8.騎士団長と宰相――前編――へ某国王宮の人間模様10題目次へ9.噂好きの侍女たちへ

8.騎士団長と宰相――後編――


ルクレチアはテオドールへ渡された書簡を示し言葉を続ける。
「イザベラ様は隣国の王妃と密通しているようです。互いに自分の邪魔になる王子を、戦を利用して抹殺しようと計画しています。」
「何だって!?」
ルクレチアが見つけた書簡には、互いに自陣内で王子を暗殺し遺体を交換する事でこれ以上の戦を止め講和条約を結ぶという計画が綴られていた。
「これは故国で聞いた噂ですが、あちらの王妃は戦を止め軍にかける費用を国内に使うよう訴える事で民衆の支持を集めているようです。けれど実際は対外政策に関心が無く、自らの財と地位を守りたいだけなのだと言われています。王子はそれを見抜いていて、王妃の国政への干渉を無くそうとしているようなんです。」
「それで王妃に命を狙われてるって事か。」
アッシュも深刻な顔で口を開く。
「表向きには互いに国の後継者を失うという大事で、戦の無意味さと悲しみを知り講和を結ぶという展開ですから、民衆の心証も良くなるでしょう。しかし実際は……。」
「あぁ、講和を結んだ所でどっちの国にも本当の平和は訪れない。」
テオドールはアッシュに渡した書簡を指差し言葉を続ける。
「さっきダリウスの後をつけて伝令兵に渡された書簡を手に入れた。『手は打ってある』とはそういう事だったのか。」
渡した2通の書簡に目を通すアッシュとルクレチアを見つめテオドールは言葉を続ける。
「イザベラ様の命を受けた仮面の刺客はバーナードだ。兄上が軍の中で一番信頼を置いてる騎士じゃなかったか?」
「そうですね。ギルフォード様だけでなくリチャード様の評価も高い騎士です。私も言葉を交わした事はありますが、真面目で忠義に厚い人物です。こんな陰謀に加担するような方には見えません。」
「幽閉塔の側で聞いた限りはイザベラ様に弱みを握られている感じだったな。」
記憶を辿りながら、何故もっと早く刺客の正体に気付かなかったのかとテオドールは唇を噛む。悔やんでも仕方ないと首を振りテオドールは言葉を続けた。
「この書簡を父上に見せれば、イザベラ様もダリウスも失脚させられるね。」
「えぇ。今すぐリチャード様へ知らせましょう。」
テオドール達はリチャードの部屋へ向かう。だが静まり返った夜の城内を急ぐ3人を呼び止める声が響いた。
「おい、こんな時間にこそこそと何をしている?」
声の主はレオンハルトだった。険しい瞳はルクレチアを捉えている。
「あんた、ギルフォード王子の婚約者だな。さっきあんたが母上の部屋から出てくるのを見た。見慣れない女官がうろついているから怪しいと思ったんだ。新入りが母上の部屋になんか入れるはずがない。母上の部屋に忍び込んで何をしていた?」
硬直するルクレチアを庇うようにテオドールが口を開いた。
「僕達は急いでいるんです。話は後で。」
立ち去ろうとするテオドールを遮りレオンハルトは3人に詰め寄った。
「お前には聞いてない。俺はこの女に聞いている。」
ルクレチアを睨みレオンハルトは言葉を続けた。
「言え。母上の部屋で何をしていたんだ?」
静かな怒りを湛えたレオンハルトの表情に3人は視線を交わす。
「リチャード様に知らせる前に、レオンハルト様のお耳にも入れておいた方が良いでしょう。」
沈黙を破ったのはアッシュだった。落ち着いて話ができるよう手近な部屋に入ると、アッシュはイザベラとダリウスの書簡を見つけた事、2人の陰謀をレオンハルトに話して聞かせた。イザベラがギルフォードを殺そうとしていると聞いたレオンハルトは泣きそうな顔になって呟く。
「母上、何故そこまでして俺達を王位に就けようとするのです……。俺達の努力だけでは無理だとでも? 俺達は何のために……。」
悄然として俯くレオンハルトにアッシュは沈痛な表情を浮かべ口を開いた。
「お辛いとは思いますが、この事をアンドリュー様にも伝えて頂けますか。イザベラ様の凶行を何としてでも止めなくてはなりません。」
「わかってるさ。」
力なく頷いたレオンハルトを残し3人はリチャードの下へ向かう。深夜に起こされたリチャードは不機嫌だったが、イザベラとダリウスの陰謀の証拠を見せられると驚きの表情で嘆息を漏らした。
「何という事だ……。」
大きく首を振るとリチャードはテオドール達を見据えた。
「よく知らせてくれた。明朝すぐに2人を査問する事にしよう。苦労をかけたな。」
内心、全くだと思いながらもテオドールは神妙な顔で頷く。
「この国を良くするためですから。」
翌朝。緊急の査問会を開くとリチャードから告げられ、イザベラとダリウスが査問にかけられると知れると城内は騒然となった。そしてダリウスの姿が早々に城から消えていた事が城仕えの者達の騒ぎに拍車をかける。イザベラを支持していた者達は自らの未来を憂い、そうでない者達は王宮の行く末を案じていた。査問会にはリチャードと侍従のジョルジュとアッシュ、そして文官長ヘンリーとテオドール達3人の王子も立会いを求められた。リチャードの前に立ったイザベラは超然とした態度でリチャードを見据える。イザベラが隣国の王妃に宛てた書簡、伝令兵に託した書簡の2通をジョルジュが読み上げる。敵国と通じ王子暗殺を謀る国への裏切り行為を断じて許す事は出来ないとジョルジュが告げると、リチャードは重々しい口調でイザベラに言い放つ。
