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『祈りの届く場所〜ある英雄譚の片隅で〜』

第10話「英雄譚における私の役目は、終わったようですね。」

「おい、待てよ! どこ行くんだよ!」
教会を出たミオードの肩をレイアンは乱暴に掴んで振り向かせる。
「帰るんだよ。」
「帰るって、どこへ!?」
「あの街に決まってるだろ。」
「街はもう無いんだ、いいかげん現実を受け入れろ。」
憤るレイアンに小さく笑う。
「受け入れて、どうするの? 僕に死にに行けと?」
「そんな事言ってないだろ!」
「受け入れようがどうしようが、何も変わらないじゃないか。」
「街に帰るのだって死にに行くようなもんだろ。」
2人を追ってきたウォルティが言葉を続ける。
「あの街はもう魔王の手に落ちた。帰るのは危険だよ。」
ウォルティに視線を移し、ミオードは肩をすくめた。
「僕がいたから襲われたんでしょう? だったらどこにいようと同じじゃないですか。」
「だからってわざわざ殺されに行く必要ないだろう!」
「君も僕に行けって言うのか? 僕1人に魔王と戦えなんてむちゃくちゃな事を?」
「俺も行く。今度こそお前を守る!」
レイアンに視線を戻し冷めた目で見据える。
「行ってもいいけど、次に僕が死んだら今度こそ余計な事しないでね。」
「お前……!」
肩にかけられた手を振り払いミオードは踵を返す。レイアンは腕を掴んで引き寄せ、振り向いたミオードの頬めがけ拳を振り下ろした。
「ふてくされるのもいい加減にしろ!」
雨の中へ倒れ込んだミオードを見下ろし、慌てたウォルティが止めようとするのを振り払ってレイアンは叫ぶ。
「俺はお前に生きててほしい、それだけだ!」
殴られた頬に呆然と手を当てながら、ミオードは呟く。
「君に何がわかるんだ。」
「あぁ、わからねぇよ。悲劇の主人公ぶる奴の気持ちなんざわかってたまるか!」
ぬかるみに足を取られながらミオードはゆっくりと立ち上がり、レイアンを睨んだ。
「君にわかってもらおうとは思わない。」
「お前、ふざけるなよ!」
神父と共に2人を追ってきたフィオナが驚きの声を上げた。
「2人とも何をしてるの!? ウォルティ、止めなきゃ!」
成す術なく立ち尽くしていたウォルティは、首を振りながらフィオナに歩み寄った。
「ここはレイアンに任せた方がいいと思う。僕達よりもずっと長い時間、ミオードと過ごしてきたんだから。」
神父も頷く。
「そうですね、私達の出る幕ではないでしょう。ここは2人を信じて見守るしかありません。」
心配そうなフィオナの視線に気付かず、ミオードの胸倉を掴みレイアンは叫ぶ。
「お前はいつもそうだ。わかってほしい、構ってほしい、そのくせ『どうせ自分なんて』ってふてくされてる。俺がお前のその態度にどれだけ傷ついたか考えた事があるか!?」
ミオードは答えずレイアンの手を振り払おうとする。放すまいとレイアンの手に力がこもる。打ち付ける雨をものともせず至近距離で睨み合い、レイアンが尚も叫ぶ。
「お前、お告げを受けた時に言ったな? 『僕は死んでも誰も悲しまない孤児だからこんな役目に選ばれたんだ』って。あの時俺がどれだけ傷ついたかわかるか? ずっと兄弟同然に育ってきたのに、俺はお前の死を悲しまない奴だと思われてたんだ。俺は勝手に傍にいて勝手に傷ついてるだけだからまだいい。お前を本当の息子として育ててきた俺の親父とお袋は、お前のそんな言葉聞いたらどれほど傷つくか考えろ!」
はっとした顔でミオードはレイアンを見つめる。レイアンは震える手でミオードの胸倉を掴み揺さぶる。
「お前の親が死んでしまった後、お前の親戚を探して引き渡す道もあった。だけど、親父たちはお前の親の友人だってだけで、赤の他人のお前を俺と一緒に育てるって決めたんだ。お前はそんな人を侮辱したんだぞ!」
