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『祈りの届く場所〜ある英雄譚の片隅で〜』

第6話「足洗っても信用してもらえないもんなのかな。」

 早朝の教会にもまばらではあるが礼拝にやってくる人がいる。朝早くから行動する商人や人混みは苦手だという年配者が主であるが、その日の朝は見慣れない青年が礼拝堂を覗いていた。大柄な体躯に皮製の鎧を着こみ腰に剣を下げた青年は、体格に似合わず恐る恐るといった様子で礼拝堂を覗き込んでいる。陽に焼けたその顔には額から頬にかけて大きな傷跡があった。朝の祈りと礼拝堂の掃除を始めようとしていた神父は青年に気付きその傷痕に一瞬たじろいだが、笑顔を浮かべ歩み寄った。
「おはようございます。礼拝にいらしたのですか?」
「あ、あぁ。迷惑でなければ……。」
俯き加減に頷いた青年に神父は微笑する。
「迷惑なんてとんでもない。教会は誰にでも開かれています。どうぞ。」
神父に促され青年はおずおずと礼拝堂へ進む。祭壇の前に立つとそわそわと周囲を見回し神父に声をかけた。
「あのさ、恥ずかしい話なんだが、礼拝なんてした事なくてな。作法とか全くわかんねぇんだ。教えてくれないか?」
上ずった声で大きな体躯を縮こまらせている青年に神父は微笑んだ。
「お安い御用ですよ。とはいえ、ここでは礼拝に決まった作法はございません。貴方の想いを真摯に表せば、神々はきっと応えて下さいます。」
「俺の想い、か。」
青年はそう呟くとすっと背筋を伸ばし祭壇を見つめた。そして背筋を伸ばしたまま深々と頭を下げる。握られた拳が震えているのは緊張だろうか、何か悔いている事があるのかと、神父は青年の祈りを見守った。しばらくそのまま祈りを捧げていた青年はゆっくりと顔を上げ神父を振り返る。
「神父さん、懺悔ってのは神々が直接聞いてくれるもんなのか? それとも神父さんが聞いてくれるのか?」
「そうですね、悔い改め、この先歩むべき道がご自身で解っていらっしゃるのなら、神々が貴方の歩みを助けて下さるでしょう。もし、今後の道に迷っておられるのでしたら、私でお力になれる事があるかもしれません。」
「そっか。なら神父さんに聞いてほしい事があるんだ。今大丈夫か?」
先程の深い礼と震えた拳を思い神父は頷いた。
「えぇ、今なら大丈夫ですよ。談話室へ参りましょう。」
談話室へ青年を案内し椅子を勧めると、神父は向かいに座って彼の目を見据える。
「貴方の悔い改めたい事とはどんな事なのですか?」
緊張気味に唇を舐め青年はゆっくりと口を開いた。
「俺は少し前まで山賊の一味に属してた。両親を早くに亡くして、病気がちの妹を養わなきゃいけなくて、それで手っ取り早く稼ごうと山賊になった。そうして妹の薬代とか生活費だとかを稼いで暮らしてたんだが、ある時妹に山賊稼業がばれちまってな、凄い剣幕で叱られたんだ。他人様から奪ったお金で生きられても嬉しくない、俺達が金品を奪った相手にも守らなくちゃいけない存在があっただろうって言われて目が覚めた。頭領に詫びて一味から抜けさせてもらった時に、頭領が冒険者ギルドってのを教えてくれた。山賊上がりが生きて行くのは苦しいぞって言われて、今それを痛感してるとこだ。」
目を伏せ大きく息を吐き、顔の傷を撫でる。
「ギルドでは登録した連中を便宜的に冒険者って呼んでるが、俺みたいな山賊上がりとか脛に傷のある奴も多い。で、依頼を受ける時に冒険者と依頼人が対面して契約を交わすんだが、俺と顔を合わせるとたいていの依頼人は他の奴にしてくれって言い出すんだ。まぁ、これを見れば誰だって怯えるし不信感持つだろうな。俺達一味は殺しや凌辱はご法度だったけど、他の奴らは平気でそういう事もしてたから同類と見られても仕方ない。だけど俺はこれまでの行いを詫びてまっとうに生きると誓ってるんだが、足洗っても信用してもらえないもんなのかな。」
苦しそうな声に神父は言葉を探しながら口を開いた。
「受けた傷や恐怖の記憶は、そう簡単に消えるものではないでしょうね。貴方が山賊稼業からは足を洗ったと告げても、信用を得るのは難しいでしょう。しかし、憎しみや恐怖を持ち続けるのもまた苦しい事です。貴方が心底から謝罪し償いを続けていく事が、彼らの傷を癒す手助けになるでしょう。贖罪とは長く苦しいものです。どうか心折れる事無く、今の気持ちを持ち続け行動して下さい。貴方は私利私欲ではなく妹さんの為に常に行動してきた、元来は優しい方なのでしょう。きっと想いが通じる時は来ます。」
「優しいなんて、妹以外から初めて言われたな。」
照れくさそうに笑った青年は神父を真っ直ぐ見据えると深々と頭を下げた。
「ここへ来て良かった。ありがとう。」
「いえいえ、お力になれたようで何よりです。」
教会の玄関まで青年を見送る。何度も頭を下げ去って行くその背と、先程の照れくさそうな笑みに彼ならやり直せるだろうと思う。彼の真摯な想いが、傷を受けた人々に少しでも伝わるようにと、神父は天を仰ぎ祈った。


第6話・終


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