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『祈りの届く場所〜ある英雄譚の片隅で〜』

第4話「誰もが何らかの役割を担っている、そう思わない?」

「ごきげんよう、神父さん。」
涼やかな声に振り返ると、従者を二人伴なった王女が礼拝堂の扉をくぐったところであった。
「フィオナ王女様ではありませんか。ご機嫌うるわしゅう。」
魔王が現れてから、王子や王女達が王国内を巡回し民の安否を尋ねて回る事になったという。第二王女であるフィオナは城から一番近いこの街をよく訪れるようになった。
「街に異常はなさそうね。」
「えぇ、街の中はまだ安全です。外には魔物が姿を現し旅人が襲われたと聞きますが。」
「そう……。」
表情を曇らせながらフィオナはお付きの騎士を振り返った。
「貴方は外で待っていてちょうだい。」
「しかし、フィオナ様のお傍を離れるわけにはまいりません。」
「そんな恰好でいられたんじゃ落ち着いてお祈り出来ないの。他の方にも迷惑だわ。ねぇ、神父さん。」
助け船を求められ神父は頷いた。フィオナの襟元から見えたものには、まだ気付ないふりをしておく。
「そうですね、そのような物々しい出で立ちでは皆さん何かあったのかと怯えてしまいます。教会内の安全は保障いたしますから、ご安心下さい。」
渋々頷いた騎士はもう一人の従者の少女に付いて来るように促したが、フィオナは彼女の手を取り騎士を遮った。
「貴女はここにいて。私のお守りを預けてあるでしょう。」
フィオナの言葉に困ったような顔をしながらも、少女は騎士に退席を促す。
「では、何かありましたらすぐお呼び下さい。」
不満げな顔の騎士が見えなくなったところで、フィオナは神父を見上げた。
「助かったわ。全く堅物なんだから。」
「礼には及びません。何か事情がおありなのでしょう? お召し物の下に着こんだ鎖帷子と関係があるのでしょうか?」
襟元に手をやりフィオナはいたずら気に笑う。
「乙女の服をじろじろ見るもんじゃないわよ、神父さん。でも話が早くて助かるわ。」
表情を引き締め、フィオナは真っ直ぐに神父を見据える。
「私は、魔王を討つ旅に出るの。」
「フィオナ様が、魔王を?」
「えぇ。このまま魔王に世界が支配されるのを黙って見ているわけにはいかないでしょう。父上達は自分の国さえ無事ならそれでいいと思ってる。そんなんじゃ駄目なのよ。」
「しかし、フィオナ様が城を出るわけにはいかないのでは?」
「そのために彼女に来てもらったのよ。」
傍にいた少女を振り返フィオナは言葉を続ける。
「彼女は後宮で暮らす女官なのだけど、実は異母姉妹なの。妹のエセルよ。似てるでしょう?」
神父はエセルに視線を移す。控えめな佇まいだが、顔立ちはフィオナとよく似ている。
「あなたはそれでいいのですか?」
問われたエセルは静かに顔を上げる。その目は揺らぎなく神父の目を見つめ返した。
「姫様のお心に胸を打たれました。私は姫様を支えたい、女官という立場の私にも、世界の為に出来る事があるのだと姫様に教えて頂いたのです。」
「エセルと入れ替わって、旅に出るの。よく似てるし歳も同じだし、誰も私達が入れ替わったなんて気づかないでしょう。女官の入れ替えは頻繁にあるし、それに第二王女なんて、あんまり顧みられないものよ。」
「そういうものでしょうか……。」
王宮内の事情は神父には解らない。フィオナの言葉に滲んだ淋しさを感じたが、彼女の目を見ているとそこで自棄になっている様子はない。純粋に世界を守りたいと考えているようだ。
「しかし、フィオナ様お一人でですか? それはあまりにも無謀ではないでしょうか?」
「一人じゃないわ。隣国の王子達と密かに文をやり取りして計画を立てていたの。今日が決起の日。この後国境沿いの修道院で合流するの。みんな、このままじゃいけないと思ってるのよ。」
フィオナの凛とした眼差しを受けた瞬間、神父の脳裏に「その者を助けよ」という声が聞こえた。フィオナにも何か聞こえたようで、おもむろに長い手袋を外し腕を見せる。そこには、あの日神父の胸元に刻まれたものと同じ翼のような痣があった。驚く神父にフィオナは笑みを浮かべる。
「それは……!」
「神父さんも同じなんでしょう?」
「えぇ、私も『世界を救う勇者を助けよ』と神々から告げられました。」
「だから、これは運命。私はその勇者ではないけれど、勇者を探し出し助けるのが私の役目よ。」
でもね、とフィオナはエセルを振り返る。
「エセルには神託は下されていない。でも私が私の役目を果たすのに彼女の存在は必要不可欠なの。」
神父に視線を戻しフィオナは言葉を続ける。
「世界を守る為に、誰もが何らかの役割を担っている、そう思わない?」
「そうですね。選ばれた勇者一人だけに世界の命運を託すのはあまりに酷でしょう。」
神父の言葉に頷くと、フィオナは教会を見回す。
「どこか、着替えの出来る部屋はあるかしら?」
「えぇ、宿泊用の部屋がありますので、ご案内します。」
二人を宿泊用の小さな部屋へ案内するとフィオナはいたずら気に笑う。
「覗いちゃだめよ。」
「神々に誓って覗きません。」
大仰な仕草で誓いを立てた神父によろしい、とフィオナは笑みを浮かべる。部屋に入った二人がしばらくして出てきたのを見て神父は驚く。何もせずそのまま出てきたのではないかと疑うくらい、二人の変装は完璧だった。それまで控えめな佇まいだったエセルは王女の出で立ちで堂々と立ち振る舞い、フィオナの方は凛とした眼差しはなりを潜めエセルに付き従い立っていた。女官の質素な服の下、腕に刻まれた翼の痣が、確かにこちらが本物のフィオナ王女だと示している。礼拝堂に戻った二人は祭壇に向かって並んで立ち祈りを捧げる。
「ありがとう、神父さん。そろそろ行くわね。街のみんなをよろしく。」
「お任せ下さい。どうぞお気をつけて。神々のご加護がありますように。」
フィオナの言葉に神父は祈りを込めた眼差しを送る。魔王を討つ為の旅も過酷であろうが、城を出るフィオナの身代わりとなって暮らすエセルもまた相当な覚悟が必要だろう。城の人達にばれたらエセルはどうなってしまうのか、神父には想像も付かない。
「神々よ、どうか彼女達をお守り下さい。」
運命に導かれ動き出す少女達の想いが報われるようにと、神父は天を仰ぎ祈った。


第4話・終


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