「レイアン……僕……。」
俯いてしまったミオードの顎を掴んで視線を合わせ、レイアンは静かにしかし力強く告げる。
「お前が泣こうがふてくされようが、運命は変わらない。逃げるのは俺が許さない。親父たちがお前を引き取るって決めた時、俺も決めたんだ。俺がお前を守るってな。お告げも何も関係ない、お前は俺の大事な弟で、友人だ。」
「レイアン、お父さん、お母さん……ごめんなさい!」
嗚咽を漏らすミオードに掴んだ手の力を抜き、レイアンは微笑んだ。
「俺はお前がいるこの世界を、魔王にめちゃくちゃになんかさせたくないんだ。一緒に魔王の奴をぶっ潰しに行かないか?」
自分達を見守っているフィオナ達を振り返りレイアンは言葉を続ける。
「お前は独りじゃない。俺も親父たちも、お前を支えようとするこれからの友人だっている。」
レイアンの視線を追いミオードは顔を上げる。顔を見合わせ安堵の息を吐くフィオナたちに、ミオードは涙を拭き頭を下げた。
「こんな未熟な僕だけど、僕と一緒にこの世界を守る旅に来てもらえますか?」
「もちろんよ、ミオード。過酷な運命をあなた1人に背負わせたりしない。」
「僕もまだまだ未熟だけど、ミオード、君を支えたい。これからよろしく。」
差し出された2人の手を取りミオードは更に深く頭を下げる。
「よろしくお願いします。」
ほっとした顔で神父は4人を見回した。雨の中睨み合っていたレイアンとミオードは全身ずぶ濡れだ。
「皆さん、中へ戻りましょう。このままでは風邪をひいてしまいますよ。」
4人を再び宿泊用の部屋へ案内し暖炉に火を入れると、タオルと温かい茶を持って来て差し出す。それを受け取りミオードは神父に頭を下げた。
「先ほどは失礼な態度を取ってしまって、すみませんでした。」
「いいんですよ。私の方こそ、きつい物言いをしてしまい申し訳ありません。」
「そんな事、だって僕が悪いんですから。」
大きく首を振るミオードに神父は微笑んだ。
「誰だって『魔王と戦え』だなんて言われたら怖くなります。しかし、あなたが独りで戦うのではありません。神々はあなたのもとに多くの協力者を導いています。何より、神託など無くてもあなたには心強い味方がいます。」
その言葉に、レイアンがミオードの肩に手をかけた。
「レイアン……。」
「殴ったりして、悪かったな。」
「ううん、ありがとう。」
ミオードはレイアンを見上げ微笑んだ。
「レイアン、これからもよろしく。」
力強く頷きレイアンはミオードの頭をくしゃくしゃと撫でた。もう大丈夫と神父はそっと安堵の息を吐く。
「今日はここでゆっくり休んでいってください。旅に必要な物も、この街で調達していくといいでしょう。」
「はい、ありがとうございます。」
そろって頷いた4人に頷き返し「何かあったら裏の家に来て下さい」と言い残して神父は部屋を後にした。自宅に戻り司祭服から私服に着替えながら、ふと壁際の姿見に目をやる。
「英雄譚における私の役目は、終わったようですね。」
あの日胸元に刻まれた翼形の痣は、消えていた。

 翌朝。教会を出る4人を見送る。迷いも憂いも晴れたミオードの顔に神父は微笑んだ。
「大変な旅になるでしょう。どうぞお気をつけて。皆さんに神々のご加護がありますように。」
「お世話になりました。ありがとうございます。」
肩を並べ教会を後にする4人の背を見つめる。剣を手に戦うことだけが魔王に立ち向かう術ではない。だが、魔王を討つにはやはり戦う者がいなくてはならない。彼らの旅立ちが、人々の希望となるように。人々の希望が、彼らの力となるように。
「どうぞ彼らをお守り下さい。」
遠ざかって行く4人の背を見つめながら神父は天へ祈った。


第10話・終


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