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『ちぎられたメッセージ』解決編



堤は桐生の指した人物の名を見つめながら首を傾げる。
「どうしてそう断言できるんです?」
桐生は考えを纏めながら口を開いた。
「凶器を用意していなかった事と被害者に留めを刺していない事から、この犯行は突発的なものだったと考えられる。」
頷いた堤に桐生は言葉を続ける。
「で、さっきも言ったように瀕死の被害者がわざわざ暗号めいた言葉で犯人を示すとは考えにくい。なら被害者は何を書いたのか。」
「何を書いたんです?」
「恐らくSOSのメッセージなんじゃないか? 殴られて朦朧としてる中、犯人を示そうとするよりSOSを発する方が自然だろう。手近にあった名刺にSOSを書いて窓から投げようとでもした所で力尽きたんじゃないか?」
「なら何故犯人はSOSメッセージなんかを持ち去ったんでしょう?」
首を傾げる堤に桐生は言葉を続ける。
「何らかの理由で戻ってきた犯人は、被害者が握ったメッセージを自分が犯人だと書き残されたと思い込んで持ち去ったんだろう。」
「なるほど。犯人にはメッセージが全部見えなかったから、目に入った字を見て自分の事だと思い込んでしまったんですね。」
「恐らくな。後ろ暗い所のある奴は何でもない事にも過剰な反応をしてしまうもんだ。そうして自らの首を絞める。」
開いたままの報告書を見遣り桐生は言葉を続ける。
「人間ってのは面白いもんだな。こんな時でも普段の癖が出るのか。」
「何の事ですか?」
桐生は名詞の文字を指差し言葉を続ける。
「このメッセージの最後に読点が打ってある。報告書の類の文章を書く人間の癖だろう。業務日誌も几帳面に書かれていたしな。お前よく報告書の文法違いをうるさく注意されるだろ。」
「う゛っ……。そうですね。」


堤に呼び出された男、秋本啓介は青ざめた顔で取調室の椅子に座っていた。桐生は秋本を見据え口を開く。
「君が勤めていた探偵事務所の所長、橋本隆彦が殺された。これはさっきの刑事から聞いたね。で、被害者はこんな物を握り締めていたんだ。」
桐生はちぎられた名刺の裏を秋本に見せた。名刺に目を落とし秋本は叫ぶ。
「『けて。』? そうか! あの野郎『助けて。』って書いてたのか!」
桐生の視線に秋本ははっとして口を塞ぐ。
「やはりこれを持ち去ったのは君か。被害者が犯人は君だと示す為に書き残したと思い込んだんだろう?」
秋本はがっくりと肩を落としぽつりぽつりと語り始めた。
「その通りです。僕は他人を蹴落としたり、弱者を踏み躙ったりするあいつのやり方が許せなかった。こんな奴の下で働くより独立しようと決めたんです。信頼の置ける人達に支援してもらう約束を取り付けて。だけどあそこを辞めて本格的に開業の準備にとりかかろうとした時、彼らは皆一斉に『君の支援は出来ない。』って言い出して手を引いてしまいました。話を聞くと橋本に弱みを握られたりして卑劣な脅しを受けたようです。橋本を問い詰めたら『お前みたいな甘ちゃんは他人の下で這いつくばって働くのが似合いだ。』って……。それでかっとなって、あいつが背を向けた時に灰皿で殴りつけていました。」
震える拳を握り秋本は言葉を続ける。
「血を流して倒れたあいつに驚いて逃げ出した後、本当に殺してしまったんだろうか? って段々恐ろしくなって戻ってみるとあいつは間違いなく死んでいた。やっぱり殺してしまったんだと目の前が 真っ暗になりました。で、ふと見るとあいつは名刺に『助……』って書いて死んでいる。助手の僕が犯人だと書き残しやがったと思って持ち去ろうとしたんです。これさえ無ければ、あいつは敵が多かったから容疑者を絞るのに時間がかかるだろうと思いました。半分しか取れなくて焦りましたけど、凶器の指紋を拭いて外部の人間の犯行に見えるようにしておけば残り半分を見ても僕とは特定出来ないだろうと思いました。」
桐生はうな垂れる秋本を見つめ口を開いた。
「そうか……。名刺を持ち去らなければこんなに早く犯人を特定する事は出来なかったのに。それに橋本のやり方を許せないと言う君が、どうして自分の罪を他人に着せるような行動を取ったんだ。」
秋本は震える声で答える。
「僕は、あいつの言うとおり甘ちゃんだったんです。」
俯く秋本の肩を慰めるようにそっと叩くと、桐生は堤を呼び秋本を連れ出させた。


                 劇終


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