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 2日後。
2人を乗せた船は南の大陸へと向かう。穏やかな海とよく晴れた空、飛び交う白い羽の鳥達。静かに吹く風。遠くに見える緑に満ちた大陸。どこまでも平和に見える風景。だが、偽りの神話が浸透し傲慢な神が鎮座するこの世界は、見た目通りの平和さを持っているわけではないとロレウスは甲板から海を見つめ思う。歪められた神話を、過ちを犯した神々を信じ行動する人々。彼らは神々と同じ過ちを犯している事に気付いていない。気付きようがないのだ。一族を滅ぼした後、彼らをどうするか。無知は罪であるとも言える。それ故に多くの者が理不尽に追われ恐れられ、命を奪われた者さえいるのだから。
ロレウスは出港まで滞在したリスヴィアを思い出す。リスヴィアの人々は皆親切だった。だがそれは、2人の姿が彼らと同じに見えたからにすぎないだろうとロレウスは考える。彼らの親切心は本物だった。だが、その心は彼らにとって異端とされる者達には果たして向けられるのか。答えは否であろうとロレウスは小さく首を振る。しかし、彼らは知るべき事を知らされない被害者だとも言えるのだ。一族を滅ぼし歪められた神話を正した時、彼らはそれを真実だと受け入れられるのか。神が過ちを犯したと信じる人間が果たしているのか。これも答えは否であろう。だがそれは、彼らの罪と言えるのか。正しい神話の伝わらない世界では、また同じ悲劇が起きる。
隣に立ち、同じように海を見つめるレイシェルにそっと目をやる。レイシェルは硬い表情で海を見つめている。人間に無い力と容姿のせいで恐れられ追われて、命まで狙われ笑う事の出来なくなったレイシェル。彼女のような苦しみを抱えた者がまだ多くいる。歪められた神話を信じ、光溢れる地上で何も知らず日々を謳歌する人々。

少しずつ近付いてくる大陸をロレウスは複雑な想いで見つめていた。

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