートにそれを書いていく。
「ふむ。さっきマスターやオーフェウスさんも言ってたけど、その人はこの街にはいないだろう。人が港に流れ着いたら騒ぎになるからね。」
エインティアはポケットから小さな地図を出して広げた。みんなでそれを覗き込む。
「河に落ちて漂流したんなら、ここ数日の潮や風の向きからしてこっちへ流されて行った可能性が高いだろう。まずは船でヴァスパタの街へ行ってみようと思う。何か進展があったら、このギルドへ手紙を送るよ。」
「はい、よろしくお願いします。」
しばらくして、オーフェウスがテーブルに戻って来た。みんなが立ち上がる。出発の準備ができたんだ。ナルジェルがぼくを抱っこしてくれる。もうすぐお別れだと思うとやっぱりさみしい。外へでると馬車が来ていてみんなで乗り込んだ。船に乗って別の街へ行くって聞いたから、港に向かうんだろう。しばらく馬車に揺られていると海の匂いがしてきた。ナルジェルがぼくを抱っこする力が少し強くなる。ナルジェルも淋しがってくれてる。ぼくも淋しいけど、行かなくちゃ。ありがとう、ナルジェル。馬車は予想通り港に着いた。馬車を降りて船着き場に向かって歩く。ご主人を見失って、ナルジェル達に会って、悪い人にさらわれて、アトゥナとも会った。悪い人達をこらしめて、今度はエインティアとアムシャに会って、一緒にご主人探しの旅をする。長い旅になるような気がする。いっぺんに色んな事があって、忘れられない街になりそうだ。船着き場に着くと風がいっそう強くなった。オーフェウスが船のチケットを受け取りに行っている間、ぼく達は並んで海を見つめる。ティオスがぼくを見て笑う。
「元気でな、ルイ。無事に主と会えるように祈ってるぞ。」
「うん、色々とありがとう、ティオス。ご主人が見つかったら、一緒に会いに来るよ。」
「待ってるぜ。」
ティオスに笑い返すと、ぼくは気になる事があってアトゥナを見つめた。
「ねぇ、アトゥナはこれからどうするの?」
「あたしはサトニルのところに行くよ。前から『うちの猫にならないか』って誘われてたんだ。でも前の主が忘れられなくてね。だけど、ルイのおかげで仇討ちができて吹っ切れたよ。ありがとう。」
「ぼくの方こそ、助けてくれてありがとう。」
アトゥナがひとりぼっちにならなくて良かった。安心したところにオーフェウスが戻ってくる。いよいよお別れだ。ナルジェルがぼくをエインティアが差し出した腕にそっと乗せた。エインティアの手はご主人よりも大きくてがっしりしていて、でもご主人やナルジェルと同じくらいあったかくて安心する。
「そうだ、これルイにあげる!」
ナルジェルが慌てたようにポケットからハンカチを出してぼくの首に巻いてくれた。ご主人が好きなゲームで見たマントってやつみたいに、風を受けて背中でひらりと揺れてる。カッコいいかも。
「うん、よく似合うよ。」
「お洒落でいいじゃない。」
「背中も隠せるし、いいアイデアだ。」
「ありがとう、ナルジェル。」
ゲームでみたマントを付けた人はとっても強くてかっこよかったのを思い出す。ちょっと大人になった気分だ。嬉しいな。
「いってらっしゃい、ルイ。」
「俺達の守り羽根、そのまま持っててくれ。あまりにも遠く離れると話は出来なくなるけど、俺達はいつでもルイの傍にいるからな!」
「ルイ、元気でね!」
みんなが口々に叫んで手を振ってくれる。ありがとう、みんな。ぼく頑張るよ。エインティアに抱っこされて船に乗り込む。エインティアは船の上に出て、港にいるみんながよく見えるところに立ってくれた。落ちないように気を付けながら、ぼくも身体を乗り出して叫ぶ。
「ありがとう、みんな! ぼく頑張るからね!」
大きな音がして、船がゆっくりと港を離れていく。必ずご主人を見つけて、みんなに会いに戻って来るからね!
続く
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