「王妃イザベラよ。王国を背負う立場にありながら、宰相ダリウスと共謀し王国への裏切りを謀ったお前に酌量の余地は無い。お前に与えていた権限の返上と王国外れにある神殿への生涯幽閉を命じる。」
イザベラはリチャードを見据え歪んだ笑みを浮かべる。
「何も気付かなかった愚かな王リチャードよ。ダリウスが尻尾を掴まれるのは想定内の事。既に他の手を打ってある。今更私を排除する事に意味は無い。次の王は我が息子の第二王子レオンハルト。前王の命を撤回させる事など容易い。」
ざわめく一同を見渡しイザベラは言葉を続ける。
「裏切り者はお前達の方だ。簒奪者の末裔を許しはしない。この大地を正統な後継者の手に取り戻す、私はその為に生きてきたのだ。」
イザベラの言葉にヘンリーが口を開いた。
「簒奪者とはオリバー王の事ですか。ではやはりイザベラ様はあの国の……?」
「ほぉ。その名を記憶している者がまだいたのか。その通り。私の故国は曽祖父フィリップの代に、お前達の祖先オリバーの裏切りによって滅ぼされた。私はあの国の唯一の生き残りとして国を取り戻す使命を負っている! 邪魔はさせない!」
イザベラの剣幕に一同は静まり返る。歪んだ笑みを浮かべたままイザベラは言葉を続けた。
「愚王リチャード、あなたほど扱いやすい男はなかった。その血を引いた息子共も同じ。」
イザベラの言葉にレオンハルトとアンドリューは衝撃を受ける。その口調に母の愛は微塵も感じられなかった。2人は震えながら口を開く。
「母上、俺達はあなたの為に王になる努力を重ねてきました。血を分けた弟と争い王位を目指したのも母上に愛される為だったのに、母上は俺達を道具としてしか見てくれていないのですか?」
「王になれた方が母上の愛を得られるのだと思っていたのに、俺達は何の為に……。」
「愛だと? 私が欲しいのは世継ぎの母という立場だけ。前王妃を排除して、お前達を王位継承権のある王子として生んでやった事に感謝していればいい。いい気になるんじゃない。」
その言葉にレオンハルトもアンドリューも失意の表情を見せた。そしてその場にいた全員の顔色も変わる。噂通り、前王妃マルグリットの死もイザベラの手によるものだったのだ。視線を交わし頷き合うと、レオンハルトとアンドリューはリチャードの前に歩み出て跪いた。
「父上、今や我々は国賊の息子と成り下がりました。よって、父上から与えられた王位継承権第二位を返上致します。」
「同じく、王位継承権第三位を返上致します。その後の処分も謹んでお受けします。」
息子達の突然の行為にイザベラは激昂する。
「何を勝手な事を! 誰のおかげで王子の身分に就けたと思っている! 勝手な事は許さない、下がれ!」
険しい顔のイザベラにリチャードは静かに言い放った。
「イザベラよ。お前の全ての権限は先刻返上を命じている。お前に王子達へ命令する権限は無い。」
跪くレオンハルト達に視線を移しリチャードは静かに告げる。
「お前達の申し出は確かに受け入れた。処遇は追って沙汰する。下がってよいぞ。」
立ち上がり恭しく一礼する2人にイザベラは尚も叫ぶ。
「恩知らず共め! お前達が王位を放棄した所で私の復讐は止められぬ。裏切り者の血を絶やせればそれで構わないのだからな!」
イザベラはテオドールに視線を移した。
「ギルフォードは戦場で死ぬ、この2人は王位を放棄した。後はお前を殺せば裏切り者の王家は滅びる!」
目を見開き叫んだイザベラは胸元に隠していたナイフを構えテオドールに飛びかかる。突然の事にテオドールは動けずにいた。憎しみを湛えたイザベラのナイフがテオドールに迫る。
「母上!」
「テオドール様!」
何人かの叫びと悲鳴が交錯する。イザベラの突然の行動に反応出来ず、刺される事を覚悟しきつく目を閉じたテオドールは自分の前に誰かが立ちはだかったのを感じた。苦痛の声を聞きそっと目を開ける。イザベラのナイフを受けたのはレオンハルトだった。
「兄上……!」
「勘違いするなよ、お前の為じゃない。母上の為だ。」
痛みに顔をしかめながら言い放つと、レオンハルトはイザベラに視線を移す。
「母上、これ以上罪を重ねるのは止めて下さい。」
アンドリューも駆け寄りイザベラの手に自分の手を添えた。
「母上、もう苦しまないで下さい。王宮から離れて静かに暮らしましょう。」
「お前達……。」
復讐の道具としか見做していなかった息子達の真摯な言葉と、悲しみに満ちながらも優しさを秘めた眼差しにイザベラは困惑する。何故2人は自分をこんなにも慕うのか。
「私をまだ、母と呼ぶのか?」
「当たり前では無いですか。」
「俺達は確かに母上の故国を裏切った人物の血を引いています。でもその前に、俺達はあなたの息子なんです。」
レオンハルトとアンドリューの微笑みに、イザベラは記憶の彼方にある曽祖父フィリップの面影を見た。2人は裏切り者オリバーの子孫であると同時に、敬愛するフィリップの子孫でもあるのだと今更ながら気付く。泣き崩れたイザベラは首を振りながら静かに口を開いた。
「だがもう手遅れだ。他の手を打ってあると言っただろう。私の命令でギルフォードは戦場で死ぬ。私の手は血に染まりきっているのだ。母と呼ばれる資格は無い。私の事など忘れて生きて行くがいい。」
肩を震わせるイザベラにレオンハルトとアンドリューは尚も寄り添っていた。

