短編推理劇場 Act.2『ちぎられたメッセージ』捜査編

Act.2『ちぎられたメッセージ』



「お疲れ様です、警部。」
警備の巡査の敬礼に軽く手を上げて応えると桐生は現場の雑居ビルの一室に入って行った。堤が駆け寄ってくる。
「お疲れ様です、警部。」
「あぁ。で、状況は?」
堤は手帳を開き状況を説明する。
「被害者は橋本隆彦、37歳、この私立探偵事務所の所長です。今朝会う約束をしていて訪れた被害者の友人が遺体を発見しました。ドアには鍵がかかっていて、不審に思ってビルの管理人に開けてもらったそうです。死後10時間以上経っているようで、死因は後頭部への強い打撃、部屋にあったクリスタル製の灰皿から血液反応が出ているので凶器はこれに間違いないと思われます。指紋は拭き取られた形跡がありました。それと被害者は不可解な物を握り締めていました。これです。」
堤が取り出したのはビニール袋に入れられた名刺だった。半分に破られている。
「何だ、これは?」
「名刺は被害者本人の物です。遺体発見時からこの様に破れていました。不可解なのは裏です。」
桐生は名刺を裏返し書かれた文字を読み上げた。
「『けて。』何だ、これ?」
「恐らく破られた前半分にも何か書いてあったのだと思われます。死後硬直した指をこじあけてこれを取り出そうとした形跡がある事から、犯人が前半分を持ち去ったのだと思われます。これってダイイングメッセージってやつですかね。」
桐生は白けた顔で堤を見遣る。
「お前は本の読みすぎだ。何で犯人を伝えるのに意味不明な言葉を書く必要があるんだ。」
「えぇと、例えば犯人にメッセージが見つかった時の事を考えたとか。」
「死に際の人間がそこまで考えられるとは思えんがな。他に何かわかった事は?」
「はい、被害者の友人によりますと、最近被害者とトラブルを起こしていた人物がいるそうです。」
堤は手帳のページをめくり読み上げる。
「まず三宅哲也。36歳の私立探偵です。同業者である被害者に根も葉もない悪評を流され業績が落ち込んだ事を恨んでいて、よく被害者と口論していたそうです。次に秋本啓介。29歳で被害者の助手をしています。独立して事務所を開こうとした所を被害者に妨害されて恨んでいるようです。給料の件やその他仕事上の事で長年揉めていたそうです。そして高杉孝一。34歳、依頼人の一人です。報酬の支払期限が過ぎていると被害者に連日脅迫されていたそうですが、この金額が法外だと言って争っているようです。被害者は昔から揉め事の多い人物だったようですよ。」
「容疑者はこの3人って所か。」
「はい。3人に任意同行を求め事情聴取を行います。」
頷いて桐生は橋本の書いた業務日誌や報告書をぱらぱらと眺めていた。揉め事の多い人物と言う話からは想像しにくい、流麗な筆跡で見やすく纏められており、誤字や脱字、語意や文法の誤りもなく几帳面な性格が伺える。桐生はふと顔を上げると名詞を見つめ呟いた。
「そうか、『けて。』か。なるほどね。犯人も馬鹿な事をしたもんだ。」
「え? もう犯人がわかったんですか?」
「ああ。あれはある意味ダイイングメッセージだったんだ。犯人はこいつに間違いない。」
桐生はリストの人物の一人を指差した。


               捜査編・終

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