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魔界。大地と重なり合うように存在する次元の異なる世界。異空間に築かれたその世界は紫がかった擬似太陽に照らされていた。

「いよいよですな、ロレウス様。」
魔界の中央に位置する城のバルコニーから世界を見渡していた若き王ロレウスは、背後からの声にゆっくりと振り返った。バルコニーに現われた老齢の家臣にロレウスは表情を和ませる。
「ギャバンか。そう、いよいよだ。お前達には苦労をかけたな。」
ギャバンは静かに首を振る。
「ロレウス様の背負われたものを思えば、私共の働きなど苦労の内には入りませぬ。」
ロレウスは表情を引き締め、魔界を照らす擬似太陽を見上げた。銀色の真っ直ぐな髪が紫の光を受けて揺れる。
「時は満ちた。今こそ父上の遺志を果たす。これからは更に過酷な戦いが待っているだろう。私が留守の間皆を頼む。」
「御意に。」
マントを翻しロレウスは城内へ戻る。ロレウスを見送りギャバンは擬似太陽を見上げた。
「ヴァルジール様、どうかロレウス様をお守り下さい。」
魔界を照らす擬似太陽はロレウスの父、ヴァルジールが生み出したものだった。紫色をおびたこの太陽は魔界に生きる者達の希望であった。人間でありながら神に近い力や容姿を持って生まれた者達。異形の者、忌むべき命とされ本物の太陽の光を浴びる事を許されなかった者達。神々に背き地上に厄災をもたらす者とされ追われていた彼らを救う為、創世神の一人であったヴァルジールは異空間に魔界を創造し太陽を創り出した。そして彼らの存在さえ許そうとしなかった一族に対して決起し戦ったヴァルジール。長い戦いに敗れ魔界が閉ざされた後、自らの力をまだ幼かったロレウスに継承し「魔界の人々を頼む」と言い残してヴァルジールは息絶えた。以来ロレウスは自分達を追放した一族を憎み、魔界人達の手に地上と太陽を取り戻す事を誓い生きてきた。剣術と魔術の鍛錬に励み、魔界を統率し魔界人達の希望であり続けた。異空間に築かれた魔界は不安定な世界である。魔界の存在を維持する為にはロレウスの心身に多大な負担がかかる。魔界人達は、ロレウス一人に魔界を背負わせる事に胸を痛め、生まれた地上に還る事を願っていた。ヴァルジールの戦いから数百年もの年月を経て、今ようやくその時が訪れようとしている。ヴァルジールとの戦いで力を消耗した一族の長は魔界への入り口に封印の結界を施した後、力を取り戻すべく今も地上のどこかで眠りに就いているという。魔界の完全な消滅を目論んでいるようだ。封印の結界はかけた術者自身が解くか術者が滅びなければなくなる事はない。だが、戦いで深い傷を負った長の結界は完全な物ではなかった。結界は徐々に力を弱め、魔力の微弱な者なら結界に反応せず通り抜ける事ができるようになっている。ロレウスの戦いを助ける為、情報収集の命を受けた者が既に旅立っていた。そして、長と同等であったヴァルジールの力を受け継いだロレウスなら、結界の綻びを一瞬だけ広げ通り抜ける事が出来る事を確認した。地上を魔界人達の手に取り戻すには、その存在を許さなかった創世神の一族をまずは滅ぼさなくてはならない。ギャバンは魔界を見渡した。城から全てを見渡せる小さな世界。ヴァルジールの側近として共に戦った彼は、ロレウスに全てを背負わせ孤独な戦いを強いる事に胸を痛めていた。だが決してそれを表に出す事はしない。ロレウスは自ら進んで魔界の命運を背負った。ならば自分の役目は全力でロレウスを支える事。今の魔界には一族と対等に戦える力を持つのはロレウスしかいないのだ。創世神一族の討伐に向けて旅立つロレウスの無事をギャバンは心から祈った。


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