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『祈りの届く場所〜ある英雄譚の片隅で〜』

第2話「こんな時代に、武器を作る事は良い事なのでしょうか?」

 神託を受けた夜から数日。特に代わり映えの無い日常が続いていた。日課の祈り、礼拝に訪れる人々との交流、祈祷の依頼、教会の一日は忙しく過ぎていく。そんなある日の夕刻、街一番の鍛冶職人グレンが礼拝に訪れた。グレンは包丁や鋏など街の人々が日常で使用する刃物を作り、販売している職人である。彼の打つ刃物は切れ味がよく長持ちし、扱いやすいと人気で、神父も自宅で彼の包丁を愛用している。実直な人柄でグレン自身も街の人々から好かれているが、そんな彼が憂いを帯びた顔で佇んでいるのに気付き、神父は声をかけた。
「こんにちは。礼拝ですか?」
「あ、あぁ。まぁそうと言えばそうなんですが。」
歯切れの悪いグレンの言葉に神父は心配げな顔をする。
「何か悩み事でもあるのですか?」
「うーん。悩みというか、神父さんに聞いてもらいたい事がありましてね。」
困り顔で見つめるグレンに神父は頷いた。
「解りました。ここでは難ですから、談話室の方へ参りましょう。」
「助かります。」
入り口近くで訪れた人々と談笑しているシスターに声をかけると、ほっとした顔のグレンを談話室へ案内し椅子を勧める。神父は二人分の茶を淹れて斜向かいの椅子に腰を下ろした。
「それで、私に聞いてほしい事とは何でしょうか?」
茶を啜って一息つくと、グレンは憂い顔で話し始めた。
「ご存知の通り、私はこの街で鍛冶職人をしています。お陰様で評判もよくて、多くの注文を頂いてます。」
「えぇ、私も愛用させて頂いてますよ。良く切れて扱いやすいので重宝しています。」
「ありがとうございます。それで、その評判がお城にも届きまして、お城の厨房で働く方や庭師の方々からも注文を頂くようになりました。」
「それは素晴らしいですね。」
「えぇ、そうなんですが……。」
表情を曇らせグレンは言葉を続ける。
「私の刃物の評判を国王が耳にされたそうなんです。先日、王の遣いだという方が来て、私に城の兵士の剣を打ってほしいと依頼されました。」
「剣ですか……。包丁や鋏を打つのとはまた勝手が違うでしょうに。」
「そうなんですよ。それで遣いの方にも申し上げたのです。私の専門は日用品であって、武器など打った事はありませんと。」
ますます憂いを帯びるグレンの表情に神父は心配げに眉を寄せる。
「聞き入れられなかったのですか?」
「えぇ。これを手本にまずは一本打って欲しいと有無を言わさず剣を渡されました。」
グレンは再び茶を啜ると深いため息を吐いた。
「断るなど到底出来そうもないので、預かった剣を元に打ったものをお城へ持って行きました。すると数日後、正式に注文したいと通達が来たのです。」
「なんと……。」
「最近増えている魔物を討伐する為に装備を強化したいという事なのですが、私は武器を作るのは恐ろしいのです。」
大きく首を振りグレンは言葉を続ける。
「確かに魔王の侵攻以来、世界中で魔物が暴れて被害が出ています。魔王軍討伐部隊も各地で編成されていますが、ほとんど歯が立たないようです。」
カップに手をかけ伏し目がちにグレンはため息を吐く。
「私の打った剣が、魔物退治に役立つなら喜ぶべき事でしょう。しかし、本当にそれだけで済むでしょうか。魔王軍侵攻の混乱に乗じて領土を広げようと野心を燃やす王もいると聞きます。戦に限らず、人間同士の争いも絶えません。こんな時代に、武器を作る事は良い事なのでしょうか?」
迷い疲れた表情でグレンは神父を見つめる。神父はグレンを静かに見つめ言葉を探しながら口を開いた。
「王と直接話をした事はありませんが、これまでずっと善政を行ってきた方です。混乱に乗じて他国を攻めるような事はないでしょう。」
茶を一口すすり神父は言葉を続ける。
「それに、包丁や鋏でも使い方を誤れば、他者を傷付けたり命を奪う道具にもなります。使い手次第で道具の運命は変わるものです。」
グレンの目を見据え神父は微笑む。
「そして良い道具は良い使い手を選びます。作り手の想いが反映されるのでしょう。」
「私の、想いが?」
「えぇ。貴方の作る道具は街の人々に愛されてきました。遠く離れたお城にもその評判が伝わる程に。それは貴方が使い手の事を考え、良い道具を作ろうと励まれた証です。」
「そうなのでしょうか?」
「もちろんです。貴方の作るものには貴方の想いが宿ります。人々を守るようにと祈りを込めて作れば、剣が使い道を誤られる事はないと私は思います。」
顔を上げたグレンに神父は微笑を浮かべ頷いた。
「貴方が作ったものを、それを使う人々を、信じてあげてください。貴方の作った剣はきっと人を救います。」
「そうですね、ありがとうございます。私の道具を使いたいという方々を、信じます。」
迷いの晴れた顔で何度も頭を下げながら教会を後にするグレンを見送り神父は思う。王がグレンに鍛冶を依頼した事も、迷った彼がこの教会へ来た事も、もしかしたら神々の導きなのかもしれないと。全てのめぐり会いにはきっと意味がある。グレンの作った剣は間違いなく人々を救うだろう。
小さなめぐり会いと祈りがいくつも合わさって、やがて大きな運命のうねりとなり、世界を闇から救うのだ。神託に選ばれた勇者や、まして自分が特別なわけではない。きっと誰もが世界を救う為の役割を多かれ少なかれ担っているのだろう。私は私に与えられた役割を果たすのみ。グレンの祈りが届くようにと神父は天を仰ぎ祈った。


第2話・終

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