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4.裏切り者の末裔


 暗い野望を燃やし策略を巡らせる母イザベラの気持ちを感じ取っていたのだろう、レオンハルトとアンドリューの仲は険悪であった。血を分けた兄弟でありながら、殺意を抱くほど憎み合う2人。剣技の稽古を指導しながら、騎馬隊長のアランは深い嘆きの声を漏らす。少しでも目を離すと2人は互いを殺しかねないほどの争いを始めるのだ。訓練用の刃の無い剣を使用しているが、それでも急所を狙えば充分凶器になる。王子達の身が危険だからと、アランは何度も剣技指導を別々に行うよう直訴したのだが、当の王子達に断固として反対された。自分が知らない間に、自分を越える技術を相手が身につける可能性がある事が許せないらしい。同じ技術を、同じ時に同じ師から得なければならないのだと。同じ条件で王として必要なものを身に付け兄弟を倒す。王位に就く事が、母に認められ愛される唯一の道だと2人は信じているのである。
「お前さえいなければ!」
「王になるのは俺だ!」
「レオンハルト様! アンドリュー様! お止め下さい!」
今日も中庭にはアランの悲鳴に近い叫び声が響き渡っていた。

 夜。イザベラは自室で近隣の地図を見つめていた。戦乱の世では、地図は次々と変わっていく。この国に塗り潰された小国の跡をイザベラはそっと撫でた。小さく震える指先にあるのは、今は無い故国。おぼろげな記憶の中の王はイザベラの曽祖父だ。温かい大きな手、優しい眼差し。国土は小さかったが恵まれた大地にあった豊かな国。幸せな王族としての暮らしがあったはずだった。だがそれは一人の裏切り者の手によってこの世から永久に消えた。家臣の一人が王を裏切り隣国へ国を売ったのである。地位と引き換えに情報を流し武器を横流しし、城砦の門を敵へ開放した。瞬く間に国を奪い領土を広げた隣国は、その後故国を裏切った家臣のクーデターによりあっけなく倒れた。現在この国は、裏切り者の血を引くリチャードが治めている。イザベラにとって、当時幼かったリチャードがそれを知っているかどうかなど関係なかった。祖国を裏切り滅ぼした人間を、祖国の大地を踏みにじる裏切り者の子孫達を許す事など出来なかった。曽祖父を始め故国の王家に関わる人間はことごとく処刑された。イザベラだけがまだ幼い姫であったから死を免れ、この国で生きる事を許されたのである。あの日以来、イザベラはずっと復讐を誓って生きてきた。国を取り戻し、自分が、この国の正統な王家の血筋が国を支配する。それだけがイザベラの生きる理由だった。戦乱とクーデター後の混乱でイザベラの身元を誰もが忘れ去っていった。後宮で暮らす側室の姫達に紛れ込み、王妃の座に就く日を狙ってきたのである。やがてリチャードが即位し、病弱な姫マルグリットを王妃に迎えた時、イザベラはチャンスが巡ってくると感じた。身体の弱いマルグリットに甲斐甲斐しく仕え、リチャードとマルグリットの信用を得ていった。側室としてリチャードに気に入られるように振る舞うことも忘れなかった。憎い人間に仕え夜の相手もする日々を、故国を取り戻すという想いだけで耐えてきた。自分は正統な王家の人間だというプライドだけが、イザベラの支えだった。
 数年後。リチャードとマルグリットの間にギルフォードが生まれた。病弱なマルグリット王妃に誰もが世継ぎの誕生を諦め、側室の姫に世継ぎを託そうという話が持ち上がっていただけに、正妃の子ギルフォードの誕生を国中が祝った。ただ一人イザベラを除いて――。
そして生まれたばかりのギルフォードを残しマルグリットは急死する。出産に耐えられなかったのだろうというのが大方の意見であった。マルグリットを失い意気消沈するリチャードをイザベラは献身的に支えてみせた。リチャードが「イザベラを次の正妃に」と発表するまでそれほど時間はかからなかった。ようやくこの時が来たと、イザベラは歓喜する。だがマルグリットの突然の死に不審を抱く者もいた。王子を産んで城での地位を確かなものにし、邪魔する者を排除出来る力を得なくてはならない。新しい王妃を祝福する人々に優雅な微笑を向けながら、イザベラは暗い炎を胸の内に燃やしていたのだった。すぐにレオンハルトが生まれ翌年にはアンドリューが生まれた。幼い我が子を、イザベラは暗い瞳で見つめる。この子達も裏切り者の末裔なのだ。だがそれでいいとイザベラは薄く笑う。必要なのは世継ぎの母という立場だけなのだから。

復讐に生きるイザベラ、母の愛を得ようと憎み合うレオンハルトとアンドリュー。
王宮内に立ち込める不穏な空気は色濃くなるばかりだった。
       
                        To be continued……


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