その日の午後。
テオドールは秘かに戦場へ向かう準備をしていた。イザベラの命令、ギルフォード暗殺を阻止する為だった。リチャードも手を打つべく画策していたが、頼れそうも無いとテオドールは感じていた。
「テオドール様、戦場へ出るなど危険です。」
何度も止めるアッシュにテオドールはきっぱりと告げる。
「僕が行かなきゃ誰が行くんだ? アッシュには城での仕事がある。兄上達はイザベラ様の側にいた方がいい。自由が利くのは僕しかいないだろう。馬を乗り潰して行けば間に合うかもしれない。」
それに、とテオドールは硬い表情のまま言葉を続ける。
「この状況で僕が安全な場所にいたんじゃ、平和な国は作れない。それから王位継承権を返上した兄上達の為にも、暗殺計画は阻止しなきゃいけない。」
王国外れにある神殿に生涯幽閉が決まったイザベラに、レオンハルトとアンドリューも共に行く事が決まっていた。
「失踪したダリウスが何か仕掛けてくるかもしれない。城の事を頼むよ、アッシュ。僕はギルフォード兄上を救って、戦を終わらせて帰ってくる。」
テオドールの固い決意にアッシュは表情を引き締め頷く。もう1人の反逆者、ダリウスの捜索命令が出され王宮周辺は緊迫した空気が漂っていた。
「わかりました。どうか無事にお戻り下さいね。」
その日の内にテオドールは秘かに城を出て戦場に向かった。同じ頃、既にギルフォード暗殺の命を受けているバーナードは躊躇い苦悩する。そして姿を消したダリウスは起死回生の策を練り始めていた。


復讐に凍りついたイザベラの心を溶かした息子達の想い。
王宮を去る者、国を想う者、全ての想いを背負いテオドールは戦場へ走る……!


            To Be Continued……


8.騎士団長と宰相――前編――へ9.噂好きの侍女たちへ