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 城内に戻ったロレウスは城の裏手にある竜舎に向かった。魔力を帯びた太陽に照らされる魔界には、地上とは全く異なる生態系が作り出されていた。竜もその内の一つである。個体数は少ないが高い知能と魔力を備えた竜は城で飼育されていた。ロレウスは竜舎の管理を任せている大柄な青年に声をかける。
「ハロルド、イルの調子はどうだ?」
「ロレウス様、わざわざお越しにならなくともこっちから出向きましたのに。イルは元気ですよ。すぐにでも出発できます。」
「ありがとう。ハロルドには感謝しているよ。」
「もったいないお言葉です。俺がロレウス様の為に出来る事ってこれだけですから。」 ハロルドは顔を赤らめロレウスを見つめた。獰猛で強大な竜を制御し飼育するのは大変な労力がいる。更に竜は従う相手を自分で決める為、飼育を任せられるのはハロルドだけだった。創世主ヴァルジールの息子であるロレウスと、ハロルド以外に竜を制御できる者はいない。何故ハロルドが竜を制御できるのかは誰にもわからなかった。ハロルドは竜以外にも殆ど全ての動物達を制御し従える事が出来る。その力の為に異端視され追われていた所をヴァルジールに救われ魔界で暮らす事になったのだった。人にあらざる力を持つ自分を救ってくれたヴァルジールと、その遺志を継ぎ戦うロレウスにハロルドは忠誠を誓っている。ロレウスの為に自分の力が役に立つ事を誇りに思っていた。
ロレウスはハロルドの持つ力を、ハロルドの優しい心から生まれているのだろうと考えていた。ハロルドの側に集まる動物達はみな穏やかな表情でハロルドに従っている。意識を奪い無理矢理従わせているわけではない。ハロルドと動物達の表情を見ていると、彼らの間には深い信頼関係があると信じられる。この優しい青年の力が何故、疎まれなくてはならないのかと、ロレウスは憤りを感じたものだった。
竜舎の奥からハロルドはイルを連れ出す。成獣にしては華奢だが高い戦闘能力を持つイルはロレウスの飛竜である。ロレウスに懐いて共に育ち、共に鍛錬に励んだ相棒であった。ロレウスは手綱を握りイルの首をそっと撫でる。それに応え高く力強い声を上げたイルを満足げに見つめると、ロレウスはハロルドに視線を移した。
「留守の間ここを頼む。」
「かしこまりました。お戻りをお待ちしています。」
ハロルドの力強い言葉に頷き返すとロレウスはイルの背に鞍を付け跨る。ロレウスが合図を送るとイルは翼をはためかせて飛び上がった。魔界を一巡りした後、結界のある神殿へと向かう。その姿を目にした者達はついにこの日が来たと歓喜する。
「ロレウス様、ご武運を。」
「ヴァルジール様のご加護がありますように。」
「我らの力をロレウス様の為に。」
彼らは飛び立つロレウスの姿を見つめ一心に祈りを捧げた。

 城から北へしばらく行くと小さな石造りの神殿がある。ロレウスはゆっくりとイルを降下させると神殿の入り口に降り立った。イルの手綱を引き共に扉をくぐる。城のバルコニーと同程度の広さをした神殿は、古代文字を使って描かれた封印の結界魔法陣で包まれていた。淡い光を放つ魔法陣の中心部をロレウスはじっと見据える。ヴァルジールが地上と魔界を繋ぐ門として建てた神殿。長に敗れたヴァルジールがロレウスに力の継承を行い息絶えたのもここであった。満身創痍のヴァルジールの姿は今でもロレウスの目に焼きついている。
あの日、致命傷を負ったヴァルジールは深い悲しみをたたえた目で幼いロレウスの手を握り、自分が息絶えれば魔界は消えてしまうと告げた。だが、ロレウスに自分の力を引き継げば魔界は消滅せずにすむとわかっていた。ヴァルジールの心は揺れる。魔界の消滅は魔界に住む者達の死に直結する。一族や人間から救った者達を自らの手で殺すような真似は出来なかった。だが幼い我が子に強大な力を継がせ魔界の全てを背負わせる事に胸を痛めた。妻セトゥリアは涙を必死に堪え佇んでいる。彼女もヴァルジールの想いを感じ何も言えずにいた。やがて意を決しヴァルジールはロレウスに自分の力を受け継いでもらえるかと尋ねた。もう父は助からない事を感じたロレウスは零れそうな涙を堪え頷く。安堵と悲しみを同時に浮かべた複雑な表情でヴァルジールは身体を起こしロレウスの額に手を当てた。質量を伴った光が溢れ膨大な魔力と情報がロレウスの身体に流れ込む。その圧倒的な力にロレウスの身体は引き裂かれそうな痛みに襲われる。だが、それは父の想いがこめられたもの。痛みに耐えその重みをじっとロレウスは受け止めた。やがてすぅっと光が軽くなり最後の一筋がロレウスの額に流れ込み消える。次の瞬間、ヴァルジールは床に倒れ込んだ。長の配下と戦っていたギャバンが駆け寄ってくる。ヴァルジールは3人を見つめ苦しげな顔で「魔界を頼む」と告げた後、眠るように息を引き取った。セトゥリアが泣き崩れる。ギャバンは空を見上げ嘆息を漏らした。長はヴァルジールの死を確認出来なかったのか、最後の力を振り絞って魔界と地上を繋ぐ次元の入り口を結界で封じ戦いに終止符を打ったのだった。魔界の人々はヴァルジールの死を悼み神と人間を憎み、力を継承したロレウスに神の討伐と地上への希望を託した。セトゥリアは幼いロレウスを支え続けたが、悲しみから次第に衰弱し旅立つロレウスの姿を見る事無く逝去した。
ロレウスは感傷を振り払うように大きく息をつき魔方陣を見つめる。一族が存在する限り自分達は地上へ還る事は叶わない。長を倒し地上を魔界の人々が暮らせるような世界に作り変えるまで帰らないと決意を新たにする。水鏡を通して見つめていた地上はとても美しい世界だった。追われても尚焦がれ続けた本物の太陽。追われたからこそ、ともいえる。ロレウスは父の形見である細身の剣を抜き魔方陣に意識を集中する。やがて封印の綻びを見つけると剣に魔力を注ぎ込み綻びを広げにかかる。結界はロレウスの力を阻み、剣を弾こうとする。反発し合った力が神殿内に火花を散らす。
「くっ……。弱っているとはいえ長が施した結界、容易にはいかないか。」
苦痛の表情を浮かべたロレウスにイルが額を寄せる。
「ありがとう、イル。もう少しだ。」
渾身の魔力を込めロレウスは剣を結界に突き刺す。一際大きな火花を散らし結界が大きく歪む。ロレウスはイルに合図を送る。次の瞬間、ロレウスとイルの姿は結界の綻びに飛び込み消えた。結界は彼らの侵入に抵抗するかの如く稲妻のような大きな火花を最後に散らし、やがて神殿は静寂を取り戻した。


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