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 船は海を1日かけて渡り、レビアス大陸の港町フラジアに入港した。
フラジアはリスヴィアに負けず劣らず活気に溢れた街であった。イルを連れて船を降り、ロレウスはレイシェルを振り返る。
「疲れたか?」
心配げなロレウスにレイシェルはそっと首を振った。
「いえ、大丈夫です。先を急ぎましょう。」
2人は大通りへ出て街の門へ向かう。そんな2人を秘かに尾行する者の姿があった。気付かれず、見失わない程度の距離を置きながら人影は2人を追いかけて進む。ロレウスは視線だけを背後に向ける。そしてふと立ち止まるとレイシェルを抱き上げイルの背に乗せた。
「ロ、ロレウス!? 街の中は自分で歩きます!」
戸惑うレイシェルの耳元に口を寄せロレウスはそっと囁く。
「何者かが後をつけてきている。街の中は安全だと思うが、気を配るに越した事はない。」
街の者にはイルの姿は馬にしか見えない。往来の真ん中で、イルの背に乗せられたレイシェルとその耳元で何事か囁くロレウスの姿は、いったいどこの騎士と令嬢なのかと街の者達の好奇の眼差しを集めていた。それに気付いたレイシェルは恥ずかしげにそっと口を開く。
「あの、ロレウス。先を急ぎましょう? 誰かがつけてきているなら、立ち止まっていては危険でしょう?」
「あぁ、そうだな。」
レイシェルと背後の尾行者しか意識していないロレウスには、レイシェルが居心地悪そうにしている理由はわからなかった。
大通りを抜けると大きな門が見える。衛兵が退屈そうに道行く人々を見張っていた。ロレウス達も門を抜ける。衛兵は街の中で馬の背に揺られているレイシェルと馬を引いて歩くロレウスに一瞬訝しげな眼差しを向けたが、また退屈そうに行き交う人々に視線を戻した。 門を出た旅人や行商人がそれぞれの方向へ散って行く。広大な草原の中を街道が南と西へ伸びていた。レビアス大陸の聖地はフラジアよりかなり南にある。休息を取りながら進んでいかなくてはならないだろう。道中で神の配下が襲ってこないとも限らない。西に大きな街があるらしく、行商人や旅人の集団は多くが西へ向かっている。南へ向かう者は少なく人影はまばらになっていった。街を離れたロレウス達に近付いていく者の姿がある。見失わないよう足を早めロレウス達を追う。その気配に気付きロレウスは振り返った。
「ロレウス様! やはりこっちにいらしていたのですね。」
「ミロトか。」
辺りに気を配りながらロレウスは少年の声に応える。ロレウスが魔界を発つより前に、偵察の命を受けて地上へ赴いた少年ミロトが駆けて来ていた。息を整えながらミロトは追いつけて良かったと安堵の表情をする。
「偵察ご苦労だった。何かわかったか?」
背筋を伸ばしミロトはロレウスを見上げ答える。
「はい、この大陸の南は特に神話信仰の強い地域です。最南端のバーンレイツって国は、古代に数を増やした人間達が一族の導きの元に初めて創った国家だそうで、国王より神官が力を持っています。長の配下達の姿も見えました。この国に人間達が聖地と呼ぶ場所が2箇所あるんですが、どちらからもかなり強い力を感じました。どちらかに長が眠っているんだと思われます。」
頷いて考えるような目をするロレウスからレイシェルへミロトは視線を移す。
「あの、ロレウス様。こちらの方は?」
「彼女は我らの同胞だ。人間達の愚行の犠牲にさせられる所を救ったのだ。強い力を持っているから私の戦いを助けてもらう事になった。」
ミロトはイルの背にいるレイシェルを見つめ微笑む。ミロトにもレイシェルの持つ魔力の強さが感じられた。
「そうでしたか。辛い目に遭われたのですね。大丈夫です、我々にはロレウス様がついています。」
ミロトはロレウスに視線を戻すと声を潜めた。
「長の配下達はロレウス様が地上にいらした事に気付いているようです。バーンレイツにいた配下達は人間に『近々魔王が出現し世界を闇で覆おうとする』と触れ回って信仰を強化しようとしていました。」
信仰の強化、それは一族の過った思想がより一層強く地上に根付く事になる。権力と信仰が結びつけば、歪みはさらに広がる。
「『魔王』か。この世界に闇を落としているのは奴らではないか。」
ロレウスの憤りを込めた呟きにミロトは大きく頷く。
「仰るとおりですね。それに人間の神官達は信仰心のない人々や、神話の信憑性を疑う人々に対して異端扱いをしていました。同じ人間同士で何故そんな事をするのか、理解に苦しみます。」
ロレウスはクーファンの森で会ったゼストとリーベルを思い出す。2人とも魔力を持たない人間の神官であった。彼らがレイシェルにしようとしていた事は、一族の過った思想がそのまま受け継がれたものだ。その思想の矛先が魔力の有無だけでなく、信仰や考え方の異なる者にまで向けられようとしている。生命を導き大地を命で満たす事が一族の役目であるなら、地上でその命を守り助けるのが神殿に仕える人間の神官達の本来の役目であるはずだ。そうして命は循環し、大地は美しくあり続ける。ロレウスは首を振った。このままでは人間同士の大きな争いが起き、命の循環すら歪んでしまいかねない。そうなれば光と緑に満ちた大地は損なわれ、魔界の者達が暮らすどころではない。
「偵察ごくろうだった。魔界に戻ってギャバンを支えてやってくれ。」
ミロトは背筋を伸ばし応える。
「はい! ロレウス様のご帰還をお待ちしております!」
ミロトがフラジアの街へ向かうのを見送るとロレウスはレイシェルに視線を戻す。レイシェルは南の空を見つめていた。ロレウスの視線に気付き、レイシェルはその目を見つめ返す。
「街の中で感じた気配は、今の彼のものではありませんね。」


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